いつもイナバナ.コムをご訪問いただき有難うございます m(__)m。
先日 ご質問を頂きましたので ご回答つれづれご案内させていただきます。
「イナバナ.コムには “民話・昔話” と “故事・伝承” の似たようなカテゴリーが、ふたつあるけど紛らわしくありませんか?」・・というもの・・。
確かに似ていますね・・、紛らわしくてスミマセン・・。 一応の分類基準ですがイナバナ.コムにおいて “民話・昔話” は、その名のとおり古来より伝わる民間の “寓話” を主としています。物語の舞台・登場人物を含めて あくまで “架空” のお話です。
比して “故事・伝承” においては、その内容の史実や正確性はともかく、実際に存在した・した可能性のある人や出来事にかかるお話を ご紹介しています。
只、”伝承” の部分が若干曖昧で、実在の人物に絡みながら “神霊” や “魔物” “妖怪” が登場する伝承も少なくなく・・、その場合は どちらのカテゴリーに属するか微妙なところでもあり・・言ってみれば その時の私の判断次第ということになってしまいます。
こういったところが紛らわしさを助長している一因かもしれませんが、明快なカテゴリー分けが難しいところでもあり、何卒 甘受いただければと思います・・m(__)m
・・と、いうことで、本日は “魔物・妖怪” に関わるお話、昔話の中でもかなりメジャーな “妖怪退治譚”。 香川県・讃岐国 から “民話・昔話” のカテゴリーでお送りさせていただきます。
登場しますのは “牛鬼(うしおに)”、江戸期以降、主に西日本各地に伝えられる鬼の一種です。 鬼と呼ばれますが 一般的な鬼の姿とはかけ離れていることが多く、角の生えた鬼の顔に牛のような巨躯、蜘蛛のような六本の手足など、どちらかというと “怪獣” 的な色彩が強い魔物ですね。
香川県のお隣り愛媛県でも その伝承は古く受け継がれており、“和霊大祭・うわじま牛鬼まつり” とその由来として、以前 記事にさせていただきました。
鬼の名が付く魔物の中でも 極めて凶暴で残忍、祟りもキツい・・といわれ、要するに “抗い難い恐怖と絶望” を表象したものとも言えるでしょうか・・。
現在の香川県高松市、そして坂出市を分かつようにそびえる “五色台”(紅、黄、青、黒、白の五色の名が付けられた峰々からなる高台山地)
その一峰、青峰の麓にも古く “牛鬼” が出没して村人たちを苦しめたようです・・。
『根香寺の牛鬼』(ねごろじ の うしおに)
天正年間 青峰の麓 夜な夜な恐ろしげなる唸り声とともに その物の怪 現れたり
物の怪は 人家 田畑を荒らすにとどまらず 人に遭うたらば これを取って喰らう
後に残るは人骨 肉の欠片など 惨き有り様のみなり
里の者 皆 これを恐れて野良もままならず山にも入れず・・・
その姿は鬼のごときと伝えられるが 誰もその仔細は知らぬ
出遭うた者は 大抵喰い殺され 辛うじて逃げ仰せた一人二人の者も
間もなく熱にうなされ亡うなってしまうからじゃと・・
いつの頃からか “牛鬼” という名のみ囁かれはじめたと
神出鬼没の牛鬼に里人たちは ほとほと困り果てておった
相手が手出し敵わぬ魔物とあっては 村々の男衆総出でもどうにもならん
寄り合うて話し合った挙げ句 かくなる上は 国守さまにお願いするより他なし ということになった
近在の村役一同 香川の館へと皆して出向き 平伏して願い上げると 国守の方でも無碍にもできぬ
どうしたものかと思案を重ね 今は安原の郷に住む “山田蔵人高清” のことを思い出した
豪胆にして弓を引いては右に出る者無しといわれた高清ならば 魔物相手であれ遅れを取ることはなかろう・・
早速に遣いを送り 高清を召し出したと
「今は隠棲のそれがしに 如何なる御用事か・・?」
戦場を離れたとはいえ 今も眼光鋭き武人の高清に 国守は魔物討伐の命をなす
なるほど ならば今も衰えぬこの弓矢の技 国中に知らしめんと依頼を受けたそうな
されど 勇んで赴いた青峰の山であったものの かくいう牛鬼には中々に出遭えん
まるで 牛鬼が天敵の到来を感じ その身を隠しておるかのよう・・
進退を案じた高清は 青峰の古刹 “根香寺” の本尊に向い祈願を掛けた
「南無大慈悲の観世音菩薩 断食の行をもって この高清の祈りを聞き届けよ」
体力 衰えかねぬ断食をもって祈願を成したのは それこそ高清の覚悟であったのだろう
さすれば満願の日 高清が千尋ヶ岳を辿っていると異様な気配を感じた
林に身を確して辺りを伺ってみると 何と岩肌の影に見たこともない異形の魔物が佇んでおるではないか
今しがた獣でも喰らうたのか口元は真っ赤に染まり 荒い息を刻んでおる
これこそ 噂に聞こえた牛鬼の正体に違いないと 高清 弓に矢を番えキリキリと引絞った
“南無観世音菩薩!” 放たれた矢は一閃 牛鬼の頭を貫いて血の尾を引いた・・
並の人や獣であれば この一撃で終い・・のはずであったが
さすが 青峰を震わせた魔性というべきか 牛鬼 ガッと一瞬叫んだものの
くるりとこちらに頭を向けると 怒りもあらわに高清目掛け襲い来るではないか
突き上げるような恐怖を抑えつつ 既に二の矢を番えた高清はこれこそ生死の分かれ目とばかり 全身全霊を傾けて一閃を放った・・
グォーッ! と不気味な唸り声を上げて立ち止まった牛鬼は 踵を返すがごとく林の奥に逃げ込んで行ったと・・
既に日も傾く中 深追いは危険と高清 その日は野宿で夜を忍んだそうな
夜が明け 辺りを探してみると血の跡が転々と続いている
草木をかき分けその跡を辿り やがて谷川の流れるところまで下ると・・
猟ヶ淵 のほとりに 牛鬼は事切れておったと
高清が放った二の矢は 牛鬼の口から後ろ頭を貫いておったと
その姿は この世のものとは思えぬ異形・・
頭には角が生え 前足には指が三本 脇には三尺余りのコウモリのような羽があり
顔は猿 体は虎の如きマダラの毛で覆われ 後ろ足は牛のように二本の蹄であった
「さても 我ながら よくもこのような化け物を射止めたものよ」
深い安堵のため息をつきながら牛鬼の首を取り 国守の館まで持参したそうな
国守は高清の武勇を讃え 米五俵を与えたという
その後 牛鬼の首は朽ちて失われたが 二本の角は残り
異形の姿を描き留めた絵図とともに 高清が祈願を捧げた “根香寺” に安置されている・・
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命懸けの武功に米五俵というのは、チョイ少なめのような気もしますが、当時としては大きな褒賞だったのでしょうか・・。それとも武人であった高清が遠慮したのでしょうかね・・w。 然して 青峰・五色台の里には平和が訪れたという定番なお話です。めでたしめでたし・・。
「青峰山 千手院 根香寺」は 四国八十八箇所霊場の八十二番札所であり、秋には紅葉の名所でもあるそうです。 牛鬼の角と絵図は今も保存されているものの、一般への公開は制限されているのだとか・・ ネットで検索するといくつか画像も見つかりますのでよろしければ・・。
次回は同じ讃岐国、それも高清の住んでいた? 安原の地から大蛇に掛かるお話をご案内させていただく予定です。 また宜しくご覧ください。