地元の話、近年、市の東部を南北に縦走する新しい道路ができました。
従来からあった東西に架かる道路とも交差し市内各地とのアクセスも良くなるとともに、市外との行き来もしやすくなって交通の便が増しました。
幹線沿いには商業施設も少しずつ増え、また新興の住宅地も開けています。 広くきれいな道路に洗練された建物。街はまたスマートで機能的な景観を新たに付け加えたようです。
只、私のように時代に取り残されつつあるような者にとっては、美しく合理的に過ぎて、些か妙味に欠けるというか、馴染みに薄い街並みに映ることもままあるのです・・。
・・と、まぁ昭和の時代はああだった、こうだった、と言ってもただの年寄りのボヤキにしかならないでしょう。
どうせなら、昭和の時代でさえ異彩を放ち独特の存在感をもって街の一角を占めていた、あの建物たちを思い返してみたいと思うのです・・。
それは一般に「和洋折衷建築」またさらに遡って「擬洋風建築」とも呼ばれるもの。
多くは 凡そ100年から200年位昔の欧米の建築様式を取り込み、従来から受け継いできた日本の建屋・様式に融合した建築物を指します。 少し正確性に欠けますが “洋館” “洋風建築” などと一括りにいわれることもあります。
和洋折衷建築としては長野県松本市の「旧開智学校」や神奈川県箱根の「富士屋ホテル」。 擬洋風建築としては山形県山形市の「旧済生館本館(現・山形市郷土館)」青森県平川市の「盛美館」など、今日もその雄姿を留めるものも少なくありません。
さて、この和洋折衷建築と擬洋風建築。
和洋折衷建築は “和風と洋風の建築様式を融合させた建築で、明治から大正期にかけて建てられたもの”。 擬洋風建築は “日本の伝統的な和風建築に西洋風の意匠を取り入れた建築様式で、明治時代の文明開化期に多く建てられたもの” とされているものの、定義が被ったり曖昧な部分もあって明確に分けられていない場合もあるようです。
只、この国が明治時代に至り世界に向けた文明開化の風が吹く中で、近代化の象徴のように建てられた建屋が “擬洋風建築” として持て囃されていたことは確かです。
しかるに、”擬” という あまり清々しくない文字が充てられているように、時代の経過とともに あまり喜ばれなくなったのだとか。
本体の基本構造が日本建築のまま、外見や一部の内装に洋風様式を施した技法が上辺だけの物真似とされたようで・・。 やがて より本格的な西洋建築の応用が求められるようになって、擬洋風建築はその数を減らしていきました。
とはいうものの、日本には日本なりの風土事情があるのもまた事実。
当時の(特に欧州の)建築資材といえば石造りや煉瓦(レンガ)の使用が象徴的であり、日本もそれらの使用技術を吸収していきましたが、積み上げて築く建築は地震の多い国情に必ずしも適応しているとはいえません。
建築技術自体未成熟だったとはいえ、大正12年9月に発生した関東大震災における “浅草凌雲閣(12階建て)” の倒壊は その最たる例ともいえましょう。
結果的に軽量かつ柔軟性に優れ、永年の技術蓄積のある日本建築技法との合わせ技とでもいうべき、和洋折衷式の建築はその後も一定数続けられました。 大きなビル建物から個人の家屋に至るまで、昭和30年代初頭まで作られ続けたのです。
これらの建築物の特徴は言うまでもなく その外観。
東京都千代田区の「東京復活大聖堂(ニコライ堂)」のように ほぼ異国情緒を再現しきったものから、石川県金沢市の「尾山神社(神門)」のように取り込んだ国風が見極められないほど不思議なものまで多種多様。 見ていて飽きることがありません。
見た目のインパクトの強さからか、銀行や公共の施設など大掛かりな建物に採用されることが多かった和洋折衷ですが、昭和時代には外壁や出窓・ベランダなど、個人住宅への部分的な採用もしばしばでした。
私がまだ小さな頃住んでいた町にも こういった家があり、子供ごころにも不思議に、また興味深く見ていた記憶が残っています。
それ故か、あまり出来すぎた折衷建築よりも、微妙に違和感を醸し出しているようなイレギュラーな感じのものの方が好きです。 懐かしさと不可解な感覚が混ざり合ったような奇妙な好感を覚えますね・・。
現在 私が住む町にも10年位前まで、2階建ての旧銀行建屋が残っていたのですが、その時点で永く実店舗としては使われなくなっており、やがて取り壊され今は駐車場となってしまいました。
同じく市内の一角にある煉瓦作りの塀は、紡績会社の宿舎だったといわれ、市の指定を受けて文化財としての保護を受けていますが、認知の時期が遅すぎたためかかなり荒廃が進んでいます。
私の家内の実家の目の前にある家も、旧来の日本建築に併合する形で家屋の半分が石造りを模したコンクリート建屋となっています。今は少数派となった引き戸式の玄関の前には、洋風の門扉が掛けられ絶妙な味わいを届けてくれます。
今、貴方の住まれる町には如何でしょうか?
こうした奇異な彩りを放ちながら、今も残り続けている折衷の和洋館はありますでしょうか?
人様の家である場合、じろじろ眺めているわけにも迂闊に写真を撮るわけにもいきませんが、興味が湧かれたなら遠目にでも暫し御覧になってみてください。 公の施設であるならゆっくり堪能できるでしょう。
そこには、それを造った人たちの想いが色濃く反映されています。
ときに例え未成熟なデザインセンスであったり、些か強引な習合であったりしても、その時代その時の頼み手・作り手の夢や希望が宿っているのです。
整然とした意匠、機能や合理性だけでは計り知れない、熱意に溢れた時代にひととき触れることができるかもしれません・・。












