仏の御業 三段話 やけど如来の伝承(前)- 島根県

 

「身代り地蔵」という言葉があるように、人が味わう多くの辛苦を引き受けて下さる仏様のお話しは諸国変わらず言い伝えられています。
戦乱や飢餓、流行病と隣合わせだった昔の方が辛かったのか、それとも複雑さを増し我利的思考に振り回される現代の方が辛いのか微妙なところですが、どちらにせよ いつの世も生きてゆくことには苦しみや悩みは付きもののようですね。

島根県 北西部にある雲南市 大東町には「やけど如来」と 一風変わった名で呼ばれるご本尊のお話しが伝わっています。

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今は昔、大東の村は飯田の庄に西方寺という名の阿弥陀様を祀るお寺があった

この村の名主は大きな蔵も持ち たいそう羽振りの良い暮らし向きではあったが、反してそれに奢ることもなく地道でおとなしい男であった

ところが、この名主の女房の方はというと見栄っ張りな上に妬み心が強い性分で、これには名主も日頃から手をやいておったんだと

この女房、ここのところでは家にいる下働きの娘、お松のことが特に気に入らない

お松は 一年ほど前からこの庄屋のところに奉公している娘だが、辛い顔ひとつ見せずよく働き、また年端もいかぬのに とても信心深く、忙しい間を見つけては近所の西方寺に参り阿弥陀様に手を合わせておったそうな

そうすると近所でも「あの お松という娘は仏様を敬う感心な娘だ」などと噂が立つ

女房にすると それがなおさらのこと気に食わない
妬み嫉みの心は日に日に積もりどうにも治まらないようになっていた

ある日の夕方 出かけようとする お松を見つけた女房はきつい声で問いただした

「お松!どこに行く気だい!?」

「はい、西方寺の阿弥陀様に仏飯を上げに参ろうかと・・」

「勝手に余計なことをするんじゃないよ!!」

切れた女房はついに 傍にあった焼火箸をお松の顔に打ち付けてしまった

あまりの熱さと痛さにお松は顔を覆いながら、転がり込むように自分の部屋へと逃げ込み それきり気を失ってしまったのだと

その夜のこと、名主は不思議な夢を見た
茫洋とした光の中に一体の阿弥陀仏が立ち 厳かな声で名主に語りかける

「私の左の頬を見るがよい」

おそるおそる 仏の顔を見上げた名主は あっと声を上げた
仏の左頬は見るも無残に焼けただれ痛々しく膿んでいる

「こっ、これは一体どうしたこと‥?」

狼狽する名主に仏は告げた

「おまえは知らぬだろうが、今日、おまえの女房がお松の頬につけた傷だ」
「だが、お松は日頃から信心を忘れず健気に努めてくれる心優しい娘だ よって 私がお松の痛みを引き受けた」

それだけ言うと淡い光とともに阿弥陀仏は消えていった

目をさました名主は言いようのない不安にかられ、飛び起きると上着を羽織り、すぐさま西方寺に向かったのだそうな

灯明をかざし阿弥陀様を拝した名主は腰も抜かさんばかりに驚いた
夢の中でみたとおり仏の頬には生々しい焼け跡が残っているではないか

「あぁ、何ということ・・ おいたわしや!どうか家内の不始末をお許し下さい!」

散々にお詫びを上げると、取って返すように家に立ち戻り女房を叩き起こした

「おい!起きろ! 一体 お前はお松に何をしたのだ!?」

いきなり起こされた女房だったが、目を擦りながらも渋々答えた

「それは・・ 分もわきまえず勝手にお参りに行ったりするものだから・・」

事ここに至って仏様のお告げに間違いはない・・

「何ということをするのだ、お前は! それではお松が可愛そうではないか・・」

女房を引き立て名主はお松の部屋へ様子を見に行った

「お松・・お松や・・ やけどの跡は傷まぬか・・?」 名主はそっと問いかけた

ところが、静かに寝入るお松の異変に先に気づいたのは女房の方だった

「こっ、これは・・?」

左の頬についているはずの焼け跡がまるで見当たらない・・
何事も無かったかのようにお松はすやすやと寝息を立てている・・

「これは一体 どういうことなの・・」

いぶかしがる女房に名主は湧き上がる気持ちを抑えながら言った

「仏様がお松を助けられたのだ・・」

そして、この夜に見た夢のこと、お寺のご本尊の酷いやけどの跡のこと、それらをみな女房に話して聞かせた

話しを聞く内に女房はガタガタと震えだした。自分が罰当たりなことをしでかしたことだけではない。常日頃から何とおろかな心持ちで過ごしてきたかを、自ら嫌というほど思い知らされたのかも知れない

その時、ふと、目をさましたお松だったが周りの様子に驚き、そして自分の頬に手をあてて 綺麗さっぱり傷が消えていることにさらに驚いた

「あの後、何がどうなったのか まるで思い出せません・・ なぜ私はここに・・」

名主はもう一度 先程からの話しをお松に話して聞かせた・・

「おまえの日頃の功徳を仏様は見ていて下さったのだ」

「あぁ、お松! おろかな私を許しておくれ・・・・」

名主も女房もお松を抱きしめながら 仏様の御業に感謝したのだそうな・・・

それからというもの、名主も 心を入れ替えた女房も二人してお松を我が子のように可愛がり、そして仏様への供養もお松に負けぬほど篤く努めるようになったのだと

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はてさて、あくまで伝承のこととは言え 有り難いお話しですね
ハッピーエンド・・なはずなのですが、この後 西方寺と阿弥陀仏に異変が訪れてしまいます

以下、次回にて・・

仏の御業 三段話 やけど如来の伝承 後編へ→

 

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