現在と過去が触れ合う機関庫の里 – 大分県

古いものを見る、懐かしいものに触れる、そんなひととき、私たちは往々にして心の中に郷愁と安堵の想いを抱きます。

それは、その対象が刻んできた歴史の深さと、我が身が歩んできた道程の重みを無意識に重ね合わせ、共感と安らぎに溢れた充足感に満たされるからではないでしょうか。

 

”懐かし” のキーワードで特によく取り沙汰される時代が “昭和” です。(これも後20~30年もすれば “平成” に移り変わるのかも知れませんね)

激変する国際情勢に巻き込まれながら、痛恨の災いとなった戦争から終戦に至るまでの昭和前期。 焦土から立ち上がり復興を成し遂げるばかりか、未曾有の発展を遂げた昭和中期。 さらなる国際化の中、新興の文化と価値観に翻弄されていった昭和後期。

激動の時代と表現される “昭和”、 世の中の全ての枠組みが天変地異のごとく生まれ変わった “明治時代” もまた まさしく激動でしたが、大海を行く小舟のように国際社会という波に揉まれ もがきながらも、力強く歴史を刻んできた 昭和のエネルギーの中にこそ、現在を生きる私たちの源流があるのかもしれません。

 

どれだけ懐かしさや愛着、また実用性に優れたものであっても、時代の進行に永遠に留まっていられるものは存在しません。 故に尚更 遠い過去に消え去ってゆくものに対して人は寂しさと懐かしさを感じるのでしょうが・・。

上の文で言うなら昭和中期終盤、およそ40年代前半・・と言ったところでしょうか。日本の鉄道運輸の舞台から姿を消していったのが “蒸気機関車” でした。

国家新体制とともに明治近代化の花形として導入された蒸気機関車は、昭和の新たな近代化の中に その役割を終えたのです。 主な要因は国内石炭採掘量の低下や排煙問題の解消、高速運輸網の確立でしたが、一世紀の渡って人や物を乗せ走り続けてきた蒸気機関車は、単に運輸に貢献しただけではなく、そこに人々の無窮の夢と想い出を紡いできたのでしょう。

蒸気機関車が鉄道網から引退するとされた頃から、それを惜しむ声が富に高まり “SL” という呼び名とともに数々の引退イベントが開催されました。 それと同時に蒸気機関車の動態・静態保存の動きも各地で見られるようになったのです。

 

現在、国内において実用かつ定期運用の蒸気機関車路線はありません。しかし、主に観光用の限定運用として10路線ほどが営業運行を行っており、また、動態ながら展示保存されていてイベント時などに僅かな距離を移動するもの、博物館や公園敷地内で静態保存されているものなど、全国各地にはまだまだ蒸気機関車の勇姿を見る機会が残されています。

さて、ここで蒸気機関車と 後のディーゼルや電気の機関車との、見た目や動力以外での決定的な違いが解るでしょうか?

答えは、蒸気機関車は進行方向が一定であるということです。
動力車の前後両方向に運用が可能、もしくは連結車両両端に動力車を配しているディーゼル / 電気機関車と違い、明確な向きが決まっている蒸気機関車はバック方向のままの運用が出来ません。

よって、路線の終端部まで到達した時は、客車など牽引車両から切り離して一旦 向きを変える必要が出てきます。

蒸気機関車路線において この役割を担っていたのが「転車台」です。
身近なものでは、立体駐車場の出入口に 自動車用の回転転車台がありますね。

「転車台」基地にまで到着した蒸気機関車を回転させて、復路や他の路線へと継投する、向きを変えた上 バック進行させて車庫へと入れるなど、蒸気機関路線には重要な設備であり、かつては国内いたる所に転車場施設がありました。


蒸気機関車運行の終焉とともに多くの転車台施設は不要なものとなり、取り払われ埋め立てられ他の用地へと転用されましたが、現在でも一部の特殊車両や整備のため実働で残されている施設(多くは降雪地帯の除雪作業車)も現存しています。

そして、稼働はしていないものの、かつてそこに有った鉄道の歴史とその憧憬を今に映し未来に伝えるために、観光資源の意味合いも込めて残されている「転車台」も存在します。

 

大分県の北西部、玖珠町(くすまち)にある『豊後森機関庫公園』に残されている「転車台」と「扇形機関庫」も、そんな歴史遺産のひとつです。

旧国鉄 久大本線、豊後森駅の付帯施設として昭和9年に発足され、当初10両の機関庫として運用されてきました。人員・物流の拠点となっていた久大本線の要として発展し、昭和20年代の最盛期には、最大25両の機関車が属し人員200余名を数える一大ターミナルとして稼働していたのです。

昭和30年代後半から始まった蒸気機関の終焉に伴い、45年9月に九大本線全線の無煙化が達成されると、その役目を終えて翌46年4月に “豊後森機関区” が廃止、この町から機関車の煙と汽笛が聞こえることはなくなりました。

やがて、転車台への導入線も取り払われ転車台も無用の長物と化し、車庫さえも使われないようになると、いつしか打ち捨てられたような存在となっていったのです。

失われつつあった日々、豊後森に刻まれた蒸気鉄道の歴史と記憶をこのまま風化させてはならない。と地元の有志が立ち上がり保存運動を提唱、有形文化財への登録を目指して活動を始めたのが平成13年(2001年)のことだったといわれます。

一万人を目指して行われた署名活動に対し、玖珠町の人口をも上回る22,437名もの署名が集まり見事、国の登録有形文化財へとなりました。

文化財となった「旧豊後森機関庫」と「旧豊後森機関庫転車台」、『豊後森機関庫公園』では、これらを小ぎれいに整備展示するのではなく、あえて これら施設がその役目を終えた時代の相貌そのままに保存展示しています。

赤茶けて錆びた転車台、天蓋のガラスが落ちて伽藍と化した機関庫、それらは時の中に朽ちてゆく無情さを湛えながらも、かつて鉄道の一大拠点として機能していた日々の栄光と力強さ、そして そこに生きた人々の想いを燦々と照らし出しているのです。

 

決して大規模な施設ではありませんが、公園の名が付くように『豊後森機関庫公園』は鉄道マニアの方だけでなく、家族連れやカップルの訪問にも配慮しています。

「キューロク」の名で親しまれ福岡県から譲り受けた、旧国鉄9600型蒸気機関車の展示に加え、12~2月の冬季を除く期間の第2・第4土曜日、毎週日曜日には「ミニトレイン」の運行、その他にも時に応じて各種イベントなども予定されています。

冬が到来するまでの幾ばくかの時間、また、来る来年の春風吹く頃、九州大分の只一ヶ所、時間を止めてその歴史を感じさせてくれる場所を、訪ねられるのも良いのではないでしょうか。


『豊後森機関庫公園』 玖珠町関連ページ

場  所 : 〒879-4403 大分県玖珠郡玖珠町大字帆足246-13

営業時間 : 8:30~17:00

問い合わせ : TEL.0973-72-1313 FAX.0973-72-1373

「ミニトレイン 乗車体験会」
・ 期間:第2・第4土曜日、毎週日曜日(12月〜2月を除く)
・ 時間:12時〜16時
・ 料金:1週200円(施設維持管理費として)3歳以下のお子様は無料ですが保護者の方の同伴をお願いします。

 

 

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