さてさて、今回も引き続き越後国、新潟県からの民話をお届けしますが、その前にひとつ・・、先週の紀伊国 和歌山編の冒頭で “古代の北端 未だ謎多き 越後国” と紹介に触れましたが、新潟県の、それも古代の歴史について、目で見て学べる施設をご紹介しておきたいと思います。
その施設の名は 『新潟県埋蔵文化財センター』
新潟市秋葉区の “花と遺跡のふるさと公園” 内に位置する文化施設であり、当地の出土品などを展示、また歴史教育の推進にも関わる公益財団法人でもあります。
実際の遺跡発掘調査に関わり、その分析・研究・保存を進め、自分たちの祖先・先人が残したものを、いつでも誰でもが知ることのできる環境を構築する。 非常に地道な仕事ですが、その甲斐あってこのセンターの展示は物量ともに中々に見応えのあるものです。
企画展なども度々開催され、現在 開催中のものが「地味にすごい!下越の縄文時代」、10月以降は「謎の越後国府に迫る」と、聞いただけでも興味をそそりますね。
地味なイメージの文化施設としては例外的に、YouTube なども活用する柔軟性。
民話・昔話の舞台となる中世の歴史も面白いですが、その下地となり、半ば謎の霞に包まれた古代の歴史も またロマンチックなもの。 訪れられたなら、その幻影のロマンを抒情豊かに紐解いてくれるに違いありません・・。
・・と、いうことで 本日のお話、前回は九作とかかによる騒動話であり、また かがし様による報恩譚でもありました。 今回は今はなき栃尾市の地から、鉄平六と八乙ろ兵衛による・・ちょっと不思議なお話のご紹介です・・。
『三角の夢』
とんと昔があったとな
ある村に 平六 と 八兵衛 という二人の男がおったとな
いい歳して どちらも男やもめであったので 正月というのに家で酒を酌み交わしダラダラとしておったやと
そのうち どちらが言うとなく 初夢の中身を言い合おうということになった
なけなしのツマミを口にしながら 何のかんのと他愛もないことを話しておったが・・
安酒がまわってでもきたのか 八兵衛が うっつらうっつら・・船をこぎだしたとな
平六 それに気づいたが黙っておった
そのうち八兵衛 横になると やがてヘッヘッヘッと目をつむったまま薄ら笑い
平六 ここぞとばかりに八兵衛を揺り起こし
「八兵衛 八兵衛! おまん(お前)今 夢を見たろう !?」 と問うたそうな
ところが八兵衛
「あん !? いやいや オラ うつろうたばっかで まだ寝てなんかねぇ」
とか言いよる・・
「いや そんげなこたね おまん今しがた夢見て笑うてたでねか てんぽこくな!(嘘つくな)」
「オラが笑うたかどうかは知らんが 見てねぇ夢を見た言われても オラ見てねぇもんは見てね!」 ・・・
よしゃいいのに だっちもねぇ(くだらない)ことで大喧嘩になっちまって 近所の家まで巻き込んで大騒ぎ・・ 終いにゃ村役人まで駆けつけるハメになったのだと・・
役人 まかりこして 平六の話を聞くと八兵衛に向かって
「お前が さっさと夢の話をせんから こんげなことになんだ ホレ!とっとと言うてみれ!」
詰め寄ったけれども 八兵衛 見てねぇもんは見てねぇ と譲らね
ついに怒った役人 鶴城山の松の木の上に八兵衛を縛り付けてしもうたのだと・・
誰も通らない夜中の山の松の木の上 やれやれと嘆く八兵衛の耳元に何やら羽ばたく音がする・・
何ぞ? と見上げてみたらば そこには山の天狗さまが舞い降りておるではないか
「お前は誰だ? なして木などに吊られておる?」
頭の上から厳かな声が降りてくる・・・
「オラ 八兵衛だ 見てもねぇ初夢を見た見たと言われて 挙げ句 役人が白状せんと怒って この木に吊るされたんだわ・・」 と返すと・・
「なるほど それは気の毒なことだの・・ ワシが下ろしてやろう」
というて 八兵衛の縄をほどき 木の下に下ろしてくれたのだと
「あぁ天狗さま おかげで命拾いしやした」 八兵衛はほうほうと礼をいい
「ところで天狗さま おまんさまは空を飛んだり 今のように木に舞い降りたり 自由自在に振る舞えるが なして あんげなことが出来んだ? 不思議でしょうがね・・」
すっと天狗さま
「ん? そんげなこた造作もねぇ」
