雨水(うすい)を数え 季節もそろそろ春の気配を望むようになってきました。
〜 土脉潤起(つちのしょう うるおいおこる)〜 これまで降り続いてきた雪が雨へと変わり、積もっていた雪も溶けはじめ田畑を潤す水へと移り変わってゆく季節です。
寒さはまだ ひと月余り残りますが、一歩ずつ一歩ずつ春は着実に近付いている様子。
弥生月を前に 少し気の早い内容ですが、桜の道にも連なる温泉※トピックを本日は九州からお伝えしたいと思います。 気の早いと言っても来月の今頃は春の彼岸も明けて いよいよ開花シーズンの幕開け、温泉探訪にも絶好の季節ですしね・・。(※ 厳密には公衆浴場扱い、文末参照)
・・と、その前に、今回のご案内のベースとなる場所のお話から・・。
“天岩戸(あまのいわと)神話” といえば 多くの人が知るところの伝承です。
神道の説話において著明なものであり、神話に興味のない若い世代の方でも一度位は聞いたことがあるのではないでしょうか。
〜 天孫(神の子)でありながら粗暴な行いで周囲から訝しがられていたスサノオ、高天原(天上界)に上がると、姉であり最高神でもあるアマテラスとの誓約を経て居留を認められるも、その狼藉は収まることなく多くの煩いをもたらせる。〜
〜 当初は弟神を擁護していたアマテラスも、神死に至るスサノオの狼藉を見るにつけ ついに怒りを顕にし岩屋へと引き籠もってしまい、世は暗闇に閉ざされてしまう。〜
〜 窮した神々は一計を案じ、岩屋の前にて大きな宴を催すことを切っ掛けとしてアマテラスを誘い出すこと叶い、世は再び光で満たされた。〜
つまり “天岩戸” とは、この神話の代名詞であるとともに “岩屋” であり “洞窟” そのもののことでもあります。 故に “天岩戸” の実在場所が何処であったか? という疑問は、神話ファン・古代歴史ファンにとって大きなロマンであり、その実証如何はともかく古くから議論されてきたテーマのひとつでもあるのです。
類型として “オノコロ島” や “黄泉平坂” “邪馬台国”、浦島伝承の “鬼ヶ島” などが挙げられますね。
結果的に諸地域に残る伝承、また多くの研究者・研究家をして全国数多の地に “伝承の地、自称・比定地” が残るわけであり、”天岩戸” だけでも主に西日本を中心に10ヶ所以上の比定地が存在します。
まぁこういうのは、確証出来ないからこそのロマンであり、そもそも天上界での出来事、地上の比定地はみな その神話へ通づる場所と思えば丸く収まるのではないでしょうかねw。 絶対的な比定地など さほど必要ではないのです・・。
とはいえ、各地各様の伝承や謳いがあるのもまた事実、その中でも日向の地、”天孫降臨” の地ともされる “高千穂” で知られるのが宮崎県。 日本神話に連なる土地柄として有名であり、”天岩戸” 在世の場所としては格別の重みがあると言っても過言ではないでしょう。
日向の国の “天岩戸” は県北部、西臼杵郡 高千穂町の「天岩戸神社」神域にあります。
「天岩戸神社」と一口に言っても当地の天岩戸神社は、五ヶ瀬川の支流 “岩戸川” を斜めに挟むように西本宮と東本宮の二社に分かれて建立されており、元々は西が “天磐戸神社”、東が “天磐戸大神宮” という別個の社であったものが、統合されて運営されているのだとか。
西本宮の対岸、奇岩が其処ここに見える天安河原(あまのやすかわら)の一角、仰慕窟(ぎょうぼがいわや)と呼ばれる洞窟が “岩戸隠れ” の際に神々が談義を交わした場所だそうで、渓谷沿いの遊歩道を辿ることで訪ねることができます。
しかし、”天岩戸 / 岩屋” は天岩戸神社の御神体でもあるため、訪れることはおろか直視することも叶いません。 西本宮社務所に申し込むことによって神職の案内で遙拝所へ進むことができ、そこから岩戸の一部を拝することが可能となっています。
撮影も不可、岩戸の全容も拝めないは些か残念でもありますが、これも御神体であるが故、静かな気持ちで遙拝に服しながら、岩戸川渓谷・天安河原の自然を肌で感じてみるのが良いのではないでしょうか・・。
さて、この「天岩戸神社」の南東側の高台にあるのが本日ご案内の『天岩戸の湯』
ここまで引っ張っておきながら何ですが、いわゆるマニア好みの温泉・・ではないと思います。 どちらかというと国民宿舎のような誰もが気軽に訪れて、ゆったり温まれる休養施設といった感じでしょうか。 高級な旅館や老舗の温泉も良いですが、こういった気楽に浸かれてまったりできる温泉も捨て難い存在だと思うのです・・。
泉質は 単純冷鉱泉、低張性弱アルカリ性、天岩戸神話に因んだ “手力雄の湯” “鈿女の湯” の大浴場、サウナなどが完備されています。令和3年にリニューアル工事を施しているため施設もまだ新しい状態でしょう。
館内の休憩室でもゆったり出来ますが、併設される温泉茶屋「清風名月」で腹拵えも可能です。
そして、この温泉の見どころのひとつが立地からの眺め。 大絶景というわけではありませんが、高台から見晴らす鄙びた山村と その向こうに居並ぶ日向の山並みの景観は、のどかな中にも九州の雄々しい姿を見せてくれます。 少し懐かしささえ覚えるのは私だけでしょうか・・。
さらに『天岩戸の湯』へ至る桜の並木道も清楚なものでありながら、晴れた日などには見通す空の青と山々の緑に映えて、清々しい春の風を感じさせてくれるものです。
紹介リンク先「PhotoMiyazaki」様の掲載画像にもそれが伺えますね。
神話の時代に、国を揺るがす一大事が起こった由縁の里 “高千穂峡” と “天岩戸” に連なる神の領地。 闇に覆われた国土に光取り戻すため行われた神々の思案と奇策。そして開かれた岩戸から再び世に満ちてゆく太陽の輝き。
千年二千年前に、この神話の元となったかもしれない何らかの事変に想像など働かせながら、渓谷の遺跡巡り、里見晴らす湯で桜を愛でてみては如何でしょう。 ひとときの浮き世離れ気分、悠久の風の中で新しい光の春を迎えられるかもしれません・・。
※ 元は「天岩戸温泉」でありましたが 近年の源泉温度7℃低下により、温泉法基準を満たさなくなったため “冷泉・公衆浴場” の扱いとなりました。
〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸1073番地1
〒882-1621 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸58