沖縄県、ここがかつて琉球国と称される王国であったことは皆様もご承知のことと思われます。
この琉球国の歴史の中で “琉球五偉人” のひとりとして数えられ、琉球の発展のみならず本土へも殖産を通じて大きな影響を与えた人に「儀間真常(ぎましんじょう)」という役人(士族)がいました。
その地理的条件から台風や干ばつの被害に晒されることが多く、飢饉の絶えなかった当時の琉球において民の糊口を救い、産業の礎を築くなど多くの功績を残した儀間真常。
本日は(おそらく)この儀間真常を主人公にしたと思われる昔話をお送りしたいと思います。
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とある夏の昼下がり 那覇からもほど近い泉崎の河岸
まだ若い役人であった儀間は この日 友人と二人して商売でにぎわう魚河岸を散策しておった
ふと目についた光景に儀間は足を止めてそれに見入ったそうな
一匹の大きな海亀が台の上に乗せられ今まさに首を落とされようとしておった
海亀の料理は琉球でも貴重なもので 士族であった儀間でも数えるほどしか口にしたことはなかったが 今日は何故か海亀の様子がひどく不憫に思えた
ポロポロと涙を流す海亀を見るうちに いたたまれなくなった儀間は魚師に声をかけた
「もし、ご主人、その亀を売ってくれまいか・・」
「へい! よごさんす! すぐに切り分けますので!」
「いや、切ってもらっては困る、生きたそのままの姿で欲しいのだ」
はぁ? と訝しがる魚師ではあったが金を払ってくれるなら文句もない
その場で海亀は儀間たちに渡されたそうな
二抱えもありそうな亀を友人と二人で浜辺まで運ぶと そっと水際に置いてやった
ふと思いつき 自分の髪を留めていた串を甲羅の隙間に挿すと
「危ないところじゃったが、これも何かの縁じゃ、陸に来た土産にもってゆけ」
と語りかけ海に押し放してやったのだと
「もう捕らえられるでないぞ」
儀間たちに見送られながら海亀はしばらく浅瀬を漂っていたが やがて青い海の底深く吸い込まれるように消えていった
その後 儀間は勤めにいそしみ勉強を重ねると 国司の登用試験に合格し、文化修得のために大陸に渡る遣使に選ばれるまでになったそうな
目を見張るような大きな都で三年に渡って数々の文化や行政を学び 多くの貴重な文物を携えると帰国の途についた
船に揺られながら大陸での出来事を思い返し 国に帰ってからの活躍に思いを馳せ その夜はゆっくり眠ったのだと
ところが それから数日の後 空はにわかに掻き曇り やがて大粒の雨とともに唸るような風が吹き出した 折悪しく台風に見舞われたのだ
山ほどもありそうな波に船は木の葉のようにもてあそばれ 帆は破れ飛び 船体はミシミシと音をたてて軋んでおる
あと三日も経てば故郷に帰り着けたのに 国に帰って苦しい民のために役立てたい事も沢山あったのに
悔しがる儀間を嘲笑うかのように嵐は吹き荒れ ついに船は転覆 沈没してしもうた
どれほど気を失うていたのか
ふと気付くと儀間は波の上をたおやかに進んでおった
嵐も過ぎ去ったのか空も青々と輝いている
これは一体どうしたことか 波間に沈んだはずの自分が今乗っている 小さな岩礁のようなものは何だ
不思議がる儀間の目についたのは 岩間に挟まれ海藻にまみれた一本の髪留め
何と そうであったか
あの時救い逃してやった亀が今の今まで恩を忘れず我を助けに来てくれたのか
やがて 琉球の浜辺まで辿り着いた儀間はあらためて亀に礼を述べた
「おかげで生きて故郷に帰る事が出来たよ この恩は私も生涯忘れないよ」
務めを果たした亀も嬉しそうじゃた
「旦那さま〜」
その時 丘の方から声を上げ駆け寄って来る者たち
見れば 儀間の家の人々ではないか
「これは驚いた 帰国の途中 嵐に遭って難儀したが なぜ今日私が帰ると知っていたのか」
問う儀間に家人は答えた
「それが昨晩 見知らぬ若い人たちが沢山の荷物を持って我家を訪れ こう言ったのです」
「これは こちらの旦那さまのお荷物です、旦那さまは明日の朝 浜の方から帰られます」
なるほど 亀は自分を助け あまつさえ大切な荷物まで仲間を頼んで届けてくれたのか
つくづく感謝の念に堪えないなと振り返った時
亀は既に朝日に包まれながら沖合に泳ぎ出しておったそうな
その後 儀間は役職に精を出し 多くの民に讃えられる仕事を成し名政とうたわれた
儀間の一族は栄えたが この故事に習って亀の肉は食さなかったと言われておる
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怪我をしたり罠に掛かっている動物を助けて、その動物から恩に報いられるお話を総括して”動物報恩譚” と言います。
よく知られる「鶴の恩返し※」をはじめ “狸” “狐” “蛇” 果ては “河童” や “鬼” にいたるまで、昔話では人間と様々な動物やもののけたちとのふれあいが描かれていますね。
※「鶴の恩返し」は”異類婚姻譚” にも分類されます。
「浦島太郎」も “助けた亀に連れられて” の歌詞のとおり一部 亀による報恩譚とも言え、亀が活躍する民話は他にも少なくありませんが、琉球に伝わる「亀の恩返し」如何でしたでしょうか。
さて、冒頭でのご紹介のとおり このお話に登場する ”儀間” とは “儀間真常” のことではないかと思われます。
民話原文においては登場する儀間が、三司官(琉球王政における総理大臣のような役職)を目指し勉学や努めに励み、大陸からの帰国の際、亀の助けによって無事帰り着き、後に晴れて三司官まで上り詰めたとなっていますが、琉球国の歴代三司官に儀間真常と思われる方の名を見つけることは出来ませんでした。
しかし、民話でそのように記されるほど民からの敬愛を受けていた士族であった事は確かなようで、後編ではカテゴリーを「トピック&コラム」に変えて この儀間真常の事績とともに、今後の ”沖縄県の記事” のベースとしての意味を含め 琉球国の歴史の一端にも触れてみたいと思います。