能美島の入鹿神 死と再生の物語 - 広島県

広島県 波穏やかな広島湾に浮かぶ島。島嶼(島地)で人口22,000人ながら市制をとっており江田島市と称します。 地図上で見るとY字型に似ており右上 北東部が江田島、付け根部分が東能美島、そして 左上、北西部が西能美島となっており、それぞれ地続きのひとつの島となっています。
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この西能美島に入鹿海岸と呼ばれる風光明媚な浜辺があり 夏には海水浴などの行楽客で賑わうそうで県推奨観光地のひとつともなっているそうです。

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入鹿海岸の一角 閑静な社地から松林を隔てて海を見晴らすように静かに立つ一基の鳥居、そして 小さな社、名を「入鹿明神社」 綿津見神を主祭神と仰ぎ創建は室町時代(1387年)藤石馬守忠正によるものと伝えられています。
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静かな海辺にひっそりと佇む小社ですが、この創建に関わる一遍の神妙なお話を今日はお届けしましょう。

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さても今は昔
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能美の島に”熊” というひとりの猟師が住んでおった
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熊 の猟師としての腕は高く持ち前の眼力と弓矢で今まで射そんじた獲物は一度たりともないと言われるほどじゃった

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その日も 熊は弓矢を片手に猟にでておったが どうした具合か今日に限って中々 獲物が見つからん
いつしか熊は山手の奥へ奥へと分け入っておった
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草木生い茂る中をどれほど歩いた時だったろうか
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先の藪の向こうに わずかに音をたてて動く影に熊は気づいた
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すかさず身をすくめ 様子を伺っておると それはまたガサリと音をたてて動き出した
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木々に紛れて動く枯れ木・・ 妙なことがあるもんじゃと訝しがった熊じゃったが
やがて その枯れ木の下に大きな顔があるのを見て驚いた
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今まで見たこともないような大きな鹿の姿がそこにあったのだと

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あまりの獲物の姿に呆気にとられた熊じゃったが いやいや驚いとる場合やない
あれだけの獲物 今生二度とお目にかかれんぞとばかりに弓に矢をつがえた
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大鹿はまだこちらに気がついとらんのか・・ キリキリと矢を引き絞る熊
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ふと 大鹿が熊の方を見留めた瞬間 一閃を引いて矢が放たれた

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灯籠が崩れでもしたかのような地響きとともに 大鹿はその場に倒れこんだ
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肩で息をしながらその場にたどり着いた熊が見たものは 眉間を射抜かれて息絶えた一丈ほどもあろうかという大鹿じゃった

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すでに日も暮れかかる とてもひとりで運べる大きさでもない
一度 村に帰り人手を頼んで運ぼう そう考え家路を急いだ
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村の者に見せたらさぞ驚くことじゃろうて
意気揚々と引き揚げる熊
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” そうじゃ 本尊さんにお礼を言わんと ”
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道の帰りすがら熊は思いついた
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日頃から信心しとる御本尊さんの所へ寄り 今日の獲物のお礼をしておこうと思ったのだと

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村の外れまで来ると道を上がり 小高い丘の上にある寺の門をくぐった
和尚さんも居らん廃寺じゃったが 狩り場にも近く静かな場所なので熊はいつもここでお参りを済ませておった
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お堂に入り御本尊さんの前にかしずき手を合わせた
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” えぇ 御本尊様 今日は・・  ”
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そこで言葉が途切れた
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熊は一点を見つめたまま・・
やがて体中をガタガタ震えが襲うてくる
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何ということか 御本尊さんの眉間に さっき大鹿に向けて射たはずの矢がグサリと突き刺さっておるではないか

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次の日 熊はひとりで大鹿の所へ戻った 日が暮れまでかけて大きな穴を掘ったそうな
大鹿を埋めて手を合わせ弔いを済ませると黙って家に帰った
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そして それきり狩りをやめてしもうたんだと
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驚いたのは村人の方じゃ あれだけ腕の良かった熊がぷっつりと狩りをやめ 細々と畑仕事などしとる
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どうしたことじゃ と問うても はぐらかすばかりじゃて
やがて日も経ちようと・・

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ある夜 熊の夢枕にひとりの翁が現れたそうな
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” 熊よ 心して聞け ”
明日の朝 西の浜に 頭に御幣と榊を頂いた大鹿が上がってくる
お前はこれを迎え祈るがよい
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お前があの大鹿を射殺してしもうたために この地の守護が無くなってしもうた
よって筑紫国から分霊が渡ってきてくださるのじゃ
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本来ならお前は祟りで死ぬはずであったが あれ以来お前は殺生から身を遠ざけた
故に神仏の慈悲によって赦されたのじゃ
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” 夢々 忘れるな ”

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弾かれるように目を覚ました熊は寝汗を拭いながら今見た夢を思い返していた
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とるものもとらず 未だ夜も明けぬ内から熊は西の浜を目指した
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浜辺へ出ると空はようよう白みかけて 薄明かりの中に海が見渡せる
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熊が目を凝らして沖合いを見つめていると・・
どうだろう 翁の言うたとおり頭に御幣と榊を載せた一頭の大きな鹿が 白波をかき分けてこちらに向かって来るではないか
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その あまりの神々しさに熊はその場に手を合わせたまま うずくまってしもうた
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やがて 浜に上がった大鹿はひれ伏す熊の前をゆっくりと通り過ぎ
そして 朝霞に溶け込むように山の奥深くへと消えていったそうな

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熊は浜辺のその地に小さな祠を祀り 後は静かに暮らしたのだと
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現在の「入鹿明神社」の主祭神は上津綿津見神(かみつわたつみのかみ)なので海を統べる神様と言うことになりますし、海辺の村なのでそれは自然なことでしょう。
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しかし、今日のお話の始めと終わりに登場する神様はどちらも”鹿” の姿をしていますね。
ここまできて ふと思ったのが海の生き物であるイルカに何故”鹿” の文字が入っているのかということ
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今ではイルカに”海豚” の文字が当てられる事が多いですが(中国語からの引用)、古来は”入鹿” とされる事も少なくなかったようです。 [ 蘇我入鹿 ] が有名ですね・・
(他にも 江豚 や 海猪 など有り)
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鹿は古くから霊獣と見なされ、イルカもまた海の力を宿す生き物とされていたという話もあります。
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“入鹿” の語源を調べても詳細は不明なまま
山野を颯爽と駆ける鹿のように、海中を俊敏に泳いでゆく姿から なのでしょうか・・
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海岸線を境に”死” と”再生” を描く本日のお話 これにて・・

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