封殺の歴史は終わる。”映画”を作った女性たち

『カモン カモン / C’MON C’MON』 という映画が気になっています。
既にこの4月から公開されていますが、ややマイナーな上に 知ったのが遅く、今から地元映画館では見れない状態・・。いずれビデオかストリーミングで鑑賞してみようかな・・。

「C’MON C’MON」配給/ハピネットファントム・スタジオ

日本国内における 映画(洋画+邦画)の公開本数は、年間1200本を数えるそうです。世界中の映画の公開本数ともなれば万の位に届くかもしれませんね・・。因みに国別での年間制作本数はインドがトップ、続いて中国、アメリカ、近年ではアフリカ諸国でも増えてきているそうです。

CG技術との融合をも果たし、今や映像娯楽の極地といえるまで発展を遂げた「映画」、19世紀後半、リュミエール兄弟による世界初のシネマトグラフ上映から127年、進化の一途を続けてきた その歴史の始まりに、ひとりの・・否、多くの女性達が、想像を超える重要な関わりを持っていたことをご存知でしょうか・・?

言ってしまうなら、今日の映画の基礎を創り上げたのは “女性” といっても過言ではないほどなのです・・。

 

「映画で物語を作ったらどうかしら?」

映画=映像技術と物語(ストーリー)、今日では切っても切れない、当然のように融合して作られ上映されている このプロセスを、映画の夜明けの時代に思いついた一人がフランスの写真会社で秘書事務を務めていた女性でした。

彼女の名は “アリス・ギイ(Alice Guy-Blaché)”

後に脚本、監督、総合プロデュースを一身に担い、リュミエール兄弟やジョルジュ・メリエス*と並び、今日の映画の基礎を築いた先駆者の一人とされる人物です。 しかしながら彼女の名に光が当てられたのは極最近のこと、100年を超える映画の歴史の中で “アリス・ギイ” や、多くの女性映画人(製作者)は長らく封殺されてきたのが実情でもあったのです。(* 映画草創期に様々な特殊撮影効果を開発したことで有名「月世界旅行」などで知られる)

勤めていた会社が 映画製作に関わる新会社を興し、その社長の信頼を得ていたアリスは事務という専門外の立場でありながら、早くから映画の可能性を見抜いていました。当時の映画はまだ日常の風景を写し撮る “動く写真” という立ち位置であったのです。

“秘書業務に支障の出ない範囲で・・” という条件のもと、社長の許可を得たアリスは会社の脇の小さな庭を使い、最初の作品である『キャベツ畑の妖精』を撮影しました。実験的作品でありながら一定の評価を得た この作品は、映画史の嚆矢における最初の “ストーリー映画” のひとつと見なされています。

アリスの先見の明と制作能力に驚いた会社は、彼女を本格的に映画製作の責任者に任命。 自らの夢と力を発揮できる場所を得たアリスは、その後10年ほどの間に数百本もの映画を撮り上げたといいますから、そのバイタリティには脱帽ものですね。

また、単に数を撮っただけでなく撮影そのものにも技巧を凝らし、フィルムの逆回転撮影から、二重写し、オーバーラップ、スローモーションなど、今日の特殊撮影の基礎となる技法を次々と開発・実践していったことでも知られ、ついには当時においてカラー映画(手彩色)の制作にも成功しています。

 

アリスは早い時期から旺盛な社交性をもって 多くの知識人や、社会的地位のある人々との知己を得ていますが、同時にこれらの映画製作において助手や協力者として関わった人々も、その後の映画界で躍進を遂げる人材となりました。 彼女が この業界に残したものは撮影技術やプランニングだけではなかったのです。

1907年、結婚と新たな事業の担当を契機にアリスはアメリカへと渡ります。紆余曲折を経た後、自らが指揮する映画会社「ソラックス社」を設立、軌道に載せるとニュージャージー州フォートリーに大規模なスタジオを構え、ここから多くの映画をアメリカ全土に送り出していきます。 フォートリーはハリウッドが台頭するまで、アメリカ映画の中心地となったのでした。

時代の移り変わりとともに、いつしかフォートリーも過去のものとなり、アリス自身、旺盛な制作意欲を持ちながらも、第一次世界大戦や世界恐慌に翻弄され、映画の第一線から遠ざかるようになりました。

アメリカやヨーロッパを転々としながら苦労の人生を歩み、1968年3月24日、ニュージャージー州で94年の生涯を終えています。

晩年、アリスが自ら筆を執った自伝は没後8年後にようやく一部で発刊、このことからも知れるように、アリスが若い時代から頭角を現すにつれて、業界における風当たりは強くなり、故意にその業績を隠蔽されたり書き換えられていたことも少なくなかった様子・・。 彼女が残した偉業は永く無視され封ぜられてきたことが分かりますね・・。

アリス・ギイ や彼女に続く多くの女性たちをして、映画の世界に残してきた足跡が、今ようやく顧みられようとしています。

「1895年3月 リュミエール兄弟が初めて映画を上映した場所に彼女はいた-」

アリス・ギイ の生涯を描いたドキュメンタリー『映画はアリスから始まった』が、この7月22日(金)から、東京都吉祥寺 “アップリンク吉祥寺” で公開されるのを皮切りに、全国各地の映画館で上演予定です。 * 詳細はリンク下部より

「映画の黎明期より女性たちは映画のシナリオを書き、監督し、製作を手がけてきた。ドキュメンタリーからフィクションまで、短編から長編まで、女性たちは映画の様々な形式や語りを生み出してきたと言えるだろう。長い間、正当に評価されず、忘却されてきた彼女たちの映画の貢献にあらためて光を当て、その豊かな歴史を共に歩む。」

また、アリスをはじめとして映画史を根底から支えてきた、多くの女性映画人に光を当てた『フランス映画の女性パイオニアたち』が、8月後半から9月にかけて、神奈川県横浜市の “横浜シネマ ジャック&ベティ” にて特集上映される予定です。 * 確認は “アンスティチュ・フランセ横浜” から

長年、黙殺されてきた映画史の底に煌めく女性たちの創造性とその作品、100年の時を経て今ようやく光が当てられようとする この瞬間に、貴方も立ち会われてみては如何でしょうか?

 

『映画はアリスから始まった』 参考サイト

『フランス映画の女性パイオニアたち』 参考サイト

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