日本の地中海 猫と大天狗の島 – 後編

朝夕の凪にたゆたう鄙び(ひなび)の里、日がな集落の小路に波止場の堤防に泰然自若をうたう数多の猫たち。

香川県の沖合い、瀬戸内に浮かぶ佐柳島(さなぎじま)から前回、島民よりその数の多い猫の故事事情をご案内しましたが、本日は佐柳島の信仰的習俗を軸にお話を進めてみたいと思います。

 

佐柳島(特に佐柳島北部の長崎集落)を語る上での特色のひとつにお墓があります。

墓というと不穏なイメージを思い浮かばせてしまうかもしれませんが、この特徴的な埋葬方法や習俗は かつて日本の広くで見られたものであり、祖霊信仰の基本的な形をなしたものでした。 いうなれば日本古来の信仰を今に伝えるものともいえますね。

では何故それが特色といえるのかというと、その形跡が今も日本最大規模で残っている、”埋葬・供養文化の史跡” としての側面を持ち合わせているからに他なりません。 近畿や中部地方の一部にも多少形跡が見られますが、佐柳島をはじめとした瀬戸内の島々(塩飽諸島)は “島” という独自の地勢と歴史から、こうしたものが多く残っているのでしょう。

その特徴的な埋葬方法とは “両墓制” と呼ばれるもの。
両墓、つまり一人の故人ができたとき、実際に故人を埋葬する “埋(うず)め墓” と、遺族がお参りに使う(故人・祖霊を偲ぶ)”参り墓” を別に設けるというものです。

画像©(公社)香川県観光協会

実際に埋葬する場所とは別に故人を偲ぶ場所を用意する。
それでいう “参り墓” って “仏壇” と同じようなものではないの?

その疑問はもっともであり、そして核心に近いものともいえるでしょう。

人の末期(まつご)とは悲しい別れであったり長寿の末の往生であったり様々ですが、同時に “死” そのものについては “忌であり穢れ” に属するものです。人間にとって不可分のものでありながらも、あまり身近に意識したいものではありませんし、衛生上の問題も残ります。

 

されど、他界した近親者を想う気持ちは誰しも同じ、宗派、無宗教問わず亡き人の冥福と現世への加護を祈り捧げるための場所は必要です。

これらを合理的に解決、人の暮らしとの調和を図ったものが両墓制といえるでしょうか。

具体的には遺体を埋葬する “埋め墓” は静かな場所に集合的にあって埋葬後はあまり人も近寄りません。佐柳島の埋め墓は海から拾い集めた黒い礫石(れきいし)を積み上げた形が多く、また これに関連して桐の木を用いて作られた “デコ地蔵・デコサン” と呼ばれる人形(ヒトガタ)が立てられることも特徴として見られるそうです。

対して “参り墓” は生活圏により近く各家名ごとに石塔を建ててこれに墓参します。

通常、”埋め墓” は人里から離れた静かな場所に集合的に作られ “参り墓” と距離を持つものが多いのですが、島という限られた空間を利用するため比較的近い場所に両立しているというのもこの地の特徴といわれているそうです。

人が亡くなるとその身体から魂が抜ける・・、というのは世界中普遍的に見られる観念ですが、特にアジアそして日本ではそのような想いが強かったため、亡き骸は亡き骸、魂は魂と、ある意味 合理性と精神性を両立させた墓制習慣であったのでしょう。

土葬は物理的な埋葬面積に限りがあること、火葬が普及したこと(それによって家系合葬が可能になったこと)、先祖を祀る意識が変化したことなどにより “両墓制” は過去のものとなりました。

合理的な解釈や手段が進む現代では葬儀や埋葬の形態も変化し縮小化の一途を辿っています。遠くない未来 “よりコンパクトな葬儀” や “お墓を持たない供養” が普通になる日が来るのかもしれません。 そうした中で佐柳島をはじめいくつかの土地で伺うことのできる形跡は、古の日本の死生観を知る上で貴重な史跡でもあるのです・・。

