昔話の舞台となるような時代というと 大半は江戸時代より以前ということになります。
言い換えれば “神様” や “仏様” 、”河童” も “お化け” も、まだこの世に居る余裕のあった時代のお話です。
目に見えない、数値や能書きで測れない存在は、あまり日の当たる明るい場所には集まりません。得てして人が近寄り難い暗闇の向こうに、深く静かに息づいていたのでしょう。
「ニホンオオカミ」は 明治末期を最後に その姿を消し絶滅したとされていますが、それは “文明” という名の明るい、そして人の手による光が社会に広がっていった時代でもあり、神仏や物の怪も、闇の彼方へと押しやられていった時代だったのかもしれません。
今回のお話の吾平がいた時代は、当然 現代のように光の溢れた時代ではありません。日が沈み夜が来れば、たとえ都通りと言えど月明かり無しでは 歩くのにも覚束ないのが普通です。ましてや 草木が生い茂り整備もままならない夜の山道は、実際に命の危険さえはらむ場所でもあったのです。
さて、幸助の心配を他所に 借りた提灯を差しながら山道を急ぐ吾平、この先どうなるのでしょう・・。
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幸助の家を出て小半時 ひとり山道をえっちらこっちら歩む吾平 お天道さんも山の向こうにお隠れになって辺りはすっかり静まり返ってしもうた
ううむ やっぱり幸助の言うとおり一夜の宿を借りるべきやったか・・
寂しさに押されて つい臆病風に吹かれそうになったが 山犬なんぞ出ても気晴らしになるとばかりに大見得を切った手前 今さら戻るわけにもいかん
とにもかくにも えっちらこっちら えっちらこっちら・・
やがて ようよう峠に差し掛かった その時じゃ・・
峠の一番高いところ 細い山道の向こうが見えん場所に
何やら煌々ときらめく光の玉が四つ 吾平の行く手を遮るように宙に浮いておるではないか
さすがの吾平もこれには肝を冷やした
それでも うかつに引き戻れば よけいにまずいような気もする
グッと腹に力を入れて 光の玉をようよう見定めてみると・・
幸助の言うたとおり 山犬じゃった それも子牛ほどもあろうかと思うほど大きな山犬が 道をふさぐように二匹も立っておる
こりゃいかん! 思うた吾平じゃったが 今さら逃げたところで すぐに捕まってしまうじゃろう・・ どうすりゃええとか・・
ここで吾平 童っぱの頃 爺さまに聞かされた話を思い出したと
“そんな時にゃなぁ たとえ相手が山犬じゃろうが まるで連れン如く振る舞うが一番じゃ 久方ぶりに会うた連れのように思うて声掛けりゃ相手は何もせんき・・・”
他にしようもねぇ・・ よし! 腹ァ括ろう
内心 震える心をグッと押し殺して 吾平
「おぉ! おんしらぁ(お前ら)わしが去ぬるンを わざわざ伽(とぎ・お相手)に来てくれたんか! すまんのぉ ならば一緒に去んでくれるかぁ?!」
ありったけの勇気を振り絞って大きな声で言ったと・・さて どうなるか・・
すると どうだろう 驚いたことに二匹の山犬はスッと道を開けたではないか
そして 後になり先になりながら吾平の行く先を付いてくる・・
“爺さまの言うたことはホンマやったんやなぁ・・”
感心しながら山道を下る吾平じゃったが やはり怖いもんは怖い
自分の胸丈ほどもあろうか 道すがらの薮をガサガサと鳴らしながら付いてくるデカい山犬を両脇に まっこと生きた心地がせんじゃった
いつ何時 両方からガブリといかれるかと思うと 下る足先にも力が入らん
そして ついに道行きが濡れたところで足を滑らせ尻もちをついてしもうた
“しもうた!” こんな時 獣はいきなり飛びかかってくる!
そこで すかさず吾平・・
「やぁ 山道ばかりで疲れたわ ここらで一服しようかのぉ おんしらも休めぇや」
と 座ったまんま声を上げたそうな
すると 吾平を見つめておった二匹の山犬も・・スッと腹這いになって休んだんやと・・
“やれやれ・・ 何とかしのげたわい・・”
ほっと胸を撫で下ろした吾平 煙草を一息つくと
「どりゃ 後いっぱし去のかのう」と立ち上がり また山犬たちと道を下って行ったのだと
どんだけ時がたったもんか ついに吾平と山犬たちは村も間近の道祖さんのところまで来てもうたと
ようやく ひと心地ついた吾平
「いや ホンマに今晩は おんしらのお陰で寂しゅうなく帰って来れたわ ホンマ おおきにおおきに・・」
「わしン家は こン先の道からちいと入ったところじゃけ 今晩の礼と言うては何じゃが おんしらに赤飯炊いて明日の晩 門口に置いておくさけ 良けりゃ喰いに来てくれや」 と告げたのだと
家に帰り着いた吾平 嬶(かか)に今日の話をすると あくる日には ありったけの赤飯を炊くと大きな桶に山盛りに入れて門口に出しておいた
そん次の日 まだ日も明けんうちに起き出した吾平がそろそろと門口を確かめてみると
あんだけあった赤飯がきれいに のうなっておったそうな・・
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ちょっとショートな冒険譚仕立ての昔話でした・・w。
獣・動物を相手にするときは上下関係が大事、あくまで相手に舐められないように振る舞うのが良いそうですが、魔物に近い山犬相手に夜の山道ではちょっと・・ 中々お話のようにはいきません・・。
時折、山中での熊による被害が伝わりますが、あれも 迂闊に騒いで逃げるのではなく、じっと相手の目を睨みすえながら、正対のまま後ずさりしていくのが良いと聞いたことがあります。 しかし、実際にそのような場面に遭遇したとき、そんなことが出来る人は・・まぁ稀ですね。
土佐において犬の存在は、山における猟で振るわれました。
多くは単独、つまりは一人の猟師と一匹もしくは二匹の猟犬の組で行われる山の猟、孤独で危険と隣り合わせの仕事であったのだろうと思います。
それだけに人と犬のつながりは特別であり、そしてそれは人と仲間である猟犬との間に留まらず、神や魔物を含めた自然そのものとのつながりも含めて、渾然一体となっていた時代の姿でもあったのでしょう。
最後になりますが、土佐の猟師と犬を扱った民話をもう一編、原文のままになりますが、別枠にて掲載しています。 「白ぺん黒ぺん」
少々 悲しいお話になりますが、宜しければご観覧くださいませ。