とんとむかし
中村市の西のはしの山村、大物川にあったお話じゃ。
作十というて家代々の猟師がおったそうな。
めっそう真面目で仕事にも精だしておったが、どういうもんか、暮しはあんまり楽じゃなかったそうな。
それでもまあ、女房も子供もなかったもんじゃけ、その日その日を気楽に送っておったと。
ひとりぽっちの作十の、なぐさめというたら、二匹の犬じゃった。
白ぺん、黒ぺんと名づけられた 犬を、作十はまるでわが子のように可愛がりよったそうな。
ある日のことよ。いつものように、二匹の犬をつれて、大物川の山へ行ったと。
ところが、どうしたことか、その日に限ってさっぱり猟がない 一匹の獲物もとれんそうな。
そこで、あっちの峯、こっちの谷と獲物を求めてさがし歩き、ヘトヘトにだれた。
ほんで道のまん中に 大きな木が倒れておったけん、その上に腰をおろして一服しはじめたと。
そしたら二匹の犬が、急に吠えはじめたき、なんぞおるろうかとあたりを見まわしてみたが、なにもおらん。
ほんで犬を叱りつけて、煙草をすいよった。
けんど、あんまり吠えるのを止めんもんじゃけん、煙草のすいがらをぷいと木の上に吹きおとして、立ち上ろうとすると、その大木がズルズルと動きはじめたと。
たまげて飛びおりてみると、なんとそれは大蛇じゃったそうな。
大蛇は鎌首をもちあげて、今にもとびかかろうとしよる。
作十は急いで鉄砲をかまえると、大蛇の目をねろうて一発うちこんだ。
弾は見事に命中して、大蛇はのたうちながら、大きな音をたてて、谷底へころがり落ちていったそうな。
それを見て、怖うなった作十は、あわてて山をおりて家へもんてきたと。
すると隣りの婆んばさんが「どうしたもんじゃろかのう。たかで前の川の水が、真っ赤になっちょる」と言うと。
それで作十が今日、山であった事を話すと、ふるえあがって家の中へすっこんだ。
作十も、家の戸をしっかりとしめて寝えた。
夜なかに、白ぺん、黒ぺんのけたたましく吠える声がしたが、作十は怖うて、外へ出ることもせんと、ふとんの中でじーっとしておった。
やがて、二匹の犬のなき声は、山の方へ消えていったと。その悲しそうななき声を聞いたとき、作十の胸のなかは凍りそうじゃった。
とうとう、まんじりともせんと夜をあかした作十は、夜あけを待ちかねて家を出たと。
犬をさがして、山の中へ入ってゆくと、大けな声で「白ぺん……黒ぺん……白ぺん……黒ぺん…」と、二匹の名を呼びながらさがしまわった。
こうして作十は、飲まずくわず、何日も何日も山の中をさがしまわり、とうとうしまいには、精根もつきはて、山でたおれて死んでしまったそうな。
それから何日かたって、村の人たちが、 「作十の顔を近ごろ見かけんが、どうしたことじゃう」 「病気でも、しよりゃすまいか」と噂をしはじめ、家のなかをのぞくとおらん。
ほんなら山へ行って倒れちょりゃせんかという事になり、村中総出で山さがしをやった。
「おーい、作十やーいー!」 「作十よーッ!帰れ、もどれ」
チンチン、ドンドン チンチン、ドンドン
何日も、カネやタイコで、山の峯から谷へとさがし歩いたが、どうしたことか作十の姿は、影も形もなかった。 とうとう、みんなは諦めて村へ帰ってきたそうな。
それから、ひと月 ばぁしての事じゃ。村のひとりのソマ(キコリ)が、山へ仕事に行ったと。
一仕事すんで、木の株に腰をおろして休みよったところが、山の向うから
「白ぺん、黒ぺん……白ぺん、黒ぺん…」
と、犬を呼んでいるような声がするそうな。
(ありゃ、ひょっとしたら、作十じゃないじゃろか)
ソマは、こう思うと村へとんで帰り、みんなにこの事を話した。
そこで、さっそく村びとが山へいって聞いてみると、まことソマのいうとおり
「白ぺん、黒ぺん……白ぺん、黒ぺん…」 という声が聞こえてくる。
けんどそれは、ようよう聞いてみると、どうやら鳥のなき声みたいじゃった。
ほんで、作十の姿を 見たもんは一人もおらざった。
そのうちに、誰いうとなく
「ありゃおまん、作十の魂が犬を呼びよるがじゃなかろうか」 と言いだし、それはいつか後の世まで語り伝えられるようになったそうな。
ところで この「白ぺん、黒ぺん」と啼く鳥の姿を見た人は、まだ誰もないという、幻の鳥じゃ。
けんど、昨日も今日も、白ぺん黒ぺんは、大物川の国有林で、啼きつづけよるそうな。
むかしまっこう、さるまっこう