六根清浄は日本一危険な国宝に通ず – 鳥取県

秋分、彼岸も明けて、季節はようやく秋を迎えようとしています。
・・とはいえ、”残暑” では済まされないレベルの暑さが残っていたり、かと思えばスッと涼やかな日に見舞われたりと色々不安定な昨今、皆様には如何お過ごしでしょうか?

3ヶ月から続いた夏の猛暑に身体も気持ちもそれなりにバテ気味、季節の変わり目に体調を崩さないよう 日頃からご養生ください。

疲れた身体に、それでも仕事や家事など何かを為さねばならないとき、人は思わず「よっこらせ! どっこいしょ!」と小さな掛け声を自分に向かって投げかけます。(まぁ、これが口についてしまうと “年を取った” などと言われてしまうわけですが・・w)

言われる通り、この「よっこらせ! どっこいしょ!」は、いかにも年寄り臭いとされる掛け声ではあるものの、あながち口先だけのものともいえず、一説には “小脳の働きを活発にして無意識的な運動がしやすくなり、そのことにより運動性能が良くなる” 効果もあるとされるそうで・・。 参考リンク「脳梗塞リハビリステーション長野」

外見的なイメージはともかく、脳と身体にとってはプラスの効果こそあれ一概に “悪い癖” というわけでもなさそうですね。

 

ところで、この「どっこいしょ」の言葉は どこから来たものでしょうか? 掛け声としては口にしやすい語呂ですけどね・・。

実のところ諸説紛々といったところで、これが正解!という確定はなされておらず、中には “何処へ” の言葉が変化したものであるとか、ヘブライ語(古代ユダヤ〜現イスラエル語)から来たものであるとか語源のバリエーションは豊かなのですが・・。

その中でも有力とされる説が二つ。 一つは相撲や歌舞伎で使われた “どっこい!” が語源とされる説、相撲においては “どすこい!” に転化し、歌舞伎においては “ところがどっこい!” の台詞回しなどに由緒を持つとされるもの。

そして 今一つが、古き山岳仏教、いわゆる修験道における「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」に由来する といわれるものです。

険しい山中での過酷な修行を旨とする修験道、その修験僧(行者)が山の頂を目指して道無き道を行くとき「六根清浄! お山は晴天!」と掛け声を掛けながら登るのだそうで・・。

されど、修験僧とはいえ人間であることに変わりはなく、ロッククライミングさながらの登坂を続けているうちに、いずれは疲れて掛け声にも緩みが出てきます。 それを離れた場所から聞くと「ろっこんしょうじょう!」が「どっこいしょ〜!」に聞こえた・・。という由緒説です。

そもそも「六根清浄」とは、”六根”(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、総合的な意識)の六つの精神の働きを清めることだそうで、それを掛け声とするならば、上でも触れた「どっこいしょ!」の効果に一脈通ずるところがあるようにも思えますね・・。

 

それでは本日のご案内です。
「六根清浄と六感治癒の地」・・鳥取県の中ほど 東伯郡三朝町は、国内でも数少ない泉質を持つ温泉地と、この国で最も危険とされる国宝を擁するという、ある意味 神妙の癒やしと驚愕の感動が同居する不思議の地でもあります。

数少ない泉質・・と言っても その名は多くの方がご存知でしょう。
ラジウム泉、別に “ラドン温泉” と呼ばれるものです。

ラジウム泉の名からも知れるように、その泉質には放射性元素のひとつであるラドンやトロンを一定量含み、体内の活性作用・新陳代謝促進に大きな効果があるとされています。 ウランやトリウムといった元素効果を含む岩盤を熱水が通過することで こうした効果が生まれるらしく・・。

冬季、三朝温泉の夜景

放射性物質・・というと、どうしても何か怖いもののように感じてしまう感覚があるかもしれませんが、公開されている温泉に使って放射線病になった人はいません。 どころかラドン温泉に至っては、一般温泉では禁忌すべきとされる腎臓病にさえ効果があるのでは?といわれるほどだそうです。

