幻燈に浮かび上がる昔話の温泉郷 – 熊本県

あらためまして、新年おめでとうございます。
本年もイナバナ.コムを宜しくお願い致しますm(__)m。

言いましても5日から既に社会は動き出しており、まとまった休みからの復帰で早速お疲れの方もおられるかもしれませんね。

私はといえば職業柄 今年は元旦1日から仕事、続いて3日8日とあいも変わらず時節の曖昧な日々を過ごしております(^_^;)。

年末は年末で何やかやと用事に追われ・・。 出来ることなら時を忘れて古風な温泉地などでゆっくり湯治に浸りたい気分・・。

と、いうことで、新年1回目の記事は熊本県の奥座敷、阿蘇郡南小国町から「黒川温泉」”湯あかり” のイベントと幽趣に満ちた情景をお送りします。

 

南小国町は熊本県の北東、大分県との県境にもほど近い山間の町。
阿蘇郡の名を成すとおり、火の山阿蘇の外輪の一角にあって標高数百メートルの高原に属する地域でもあります。

九州最高峰である九重山(くじゅうさん/大分県/1791m)を見晴らしながら、ただ葉擦れの音と鳥のさえずりのみが流れる長閑な町・・。 否、小国にお住まいの方々からは叱られるでしょうが、”村” という言葉のイメージがこれほど見事にハマる場所も中々ないのではと・・。

画像©Wikipedia:Yosemite~commonswiki

写真から思い図るだけで無責任かもしれませんが、これ “昔話” に出てくる風景を彷彿とさせますよね?

実際、訪れた人はこの町に失われた日本の原風景でも感じるのか、Wikipediaによると “2023年にはBooking.comの「Traveller Review Awards 2023」にて日本で「最も居心地の良い場所」第1位にも選ばれている。” のだそうです。

因みに “昔話” だからというわけではないのですが・・、俳優であり声優でもあった “常田富士男” さんは少年時代を南小国町で過ごされたのだとか。

「まんが日本昔ばなし」のナレーションキャストを、市原悦子さんとお二人 20年近くに渡って続けられた常田富士男さんの心底に、南小国町の風景があったのではないか・・などと考えてみるのも一考でしょうか。

 

前置きを挟んでしまいましたが、この南小国町に寄り添うように集まり佇む温泉旅館30軒を総じて『黒川温泉』と称します。 南小国町温泉郷のひとつであると同時に阿蘇温泉郷の一角をも占め、硫黄泉、塩化物泉、含鉄泉、炭酸水素塩泉など多彩な泉質を愉しめるのも この温泉郷の注目ポイントといえるでしょうか。

軒を連ねる宿がそれぞれ独自にあるのではなく、各宿を “離れ(部屋)” 田ノ原川などを跨いで渡る小道を “渡り廊下” として、30軒の温泉宿がまとまり ひとつの宿場を形成するようなコンセプト・連帯的佇まいを維持しているのも大きな特徴。 また温泉観光地などでみられる歓楽施設を擁しないことから、静けさ、しとやかさは特筆もの。先に述べたがごとく懐の奥深くまでどっぷりと昔話の湯治を味わっていただけます。


黒川が温泉地として知られるようになったのは凡そ300年前、江戸中期の頃になりますね。肥後、筑後、豊後といった地域では “傷治しの湯” として多くの湯治客を集めていたといわれます。

温泉地の中に今も残る「地蔵堂」には “身代わり地蔵” “首なし地蔵” という、少々不安げな祀り地蔵があるのですが、これを基とした開湯伝説として次のような話が伝わっています。

~黒川伝承~

昔々 豊後の中津留というところに甚吉という若者がいた
塩を売って日々の口をしのいでおったが その暮らしは貧しかった

只ひとりの肉親である父親が病に伏せると薬代にも事欠くありさま
その父が病の床で “瓜が食べたい” とこぼすも それを買う金もなく・・

瓜を求めてあてどなく肥後の地まで立ち入った甚吉は思い詰めた挙げ句
傍にあった地蔵様になけなしの塩を供えると 畑に分け入りそこに有った瓜を盗みだしたのだと

しかし折悪しく 離れて見ていた者に甚吉は捕らえられてしまう

しかも その当時 盗みは即死罪
甚吉の想いも虚しく振り上げられた刀は一刀両断に甚吉の首を刎ねた

ところが 地に転がったのは甚吉の首ではなく あろうことか地蔵様の首
甚吉の親を想う心にうたれた地蔵様が身代わりになってくれたのだった

これには そこに立ち会った一同も驚き 甚吉は瓜を与えられ放免となったのだと

 

その後 この身代わり地蔵はその地で祀られていたが
時が経って肥後細川の藩士で修行の者が この地蔵を地鎮の本尊にしようと地元へ持ち帰ることとなった

しかし 黒川の辺りまで差し掛かったとき地蔵はことのほか重みが増して ついには持ち運ぶこと能わなくなってしもうた

この地こそ地蔵が望む安息地なのかと考えを改め
地蔵堂を建て そこに地蔵を祀ると不思議 湯が湧き出したのだと・・

これが黒川の湯のはじまりだそうな・・

 

弘法大師・空海による開湯伝説、鹿や鷺など動物の傷を癒やす源泉からの開湯伝説などは時おり聞きますが、黒川のお話は中々にオリジナリティに富んだ伝承でした。

「地蔵堂」は今も黒川温泉発祥の舞台、御本尊として大切にされています。

黒川温泉には「入湯手形」というものを昭和年代から導入しており1枚1500円(税込み2025年現在) で販売しています。

温泉郷の露天風呂や飲食店などで計3回まで使えるクーポンタイプの札なのですが、これを発行するに至った背景には、当時 郷内で(地形の関係から)露天風呂を敷設できない宿も含めて全ての宿でのサービスの提供と共栄を目指したゆえの発案だったそうです。 まさに郷内一体となった黒川温泉ならではの取り組みですね。

輪切りのヒノキの手形は趣深い風采であり、利用後はお土産に持ち帰るも良し、再びの来湯を祈って「地蔵堂」に奉納するも良し・・だそうです。

 

そんな「黒川温泉」で年末12月20日から本年3月31日(火)まで『黒川温泉 湯あかり』が開催されています。

田ノ原川を軸に 丸鈴橋からやまびこ旅館までの「川端通り」沿いをライトアップ。
地元産の間伐竹を利用した美しい球体状の「鞠灯篭」と筒状の「筒灯篭」が数百、暮れゆく温泉郷を神秘的に照らし出してゆく様はまさに夢幻の世界に迷い込んだかのよう。

冬の黒川温泉ならではのホットで煌めきなひととき、そして懐かしき民話の如き里の心地よさを堪能していただければと思います・・。

黒川温泉ホームページより

「黒川温泉郷では、30軒の宿と里山の風景すべてを「一つの旅館」ととらえています。それを表す言葉が“黒川温泉一旅館”です。道は廊下、木々や花は中庭の植木、温泉もお宿も一つの大きな旅館の中にあるという考え方です。

そのような地域全体でお客様を迎える地域理念のもとに、各宿が持つ露天風呂を自由に巡る「入湯手形」のしくみがあります。25ヵ所の自然情緒あふれる露天風呂めぐりをお楽しみください。 露天風呂は原則撮影禁止です。決まりを守って気持ち良くお楽しみください。」

『黒川温泉』公式サイト

『黒川温泉 湯あかり』2025年12月20日(土)~2026年3月31日(火) 17:30~21:30

『KUROKAWA Co-Creation Story』参考サイト

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