諏訪~甲賀三郎伝承をもとに(壱)- 長野県

信濃国 一の宮 諏訪大社 創建が詳らかでないほど太古よりの歴史を持つ神秘の社

今回はこの諏訪大社の縁起に関わるお話をもとに、拙いながらも諏訪のミステリアスな歴史の一端について触れてみたいと思います。

 

– – – 『 龍になった甲賀三郎 』 – – –

今は昔 信濃の国 立科の里に三人の兄弟が住んでおった

三人はそれぞれに自分の家を持ち妻も娶っておったが
とりわけ 末っ子 三郎の妻はここいらでは見かけぬほど美しく気立ても良い女房であったので二人の兄は日頃からこれを妬んでおったようじゃ

ある日 二人の兄は三郎を誘って山へ薪刈りに出かけた
普段は近寄ることもない立科山の深くに来ると人穴と呼ばれる深さも計り知れん穴がある

長男が言った 「三郎! この穴さ どんくれぇ深ぇべな?」

次男が言った 「三郎! お前ぇいっぺんこの穴さ入って計ってみんべ」

気の良い三郎は兄達のよこしまな心も知らず 穴にただ一つ吊り下がる太い藤のツルを辿って暗い穴の底へ降りていった

「それ今だ! 綱を切っちまえ! 三郎を落とせ!」

二人の兄は鬼のような面持ちで 三郎が降りていったツルを断ち切るとそそくさと山を降りていったんだと

いつまでたっても帰らない夫を案じた妻は三郎の名を呼びながら山を探し回った

そ知らぬ顔で妻を引き止め我が物にしようとした二人の兄だったが 妻はそれを振り切り
気も触れんばかりに 山の奥へ奥へと入っていったそうな

「三郎~ 三郎~ 三郎~」 山には昼となし夜となしに妻の悲痛な声が響いたが いつしかその声は小さくなってゆき ついには聞こえなくなり それきり妻の姿も見えなくなってしもうた

 

一方 深い深い穴の底に落とされた三郎だったが不思議にも命は助かり大きな怪我も負うてはおらなんだ

自分を裏切った二人の兄への憎しみと 恋しい妻への思いに胸が張り裂けそうになりながらも必死で穴をよじ登ろうとしたが到底叶いそうもない

万策尽きてその場にへたりこんでいた三郎だったが その時 暗い穴の向こうに人の気配がするのに気づいた

こんなところに誰が・・と訝しながらもよく見てみると それは一人の老婆であった

「地の上のお人よ さあこれを食べてゆきなされ・・」

老婆に手渡された一枚の粟餅を三郎がほおばると どうしたことか・・あれほど恋しかった妻のことも地上のことも薄れてゆき ついには遠い彼方へと忘れてしもうた

老婆が指し示す方へと三郎は歩き出した

一体 どれほどの時を歩いたのだろう・・ ふと気がつくと そこは明るく広々とした地下の村里であった

山には春霞がかかり 路々には梅の木が咲き誇り何とものどかで平和な村の様子

三郎が村に入って行くと多くの村人が集まってきた

「殿様だ! 立派な殿様が来た!」

村人たちは村の奥の大きな御殿に三郎を連れて行った

御殿にはこの世のものとは思えぬような美しい姫様がおり三郎を優しくもてなした

いつしか三郎はこの姫様と夫婦となり そのうち玉のような子も生まれいくつもの季節が流れていったそうな・・

ある日 縁に腰掛け一人静かに本を読んでいた三郎

本の中には この地の底の世界の他に地の上にも世界があるとのっている

地の上の世界・・三郎は妙なひらめきのようなものをおぼえ やがてそれは遠い記憶を呼び覚ました

昔住んでいた村の生活 そして恋しい妻のこと・・

湧き上がる泉のように次々と思い出される地上での記憶に 三郎の目からは止めどなく涙がこぼれておった

涙にむせぶ三郎を姫が見止めて心配そうに問うたそうな

「三郎様 いったい どうされたというのですか?」

三郎は思い出されたこれまでのことを余さず姫に話した・・そして

「どうか お願いだ たった一日でも良いからわしを地上に戻してくれ
地上に戻る道を教えておくれ」 と手を合わせて頼んだのだと

三郎の話しを黙って聞いていた姫であったが やがてこう言うたそうな

「三郎様のお気持ちはようわかります 地の上までは長い時がかかりますが この餅を携えれば何とかなるでしょう・・」

そう言って九枚の粟餅を三郎に与え さらにこう言うたそうな

「地の上に戻られましても 私達のことを忘れず時折は帰って来てください」

わかった 必ずそうしよう 三郎は姫と固く約束をかわし地の上に戻る旅路についた

どれだけの時が流れたのだろう 幾年もの間 地の底の道を突き進んでいたような

それでも姫からもろうた餅を食えば腹もすかさず疲れも知らず 三郎はただひたすらに地の上の世界を求めて暗い地の底の道を走り続けた

彼方に一点の光が灯り それがだんだんに近づき ついに三郎は地の上へと戻ったのだと

そこは浅間のふもと 大沼と呼ばれる池であった

久しぶりに見る地の上の世界に目を輝かす三郎であったが ふと見ると人々が騒いでおる

「龍じゃ! 大沼に龍が出た!」

慌てふためく里人たちに驚いた三郎は 池の水に姿を映して初めて自分が龍になっていたことを知った

変わり果てた我が身に嘆きながらも それでも恋しい妻の名を呼びながら池を出立ち逆巻く風を立てながら里の空を飛び回った

しかし いくら叫べども妻は見つからず それどころか自分が居た頃と地上の様子もすっかりうち代わり悲しみはますます募るばかり

どうどうと放つ三郎の鳴き声は天空を揺るがす雷へと変わり

その巨体ゆえに山々を削りながら這い回る跡は新たな道となり

黒雲と雷鳴と暴風雨にまみれながら泣き叫び続ける三郎

その時 西の諏訪湖の真ん中から一条の光が立ち上り 辺り一面を照らし出した

そして その中から三郎を呼ぶ声が聞こえるではないか

おお! あれこそは懐かしき我妻の声!

三郎は龍となったその体全てを震わせながら 一気に諏訪の湖に飛び込んでいった

三郎を追って見つからず悲嘆に暮れた妻はその悲しみのあまり 湖に身を投げ龍となっておったのだそうな

妻に会うことの叶った三郎はそのまま湖の主となり妻と仲良う暮らした

そして それでも約束を忘れず 妻のもとで一年 地の下の姫のもとで一年と順繰りに暮らしておるそうじゃ

– – – – – – – – –

さても、とりあえずは めでたしと言ったところになるのでしょうか・・
(女性的には微妙な結末かもしれませんが・・w)

ともあれ、以上は諏訪を中心とする信州地方の伝承ですが、実のところ上のお話は民間伝承において多少 改変されており他の地方の民話の影響なども受けているようです。

昔話・伝承が地を変え時を変えるうちに揺らぎを憶え 様々なバリエーションが生まれることは普通にあることですが、それでは 諏訪の縁起により近く関わる「甲賀三郎伝承」とはどういったものでしょう・・

次回は、民話と縁起伝承との差異、そして 諏訪大社における祭神と歴史について歩を進めてみたいと思います。

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