私が子供の頃・・といえば、テレビは既にかなり普及してきた時代なので、映像を含む一般的な情報拡散が大きく様変わりし始めた頃ともいえるでしょうか。
テレビの次は・・ということでモータリゼーションの到来とともに個人の活動範囲も著しく広がりはじめた時代であり、それは “地域” という一種の括りの枠から解き放たれた転換点でもありました。
しかし、それとともに人の目はいよいよもって外に向けられ、今まで馴染んできた地域の概念や風土からは遠のきはじめ、それまで数百年に渡って紡がれてきた感覚も過去のものとなっていきます。
新しい文化を受け入れるということは、同時に古い殻を脱ぎ捨てることであるのかもしれません。
とはいえ、まだ転換点の最中でもあったため昔ながらの価値観やイメージも其処かしこに残っていました。
布団を被りながら親に聞かせてもらった昔話などには、幼いこともありその世界に入り込んでいましたし、その世界で起きる不思議な出来事には笑いもし感動もし、また時には恐怖のようなものも覚えました。
薄暗い電灯越しに見上げる天井板の木目は山姥や魔物が棲む深遠の山々でしたし、板の隙間には狐や兎、時に幽霊が潜んでいるようにも感じました。
それら全てを凌駕する山の大神さまは丁度その30年後にスクリーンに描かれた「もののけ姫」で山並みの向こうから現れる “シシ神” の姿そのものだったのです。
一見、現実から遠く離れた世界の寓話に思えながらも、そうした物語の中に因果応報や畏怖や敬虔の心を学んでいたのでしょうか・・。
昔話の中でも特に登場頻度の高い “化けキャラクター” が「狐」。当イナバナ.コムの民話カテゴリーでも常連さんです。
“狸” や “狢(ムジナ)” も同じく人を化かす動物として数多く登場しますが、やはり狐の方が一枚上手の登場率を誇るように思います。(四国や一部の地方伝承を除く)
それだけ往古の時代には普通に存在し、人に近いものであったのでしょうし、宇迦御魂(お稲荷さん)の遣いや鼠を駆除する田畑の守り神としての神秘性も相まって人の関心を惹きやすい生き物だったのかもしれません。
多くの場合、からかったり手荷物の油揚げを横取りするために人を化かし・・挙句 手痛い懲らしめを受けるというパターンが主ですが、恩に報いるため忠義に尽くす話も少なくありません。
また(これは狐に限ったことではありませんが)人間との間に何らかの契約を交わし(婚姻も含む)、非常にシリアスな展開・結末となる物語も古くからあります。 そこでは生きる者の情と契りの重さが鮮やかに描かれます。
詰まるところ、こうした民話伝承の大半は薫陶の物語でもあり、そこに登場する狐やその他の動植物、神や魔物たちは その演者であり、同時に世を生きる人そのものの写し鏡でもあるのです。
広島県の内陸部、三次市(みよしし)に 日本古来の “もののけ(妖怪・魔物)” を専門に扱う珍しい博物館「三次もののけミュージアム」(愛称) があります。
正式名称を『湯本豪一記念日本妖怪博物館』
民俗学者であり妖怪研究家でもある湯本豪一氏が、長年かけて蒐集した五千点もの資料寄贈を受け2019年に開館されました。
東京生まれの湯本氏ですが、平成のはじめ頃 民俗学研究の一端として進めていた江戸時代の妖怪物語「稲生物怪録(いのうもののけろく)」の調査として三次町を訪問。以降三次町と深い縁ができたそうです。
「稲生物怪録」は三次町を舞台として描かれた怪異譚であり筆記本や絵巻物の形態で遺されています。 単なる怪談話を越えて現在でいうなら “モキュメンタリー風” に著された書は、当時流行していた他の怪異本にも大きな影響を与えました。
「稲生物怪録」発祥の地としてこれを元に町おこしを考えていた三次町と、その縁から貴重な資料を寄贈した湯本氏とのタッグによって誕生した「三次もののけミュージアム」でこの6月まで企画展「狐と《変化物語》」が開催されています。
今回の春の企画展では、江戸時代の丹後国(京都府北部)を舞台とした狐の怪異物語「変化物語」を中心として絵巻3巻、写本2冊、さらに館所蔵の “アマツオオミキツネ” や “鬼狐” の頭蓋骨の展示など、他では ちょっとお目にかかれない貴重な資料を観覧可能です。
・アマツオオミキツネ/鬼狐の頭蓋骨
狐の頭蓋骨に異様な装飾や細工が施された「幻獣ミイラ」。江戸時代に作られた造形品の一種。
妖怪といえば奇怪で恐ろしいものというイメージもありますが、それらは異界に住まう者であり、ある意味神霊に極めて近い存在でもあります。 先にも述べましたようにそれは人の祈りや恐れの表象とも言えましょう。
民話伝承、妖怪譚などに興味をお持ちの方に限らず “キツネ好き” のマニアな方にも必見の企画展といえるのではないでしょうか。
せっかくですので、今回の企画展の肝である丹後国の狐物語になぞらえて、京丹後に伝わる民話を一遍置いておきましょう。
『橋立小女郎』
秋も深まり吹く風も肌寒くなったある日の夕暮れ。
宮津の海の波先を、離れ畑で抜き集めた大根を積んで一艘の小舟が家路を急いでいた。
やれやれ、もう一息で家のある浜だわいと船頭が煙管に火をつけたとき
世に知られた天橋立の松並木の方から女の声が聞こえた。
「もうしもうし、その舟に乗せてくださらんかぁ。ねぇ乗せてくださいよぅ・・」
こんな日暮れ時に若い娘が・・と思うたが・・そのとき思い出した
近ごろ この辺りで橋立小女郎と呼ばれる狐が悪戯ばかりおこしているという噂を・・
こりゃぁひとつ懲らしめてやらにゃぁならん・・
船頭は松並木の浜に舟を寄せて娘を乗せると沖に漕ぎ出した
ここまで来れば いい頃加減だろうと
舟にあった荒縄でやにわに娘を縛りあげたと
「あれ!? 何をしなさる!?」
「やかましい! お前の正体は割れとるんじゃ!小女郎めが!」
「やめておくれよ! わしゃ狐なんかじゃないんだよぅ」
こんな掛け合いをする内に舟は浜へ着いたと。
船頭は 縛られたままの娘を舟から引きずり降ろすと小脇に抱え
そのまま我が家に帰るなり囲炉裏の中へズドンと放り込んだ
驚いたのは船頭の女房
「ちょっとあんた、なんちゅことをしよるの!? 気でも狂うたのか!?」
「悪さばっかりしよる小女郎狐じゃ。まぁ慌てず見ちょれ、じきに正体現しよるけ」
ところが女房はかまわず言い返した
「何が狐じゃの! せっかく取ってきた大根を囲炉裏に焚べるなんて!」
「・・・・」
あぁ ちくしょう・・わしもやられてしもうたか・・
てっきり小女郎狐だと思うとったのは大根のひと束だった。
小女郎狐はとうの昔に入れ替わり、
舟で渡され礼も申さず、どこかへ逃げ去ったようじゃ・・。
・湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
広島県三次市三次町1691番地4
・令和8年3月13日(金)~6月23日(火) ※5月14日(木)から展示場面が一部変わります。
Amazon:『稲生物怪録』Kindle / 文庫








