緑濃き水溢れる民話の里 出羽国から – 後

“東村山” と聞いて 昭和を過ごされた方なら、昨年惜しくも他界された志村けん さんの “東村山音頭” を思い出されるかもしれません。

しかし、志村さんの東村山は東京の西部、彼の故郷でもあり多摩地域にも近い東村山市(現)のこと、今回の記事のホストである山形県においては県中央部、山形市を含む “村山地方” の一地域、東村山郡を指します。

明治時代、郡制発足にともない建てられた郡庁が天童市に現在も補修保存されており、貴重な文化遺産であるとともに風雅なその外観から観光で訪れる人も少なくありません。

また、東北地方の郷土料理イベント「芋煮会」発祥の地ともいわれ、これからの季節に戸外で開かれる “芋煮” の風景が、例年 テレビで放送されることでも知られますね。(コロナウイルス対策本部のため今年は制限下です)

この東村山郡から本日の “蛇民話” の一本目をお送りします。

 

『大沼の主』

畑谷の地に新田を開いたが この地は元々水の伝いが悪く民たちも何かと苦労が絶えなんだ

地頭の藤五郎はこれを何とか出来ぬものかと考えをめぐらしたが 地の利だけは人の力だけでは どうにもならぬ

せめてもの頼みと 大沼のほとりにある社に日参して願を掛けたそうな

 

そうした満願の日 その日の参りを済ませて帰る道すがら

峠の所までやって来ると 道の先行きに何やら青光りするものを見留めた

「おや あれは何であろう」 思いながら近づいてみると 何とそれは道を横切るかのように横たわった大木のようなオロチではないか

さすがに驚いた藤五郎ではあったが そこは豪胆で聞こえた武士
そのまま よいしょとばかりオロチを跨いで通り過ぎたとな

 

一町ほど歩いたところであろうか

「もし・・」 後ろから女の声がする

振り向くと そこに立っていたのは まだ年も若く色白の美しい女であった
もう日も暮れかかろうという刻 このような所で女とは・・

「見たことのない顔じゃ 里の者ではないな 何処から参った?」

引き込まれるほど美しいとはいえ 何やら人離れしたものを感じた藤五郎は 訝しげに問うた

「私はあなたが 今しがたお参りされた大沼の主」
「先ほどのあなたの豪胆さを見込んでお願いに上がりました」 と言う

聞けば これより三日の後 山向こうの沼の主が大沼に攻め込んで来る
自らの力だけでは どうにもならぬので どうか助太刀を頼めぬかと・・

「その時 沼に大きなうねりが二つ出来るでしょう」
「そのうち 左のうねりをあなたの矢で射抜いてほしいのです」

「さすれば あなたの願い必ずや叶えてしんぜましょう・・」

それだけいうと 女の姿はおぼろげに夕闇の中へと消えていったそうな・・

 

まこと不思議なこともあるものじゃ・・

藤五郎は驚いたが 村の行く末にもかかわる頼みというなら無下にも出来ぬ
三日の後 戦と同じ身支度を調えると家伝の弓矢を携えて大沼へと向かった

大きな岩に腰を下ろし 静かにその時を待つ

辺りは徐々に夕闇が迫る中 葉音ひとつ聞こえず妖しいほどに静まりかえっておる
波ひとつ立たぬ沼は残り陽に照らされて 真っ赤に染まっている

「あれは・・?」 沼の両端に ふと水紋が広がったかと思うと にわかに盛り上がり
それが大きな畝となって互いに沼の真ん中へと近づいてゆくではないか

やがて恐ろしげな山鳴りと風が吹き始め 辺りは一面 嵐のような様子となった
沼のうねりは既に大海かと見紛うほどに渦を巻き 二つの柱となって沼にそびえておる

「やはり あの女の言うたことは真実であったか!」

藤五郎は立ち上がり矢を番えると 八尺の弓を満月のごとく引き絞り左のうねりを狙うた

「南無八幡大菩薩!」 心で唱え 一閃 矢を放った

途端に辺りを震わせて響き渡る不気味な叫び声 水の柱はより増して拭き上げ
ついには叩きつけるかのように水面へと崩れ落ちた

霧のように細かなしぶきが漂う中 やがて沼は平穏を取り戻していったのだと

「何たる 恐ろしいこと・・」

さしもの藤五郎も精魂尽き果て おぼつかぬまま家へと帰ると 倒れ込むように寝入ってしまったのだと

 