一応、昨今よく耳にする単位データで述べると、ラドン温泉に含まれる放射線量が “0.4マイクロシーベルト / 年”。日常生活で浴びている放射線量が “2.4マイクロシーベルト / 年” なのだとか。 あくまで温泉と交わることで効果を発揮する放射線効能ということでしょうかね。  参考リンク「湯〜とぴあ」

日常的に微量のラドン放射を受けているはずの温泉当地の人はどうなのか?というと、癌の発生率がむしろ非常に少ないという調査結果もあり、ラドン温泉への期待はこれから益々上がっていくのではないでしょうか。 六感に通じ身体を芯から癒やす神秘の温泉効果を ぜひともご体験ください・・。

 

さて 本日の真打ち、・・というか、日本一危険な国宝・・。

見れば分かります。(今はドローンがあるので便利ですね (^_^;)

標高900メートル、三徳山の北側中腹(というかある意味殆ど山頂)の断崖絶壁にある窪み部分に作られた仏堂です。 その名を『投入堂(なげいれどう)』、古くは「蔵王堂」と呼ばれていたそうで・・。前面からみて大きさ、幅5.4メートル、奥行き3.9メートル。

天台宗 三徳山「三佛寺」境内の山上区域に鎮座する建造物であり、他にもこれより規模は小さいながら「文殊堂」「地蔵堂」「観音堂」など幾多の数奇なお堂が並びます。(本記事のアイキャッチ画像は文殊堂)

建造時期は不明ながら、およそ千年前 平安時代後期辺りではないかといわれています。 仏教−修験道−信仰の頂と象徴的な役割を担う仏堂ですが、現代の技術を持ってしても極めて困難なこの建造を、千年前に成し遂げたというのは 驚きであるのは言うに及ばず、ある種の宗教的超越感さえ感じてしまいますね。

当然ながら、当時の建設においては多くの人の手が掛かったと思われますが、そのあまりの異常さに隠れたが故か、その史実は詳らかでありません。

その代わり、という言い方は失礼かもしれませんが、建造に関わる伝承として伝えられるのが “役小角 / 役行者” による創建伝説。 何と役行者、(地上で作られた?)蔵王堂を小さく変化させた上で手の平の上に乗せ(または持ち上げ)、「えい!やっ!」の掛け声もろとも崖の窪地に投げ込んだというもの・・。 事実はどうあれ、さすが修験道の開祖ともいわれる役行者、スケールが違います。残念なのは掛け声が「どっこいしょ!」ではなかったことくらいですかね・・。

 

こんな場所にあるため仏堂にまで到達することは出来ません。
多くの写真画像などに残されているように、お堂を見上げられる場所にまでは登れますが、それでも軽度の登山レベルをかなり超えています。(滑落事故も少なくなく、過去には死亡事故もあったそうです。)

そのため、参拝登山には受付申込みとともに細心の注意と制限が設けられており、気楽な服装や靴・装備、何より観光気分の登山は受付不可の場合もあるようです。 あくまで この地は修行の山であり、安易な気持ちでの参加は身の危険に直結しかねない、ということでしょう。 日本一危険な国宝たる所以でもあります・・。

 

言い換えれば それだけ精神を研ぎ澄まし、心身の健全を呼び起こす修験場であり、多くの保全と安心に慣れた現代人からは、遠く異質の霊場ということでもありましょう。

とはいえ、”六根清浄” の念は現代にあっても大きく有効な思考技術でもあり、”六感治癒” の癒やしは身体の根本の正常化を促す湯治でもあります。 行楽の秋を迎えて心と身体のリラクゼーションを考えてみるのも良いかもしれませんね。

画像 ©(公社)鳥取県観光連盟

天台宗 三徳山『三佛寺』 公式サイト

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