山中佇む静寂の社には魔法が宿っている? – 岡山県

イナバナ.コム では民話・伝承をはじめ、往古の歴史に通ずる記事も多いため 現代の都道府県名に加えて、古の令制国(律令制によって定められた国家地域)の名も頻繁に登場します。

飛鳥時代の終盤、”それまで土地ごとの豪族や国造によって治められていた地域” を、王権による統合的支配のもとに編成し直し、中央集権化とともに広範な国家体制を確立するために定められた区割りが令制国(または律令国)です。

それまで “倭” とされてきた名称から「日本」としての国家が立ち行く第一歩の時でもあり、その後の時代の流れによって、”令制国” の意義は様々に変化するものの、制定から千年以上に渡って行政区分の基礎として認識されてきました。

都道府県 確立後は 地域としての意味合いも薄れ、過去の国 “地域” 名として歴史物語に用いられる程度となりましたが、千の昔、その地域がひとつの区分として括られるには、単に土豪による支配区域であったこと以上に、その風土や地理的要因、私たちが知ることなき歴史の下に成り立っていたのであり、それは現代人の知覚を越えて今につながっているのです・・。

 

今回の記事の舞台は岡山県、上記 “それまで土地ごとの・・” の時代には「吉備国」と呼ばれた統制地域であり、大和や出雲と並ぶ一大国家ともいえるものでした。 抜きん出た製鉄技術を擁し文化水準も高く、当時 作られた古墳も国内最大規模であったそうです。

4世紀から6世紀にかけて大和王権による覇権を受け、やがて その影響下に置かれることなり、その後 律令制のもとに「備前」「備中」「備後」、後に備前を分割して「美作」の4国となりました。(現在の岡山県は 備前・備中・美作 の3地域が相当します。)

一説に “黍(キビ)の国” が語源ともされる当地、豊穣な平野が続き 瀬戸内に面するため交通の要衝など、往古いかに この地が栄えた強大な国力を持つ地域であったが故、それを統制するための、3分割4分割という細かな国割りであったのかもしれません・・。

総社市、古代の国司(くにのつかさ)が、統合した祭礼を行うため設けられた その国の一之宮を、その名の由来に持つ岡山県中南部の町であり、かつては備中国の国衙(政庁)が置かれた中央都市でもありました。

その総社市の北端、高梁市との市境も間近の山中に、寄る人もまばらならば、その姿さえ心寂しげな、・・それでいて不思議な名を持つ 孤立の社があります。

名を『魔法神社』 日本固有の祭祀施設である “神社” にもかかわらず、西洋的なイメージの強い “魔法” の名が冠せられていますね・・。

只、魔法という言葉自体はそれなりに古い時代から、魔障・魔軍などの言葉とともに存在していたようで文献にも残されています。 神道・仏教・陰陽道などが混淆しながら時を刻んできた日本文化の中で、人為的な呪術・霊障を指す言葉であり、言ってみれば後の物語で語られる “安倍晴明” が駆使する呪法などは、まさにそれにあたるのでしょうか。

ともあれ、あまり頻繁に使われてきた言葉ではなく、明治期以降、流入した海外文化に宛てる形で定着した言葉だけに、西洋的なイメージが強いのも無理からぬところです。そもそも、この総社市以外の地に “魔法神社” が見当たりませんしね・・。

賀陽線という総社市の地方道を辿り、さらに別れた細道を縫って数キロ、人気も少ない山中、槁地区(けやきちく)にその社は佇みます。 槁の字には “乾く” “枯らす” という意味もあり、荒涼としたイメージに追い打ちをかけてしまいますが、現地は何処にでもある山間の風景といった感じでしょうか。

ともすれば見落としてしまいかねない道の傍らに「魔法神社」を示す石柱が建ち注連縄が渡されています。参道を挟んで鳥居は見られません。 縄を潜り、長い勾配参道を上がると間もなく こぢんまりとした境内が開け、そこに小作りな本殿と 本殿の前扉を護る拝殿が姿を現します。

極めて小規模の宮ながら、平入り流造(ながれづくり)の瀟洒な姿形を保ち、また屋根回りには その大きさにそぐわぬ程の意匠も凝らされています。

 

そんな「魔法神社」の主祭神は人ではなく動物系の神様、「キュウモウ狸」なのだそうです。 狸といえば、以前当サイトでも取り上げました金鳥神社など四国徳島や香川、また関西に幾らか見受けられますが、岡山県でも祀られていたのですね。

只、このキュウモウ狸、四国をはじめとした他の “お狸様” と決定的に異なるところが一点・・、何と「魔法神社」の “お狸様” は海外出身なのだそうです。

一説に室町時代後期、日本に渡来する南蛮船に乗ったキリスト教宣教師に混じって訪日したそうで(やっぱりヨーロッパ流に化けてたのでしょうかねw)、入国後、住処を求めて各地をさまよった挙げ句、備中加茂の廃坑に棲みついたのだそうです。

人の姿に化けるのが上手く月夜の晩には、鋤を叩き鳴らしながら「サンヤン♪ サンヤン♪」と歌い踊る姿が見られたといいます。 自ら進んで人間の暮らしに関わりを持ち、正体がバレると「スマン スマン」と逃げ帰るなど、基本 可愛げの多い存在でありましたが、時に度を過ぎた悪戯をすることもあったようです。

そのため住民の頼みを受けた高僧によって懲らしめられ、赦しを得る代わりに、今後は牛馬を護り火難を除ける法力に尽くすことを誓い、このことから後に地元の民によって祀られるに至ったという伝承が残っています。

「魔法神社」以外にも、岡山県には “火雷神社” や “久保田神社” といった「キュウモウ狸」を祀る社がいくつか見られ、これら一連地元ではこの “お狸様” を「魔法様」と呼んで敬愛しているのだそうです。

さて もう一方、この地方では古来より仏教天部の一神であり “陽炎(かげろう)” の化身ともされる「摩利支天」(風林火山・山本勘助の信心などでも知られる)が信仰を集めていました。

陽炎の化身であり、身を顕にせぬままに人々を護り火難を退けるという「摩利支天」、言うなれば「魔法」とは「摩利支天の法」が転訛したものであり、後の「キュウモウ狸」伝承と習合していったものだと思われるのです。

南蛮渡来という印象的かつ珍妙な生い立ちで愛される「キュウモウ狸」も、武運長久・火難病苦退散で頼られる「摩利支天」も、人々によって紡がれる歴史の変転と融合には舌を巻き、そして苦笑していたのかもしれません・・。

山中にひっそりと佇む静寂の社、こんな小さな場所にも その風土と歴史に育まれた伝承が残っているのです。 普段 何気なく見過ごしている ご近所の小さな寺社や史跡にも、意外や面白く雄大な物語が息づいているのかもしれませんね・・。

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