 

さて、ここまでは佐柳島の北部・長崎地区を主にご案内してきましたが、続いては南部・本浦地区の西の山側にある「大天狗神社(おおてんぐじんじゃ)」をご案内したいと思います。*1

佐柳島は南北に細長い形をしていますが暮らしに開けた地域は東側の海岸線のみ。西側の海岸線の途中まで道路は回り込んでいますが大半は自然の姿そのままです。 東側の北部の一角を占めるのが長崎港と長崎地区、南部の一角を占めるのが本浦港と本浦地区となります。

その本浦地区の奥から西側の山手に登る小道があり鬱蒼とした緑に囲まれた石段を望むことになります。 これが「大天狗神社」の社殿に至る参道、両墓制と対を成す佐柳島の信仰形態の礎を見る思いです。

但し石段の数は367段、それも急峻な山道を登ることになり、さらに途中には険しい道程もあるため一般の方が気軽に登れるものではないともいわれています。
大天狗の名からイメージされている方もおられるかと思いますが、修験の厳しさと趣を感じさせる場所でもあるのです。*2

“鼻高” と呼ばれる紛う無き天狗様が主祭神の大天狗神社、一つの島の社としてはとても立派で荘厳な造り。赤面強面の天狗面を扁額に掲げ、拝殿左手には石垣に紛れながら天狗面の石像が彫り込まれ、参拝者の身上を見極めているよう。

失せ物(失くしもの)探し、泥棒避け、そして島ならでは航海安全などに御神徳が高いとされています。

画像©多度津町観光協会

 

天狗、テング様 というと日本の伝承・神話には欠かせないものであり、その超常の法力から神仏に近く尊い修験僧、はたまた時に尊大に振る舞い悪戯を行う魔物など、豊かなキャラクター性で知られますが、言い換えればそれだけ神と人の間を取り持つ存在ともいえましょうか。

天狗を祀る聖地といえば京都の鞍馬寺、栃木の古峯神社、東京の高尾山薬王院、群馬の迦葉山龍華院など数多に登ります。また火防の神と知られる “秋葉権現” もその背景に天狗信仰、道行きの神として知られる “猿田彦(サルタヒコ)” にも天狗との関連が見られます。

しかし、大天狗神社のように大天狗そのものを主祭神として仰ぎ、そのまま社名に掲げている神社はそう多くはありません。

佐柳島で天狗信仰が勃興した明確な理由は不明ですが、一説に往古、佐柳島や四国・西日本一円に息づいていた “犬神憑き” に対する邪祓いの力を天狗が持っていたという話も伺えます。

そして何より、強大な法力を発揮する天狗は “板子一枚下は地獄” の海を行き交う男達やその家族にとって大きな心の拠り所となっていたのではないでしょうか。
天空を雄大に舞う天狗は “空の高みから失せ物を見つけてくれる”。 それは単なる失くしものだけではなく、人々にとってかけがえのない大切なものを見極め示してくれる大いなる加護であったのかもしれません・・。

画像©多度津町観光協会

大天狗神社境内や両墓の地など島の聖域にあたる場所には多くの石が用いられていますが、その石を島外に持ち出すと災いを招くなどという言い伝えもあるそうです。

人より猫の方が多い島として人気の出た佐柳島ですが、訪れる機会がありましたときは “猫可愛い” だけに終始せず、島の暮らしや歴史に想いを馳せながら慎み深く観光を楽しまれるのが吉かと存じます。

もちろん、ゆったりとした旅の喜びを味わいながらですが・・。

*1:Ai チャットや検索などで “大天狗神社は長崎地区の西側の山に・・” などと答案されることがありますが、”本浦地区の西側の山” の誤認かと思われます。

*2:2025年秋の山崩れやイノシシの出没に因して現在 入山が禁止されているとの情報があります。さらに奥之院は険しい山中にありますので入山は避けられた方がよろしいかと思います。

どちらもご留意・ご確認の程を。

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