青田うるおす水神は今年も揚水車を回す – 福岡県

罔象女神(みつはのめのかみ)は 流れる水を司る女神さんです。
井戸の神さまともいわれ、製紙時の水に関わるところから紙漉きの神さまと祀られることもあるそうで、また、姉妹ともされる埴安姫神(はにやすのめのかみ)とともに厠の神さまともされています。

全国的に主祭神として祀る神社は さほど多くはありませんが、人にとって分かつことのできない水に関わる神であったことから、古来、人の暮らしに最も近い神さまとして親しまれてきました。

同じように 水にまつわる神さまは、いわゆる水神(池や湖、河川の神、蛇や龍)や高龗神(たかおかみのかみ)闇龗神(くらおかみのかみ)(山から流れ落ちる水の神)など他にも坐しますが、罔象女神は特定の依代を明らかにせず人そのものに近い、それこそ水や空気のような存在だったのかもしれません。

 

福岡県朝倉市に、その名も「水神社」という社があります。
水神社は全国に鎮まりますが、ひとつの県内に抱える水神社の数では千葉、茨城、静岡と並んで福岡県、特に朝倉市内に数多くその姿を見ることができます。

本日、ご案内するのは朝倉市山田に鎮まる『水神社』
創建は江戸時代、享保年間といわれますので “暴れん坊将軍 吉宗” の時代ですね。

先に、水は人の暮らしに欠かせないものと述べましたが、同時に自然の水(河川)と人とは葛藤の歴史でもありました。 氾濫し枝分かれした川を神格化した “九頭竜” の名があるように、時に暴走する自然の力を何とか制しよう、また、利用しようと古来から人々は辛苦と工夫を重ねてきたのです。

山田「水神社」も そういった人と川の関わりを縁に持つ社、
それまで貧相であった土地の生産性を上げるため、朝倉の里は地に水を引いて水田を広げる必要があったのです。 この背景には “米将軍” と呼ばれた吉宗による新田開発の影響がありました。 「水神社」はこの難工事の成就を祈り地元の農民が協力して興されたものと伝わります。

罔象女神が祀られた本殿を含む、神社の規模は決して大きいものではありません。
それというのも、この神社は “筑後川” から用水を引き入れる取水口の 真上に建つという珍しい形態をしており、前を走る県道側から見ると一見 変哲のない社叢ですが、筑後川側から見ると その異様さに驚かされます。 水の神であると同時に “水門” を司る神さまでもあるのですね。

画像 © Wikipedia / Kiriboshi-Daikon

元々、今の場所よりやや下流にあった取水口ですが、土砂の堆積に悩まされたことから、享保7年(1722年)に現在の場所に新たに作り直されたようで、岩盤をコツコツとくり抜き通した “切貫水門(きりぬきすいもん)” となっています。

通水した “堀川用水” は朝倉の里を潤し、この地を広範な穀倉地帯へと変えました。
多くの人々の願いと努力が実った結果といえるでしょう。

 

用水路を流れて里へたどり着いた水は、田畑への水路へと引き上げられなければなりません。そのために造られ活躍した水車(揚水車)が、当時の姿そのままに現在も可動を続けています。

もちろん、木製であり消耗設備でもある揚水車、江戸時代のものがそのまま機能しているわけではなく、時に応じて新規に作り替えられています。(現在は5年ごとの改修) しかし、当時の姿と技術を現代に伝える貴重な資産であり、”日本最古の実働する水車” として堀川用水とともに国の史跡にも指定されているのです。

現存する朝倉・堀川用水の揚水車は3ヶ所 7基、菱野の「三連水車」、三島の「二連水車」、久重の「二連水車」が可動し、現役で田畑を潤す機能を有しています。

この朝倉揚水車群は農期に合わせて回るため、毎年6月から10月までの間 操業しています。 今年も6月17日に山田の「水神社」で「山田堰通水式」の神事が執り行われる予定、神社直下の水門が開けられると、筑後川から流れ込んだ水が約2kmの水路を辿って やがて揚水車へと到達し、水田への命を吹き込むことになるのです。

菱野の三連水車

冬期休止中の三連水車

日本各地に残る灌漑用水車、また、動力用水車(芯棒から得られる動力で杵や臼を動かすもの)、その多くは現役で可動しているものの、現代においては第一線の動力機構とはいえず、どちらかというと歴史的意義や観光資源としての側面が強いのでしょう。

しかし、持続可能な社会の構築が提唱され、同時にエネルギー供給や環境保全に危機が叫ばれる中、古来からあった(原始的ともいえる)システムに再び光が当てられることも少なくありません。 電子化・機械化によるシステム構築は、膨大な人口やその社会を合理的に処理するのに向いていますが、ただ一つのエラーや停電から大規模な障害をもたらすリスクをも抱えているのです。

もちろん、200年前の仕組みがそのまま現代に通用するわけでもありませんが、古来 築き上げられ永年に渡って動き続けてきたものは、本質的に自然の理に適った無理ないものであることが多く、環境に対する負担が少ないことも特徴ですね。

現代的な解析や高度技術と組み合わせることで、それこそハイブリッドといえる新時代の機構が開発される可能性も低くはありません。

古の時代、今にような重機も技術も無かった時、それでも生きるために懸命に知恵を絞り困難に立ち向かっていた人々、彼らの願いと祈りに女神が水車を回してくれたように、現代も諦めず弛まぬ歩みを続けていれば、きっと女神も微笑んでくれるのではないでしょうか・・。

閑静な農地に佇み 黙々と回り続ける水車の姿は、私たちにそういったことを語りかけているようにも思えるのです。

山田堰 朝倉揚水車群 朝倉市 関連ページ
(山田堰通水式 関連情報有り)

場所 : 福岡県 朝倉市 山田 161

 

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