「この三尺ばかりの棒を振りながら スチャラカチャンチャン スチャラカチャン と唱えれば上に上がり オズイノズイズイ オズイノズイ と唱えながら棒をふれば下に降りることが出来んだ」 と教えてくれた
「ところで 八兵衛 お前は夢を見てねぇというが 本当はよい夢を見たのだろう・・? その夢をワシに話さば この三尺棒を貸してやってもよいぞ・・?」 という・・
しばらく黙ってその三尺棒を眺めておった八兵衛だが・・
「そか そりゃ確かに重宝な棒だな そんならオラが見た夢を話してもよいがな・・ けんど オラがその棒振って使えるかどうか分かんねぇし いっぺん見してくんなせ」
「ならば 見てみれ」
天狗さまが 貸してくれた棒を 八兵衛が試しに「スチャラカチャンチャン スチャラカチャン 」と唱えながら大きく振ると あれよあれよというまに空へ舞い上がってしもうた
天狗さまは慌てて
「おい! 八兵衛! 夢を話さんうちに上がるやつがあるか! 戻れ! オラの棒を返せ!」
大声で呼んだものの 既に八兵衛は空の彼方 もう どうすることも出来んかったと・・
三尺棒にしがみつきながらも 空の旅を楽しんでおった八兵衛
そろそろ腹も減ったし いっぺん ここらで腹ごしらえでもするかと
「オズイノズイズイ オズイノズイ」 と棒を振りながら下へ降りたのだと
一面の畑 一本の街道があり その傍に家がある
家の前には見たこともねぇ三角の看板があって そこに三角屋と書いてある
妙な看板やな と思いつつも 三角いうたら蕎麦の実が三角だすけ ここは蕎麦屋かのう?
「ごめん 腹が減ったから 蕎麦食わしてくれ」と言いながら入っていったと・・
「あいよ」 声がして三ツ口の男が出て来たと
「なじょうも(どうぞ)二階へ上がってくんなせ」 と三ツ口の男
二階に上がると三角の部屋
「蕎麦食う前に ひとっ風呂浴びてはどうだい?」
というので 風呂に行ってみると これまた三角の風呂・・
ようよう 汗も流して 部屋に戻ってみると
「どうど召し上がらっしゃい」 三ツ口の男が蕎麦の膳を運んで来たならば それも三角のお膳
ようも何から何まで こげに三角で設えたもんげな と感心しながら蕎麦をたぐっておると 小さな三角のカエルが ピョンコピョンコと膳のまわりで踊っておるではねぇか・・
やがて 三ツ口の男が勘定を取りに上がってきたけんども 八兵衛 懐に一文の銭も持っておるわけもねぇ・・
「こんげな蕎麦は銭をやるどころではねぇ! 小汚ねぇカエルが膳のまわりで踊って小便引っ掛けるようなもんに銭なんかやらん!」
「何ということを言う ただ食いするつもりか! 銭よこせ!」
見る間に 八兵衛と三ツ口の男 取っ組み合いの大喧嘩になって三角の部屋を あっちへバタン こっちへドスン
ついに八兵衛 二階から転げ落ちて 階下の三角の柱に しこたま頭を打ったとな
あんまり痛ぇんで 頭をさすりさすり目を覚ましたら 案の定 夢であったと・・
ーーー 栃尾市 葎谷(むぐらだに)
・・ええっと・・ まぁ “夢オチ” というやつですかね・・w
昔話において “夢オチ” で締められる終わり方は、有名な “うぐいす長者” などをはじめとして古来から無数といえるほどに有りますが、これも そんな一話のようです。
言ってみれば 昔話の大半は “夢のようなお話” であるわけですが、飢饉や災害(あと戦)を除けば、50年100年のスパンでは何ら変わることのない、朴訥な暮らしの中で生み出された娯楽のひとつともいえるでしょうか・・。
現代においても “夢オチ” は時折見られる形態ですが、物語の構成度が重視される中では使い古された手法ともされて、あまり好意的に受け止められ難くなっているようにも思えます。 言い換えればそれだけ鷹揚な 気持ちの余裕が薄れているのかもしれません。
ともあれ、二週にわたってお送りしてきました和歌山県と新潟県の民話は如何でしたでしょうか? 今後、さらに新しく古い民話の蒐集とご案内に努めてまいる所存です。
次週、6月20日23日のイナバナ.コムは恐縮ながら、再掲載記事とさせていただき、今回の新潟県「上杉謙信」つながりで、その後裔 “上杉家” の様相を山形県から(江戸時代、上杉家は出羽国に転封されたため)お送りしたいと思います。
本編もお付き合いいただき 有難うございました。 m(_ _)m