まさしく泥のように寝入ったのか 朝の光に藤五郎は目を覚ました

戸外では何やら村人たちが騒いでおる

「どうした 何があった?」 家の外へと出てみると

何ということ 田植えの水にもおぼつかなかった この地の田んぼに
何処から流れて来るのか清らかな水が注ぎ込み 朝の陽に照らされてきらきらと輝いておったのだと

 

精霊の諍いに助太刀をするという 時折見られる形のお話ですが、古来より “水” は人の生活・生存に関わる貴重な資源であることは言うまでもありません。

時に大きな争いにまで発展したであろう、古の人々の暮らしがこれら伝承の下地となっているのでしょうか。

山、そして山から流れ落ちる水、神道では “高龗(たかおかみ)” また “闇龗(くらおかみ)” と称され祀られる水を司る蛇神・・、人と水・蛇神 の結びつきを示す もう一編をご案内致します。 場所は山形県の後頭部?、東置賜郡から・・。

 

『大沼の白蛇』

大沢の名のごとく その山の奥深くには 静かに そして大きな沼が息づいておった

里の者が大沼と呼ぶ その沼には数十年の昔から一匹の白蛇が棲み付いておったが
この白蛇 人を喰らうでもなく 悪さをするでもなく

それどころか 山からしたたり溜まる水を加減して いつも里の水涸れを防いでくれるので 村人たちからは “大沼の蛇神さん” として大変有り難がれ 祀られておった

 

ところが ある年の秋 もうすぐ稲刈りも始まろうかという頃

その日の朝から空を暗まし降り出した雨は 次の日になっても またその次の日になっても いっかな止む気配をみせん

それどころか だんだんと雨足は強くなるばかり 終いには桶の底でも抜けたかのような雨が降り続け このままでは稲刈りどころか村ごと流されかねん

 

これはいったいどうしたことじゃ 大沼の蛇神さんは何をお怒りなのか

村の男たちは集まり話し合い この上は “神降ろし(巫女)” に頼んで蛇神さんの意を伺うより他なし ということになった

土砂降りの雨に打たれながら 男たちは村外れの巫女の家を訪ねたとな

がん首並べて平伏する男たちを後ろに 巫女は一心不乱に祈りを捧げ やがて神憑りとなったそうな

 

ところが ここで巫女が発した言葉に 皆びっくり仰天

「おぉ! 何とめでたいことじゃ!」 巫女はこうつぶやいたのだと

「何じゃて! めでたいなどとんでもねぇ 皆 家も田も流されそうなんじゃぞ?」
男たちは気色ばんだ

「こんな来る日も来る日も土砂降りの どこがめでてぇんだ?! 言ってみてくれ!」

野次ともとれる 男たちの訴えに それでも巫女は厳かにこう言うたそうな

「いんや 何としても これはめでたいことじゃ 大沼の蛇神さんが赤湯白龍の蛇神さんに嫁入りの運びとなったのじゃ・・」
「この大雨は嫁入りを祝う天の震えに他ならん」

 

皆 ポカンと口を開けて止まってしもうた

「・・なるほど 蛇神さんの嫁入りとなりゃぁ ほんにめでたい事じゃ」

「嫁入りかぁ! 確かにそりゃめでてぇ!」

「いつも村を潤してくれる蛇神さんの嫁入りなら 皆して祝うしかあんめぇ!」

さっきまでの憤りもどこへやら 男たちは笑い出し 皆して帰っていったのだと

 

その夜 大沼の蛇神は大雨にまぎれて泥の海の中を這い 白龍の沼へと嫁いでいったといわれる

雨も上がり ようやく陽射しの戻った村 人々は元の暮らしに戻るべく働いたそうな

それからというもの 白龍の沼で生えていた “ジュンサイ” が 大沼でも採れるようになったのだと

 

自然と人間の命が一体となって流れていた時代、人々はその暮らしの徒然に起こる理解不能の出来事や、人の手ではどうしようもない苦しみを、神と自然の成すものとして理解し 後の世に残すべく言付けてきました。

山深く清流満る地には、今もその名残が色濃く残っているのです。

 

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