八百万の神(やおよろずのかみ)。日本の国は太古 自然崇拝・祖霊信仰であり、凡そ廃滅より協立を優先したため多くの神々が後の世に面影を残すところとなりました。
無論、時流によっては様々な不当を強いられた局面も多々ありましたが、神道において約327柱、アイヌ文化、琉球(南西諸島)文化においてもそれぞれ一説に100神以上の神々が今に残り伝えられることは非常に意義深いことだと思います。
自然信仰は自然にある存在や事象それぞれを神として奉じるものなので、その数は無限数ともいえ八百万の数もあながち大仰とはいえないことなのかもしれません。
国内の神々の鎮座が形成されてゆく中で、やはり南西諸島など “南の神々” と、東北地方以北の “北の神々” には文化的な背景も含めて独特の存在感を感じますね。
アイヌ文化や琉球文化における信仰体系と、ヤマト王権の影響を大きく受けながら形成された日本神道の違いのひとつに、階層的な世界観の有無があります。
王権に列する神々を “天津神” 従属した部族・国の神々を “国津神” とし、(事実上)アマテラスを最高神として序列化した神道に対し、琉球信仰やアイヌ信仰において神々の階位はかなり曖昧です。
言い換えるなら、自然の振る舞いであるが故に彼の地における神々は皆平等であるとの理解なのでしょう。
とはいえ、アイヌの神々にもその役割上 大きな力を持つ神は存在し、その中でもコタンコロカムイ(コタンカルカムイとも)は、”国の領有者・守護者” の意から創造神ともいえる巨大な神とされています。(シマフクロウもまた村を鎮守する神としてコタンコロカムイとされる)
原初全ての創造神というわけではなく、カントコロカムイと呼ばれる天空神がいたり、トカプチュプカムイ(太陽女神)・クンネチュプカムイ(月女神)という姉妹神がいたりと役割り分担的な風土が感じられますが、民族が生きる大地のはじめに関わっているだけにアイヌ信仰の中ではとても重要な位置を占めています。
他にも “熊の姿を借りる山の神” キムンカムイ、その暗転神 ウェンカムイ、”総体としての山の神” ウスヌプリカムイ、”北海道の龍神” キナスツカムイ、”水源を守る神” ペテトクンカムイ、かなりニッチな役割りを担う “柳の神” シュシュカムイ、”風邪の神” シオカムイ・・等々・・。
北の神々は天空を彩る綺羅星のごとく、アイヌ文化の不動の礎として類なき輝きを放ち続けているのです。
されど、その神話において登場する神々が、時に人間以上に人間らしい思惑に囚われたり不合理な行いに興じてみたりするのも、又、多くの神話に共通するところ・・なのでしょうか?
創造神コタンコロカムイが北の大地を作り上げたとき、ちょっとした手違いがあったようです・・。
『おしゃべりな女神』
北の海に国土を作り上げたコタンコロカムイだったが、その大きさ故に流石に疲れを覚え一度天界へと戻ることとなった。
既に陸地は固く踏み固められ盤石に仕上げられておったが、周囲を囲む海岸線はまだ形もつかぬままであった。
そこでコタンコロカムイは浜を整えられる男女二柱の神を呼び寄せ、男の神には東の海岸線を、女の神には西の海岸線を仕上げるよう申し付けた。
また草木を育くむ神や火や水を司る神、人々に文化を伝える神など様々な神に後のことを申し付けて天界へと帰った。
それぞれの神はコタンコロカムイの指示に従い、各々の役目に取り組み北の陸地に緑深い国を築いていった。
海岸線を仕上げるよう託された二人の神もさっそく自分たちの仕事に取りかかったが、そのとき女の神が男の神に言った。
「どう? ただ黙々とやってもつまらないから、どっちが早く仕上げられるか競争してみない?」
男の神もうなずいた。
「なるほど、それの方が面白いかもしれない。やってみよう」
こうして二人の神はそれぞれが担う海岸線の仕上げに取りかかった。
ところが 仕事をはじめて間もなく、女の神は西の海岸線で文化を伝える神の妹神に出会った。
文化に通じた姉を持つ神なので話題も多く話し方も上手い。
女の神は仕事の手を止めて おしゃべりをしだすと止まらなくなってしまった。
時おり仕事を思い出し取りかかるのだが、妹神も女の神もしゃべりだすと我を忘れて、天気がどうの隣の神がどうのと口が閉まらなくなる。
ようよう しゃべり疲れて気が付くと、男の神が担った東の海岸線はもう殆ど仕上げられようとしているではないか。
驚いた女の神は慌てて仕事を進めるも、ろくに浜の地ならしもせず大急ぎで片付けることとなってしまった・・。
北海道の太平洋側・東の海岸線は砂浜が多く穏やかな風景が多いのに比べて、日本海側・西の海岸線には絶壁や荒い岩礁が多いのは このためだという・・。
良し悪しはさておき、おしゃべりは女性にとってコミュニケーションの要。 不可分ともいえる習性のひとつですから、ここはまぁ是非もなしといったところでしょうか・・(^_^;)
国造りという壮大な叙事詩の中にも、こういった人間臭いエピソードを織り込むアイヌ神話の妙の方に惹かれてしまいます。
そして、さらに思うのは、本日ご紹介したこの神話が どの程度の(神話としての)実存性かは不明(当然、発祥年代も不明)ながら・・。
仮に数百年以上往古に成立した神話だと考えた場合、その時点で神話の作者は、東西それぞれの海岸線の状態を客観的に把握していたことになります。
中央集権化が進んでいた本土でさえ遠隔地の状況把握は難しい時代。 部族毎の並立が保たれていた当時の蝦夷地において、数百から数千キロメートルを隔て移動しなければ観測できない海岸線の状況を彼らは知っていたのでしょうか?
それとも 他の地の状況をはるばると、それもおぼろげに伝わってくる口伝・伝承から把握して、想像の上に神話を作り上げていったのでしょうか?
そうすると、口伝、すなわち “おしゃべり” も文化育成に欠かせぬ一助ということになるのですが・・(^^)。
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