昔話、古の伝承には多くの物の怪(もののけ)が出没するものですが、その中でも群を抜いて登場率が高いのが「鬼」ですね。
一般に鬼とは物の怪のひとつであり、また地獄の眷属ともされますが、その正体に明確な定義が定められているわけではありません。 一説には鬼(おに)とは “隠”(おん)からの転訛であり、正体の分からないもの、闇に蠢く不明の悪霊のようなものというイメージからの命名だったとも言われています。
それだけに その解釈は様々で、もじゃもじゃ頭に角、虎皮の腰巻と典型的な鬼もあれば、牛鬼のようにほぼ化け物的な存在に鬼の名を冠することもあり、また正体を現さない悪霊のような存在を鬼と呼び慣わす場合もあります。
どちらにせよ、その多くは人に害なすもの、凶暴で悪辣なものという性格がまとわりつきますが、それ故に昔話に登場する鬼の多くが、実際には山間地に根城を築き周辺の村々を荒らしまわった山賊・野盗を比喩したものとされるのも納得のいくところですね。
定番の形を伝えられながら、これだけ多様な用いられ方をする鬼、それはもしかすると時代ごと、あるいは それを呼び指す人の立場や状況が鬼を作り上げてきたからなのかもしれません。
鳥取県境港の少し内陸部、日南から溝口にかけて “日本最古の鬼” 伝説が残っています。
第7代 孝霊天皇の御世 と言いますから、これを仮に事実とするならば紀元前300年もの遥か昔ということになりますね。間違うことなき最古参の鬼のお話です。
その頃、孝霊天皇は西国の巡幸に周られていたそうです。
伯耆国(ほうきのくに / 現在の鳥取県)を訪ねられ、山間から海へと滔々と流れる日野川の畔で一行と休息をとられていた時、付近の村人たちが捧げ物をもって天皇に拝謁を求め、同時に陳情をも願い立てました。
話を聞いてみると、近頃、大林の山を根城に 凶悪な鬼どもが徒党を組んで村々を襲う、突然に襲い来ては なけなしの食料を奪い、時に女子供を拐い、連れ去られた者は二度と村に帰ることはない。 大林はもう鬼林(きりん)とも鬼住(きずみ)とも呼ばれ 誰も近づくものもいない。
鬼どもは強靭な体躯を武器に乱暴を奮い、神出鬼没で、その上 身のこなしも早いので、村の男たちが寄り集まっても歯が立たない。 このままでは遠からず この辺りの村々全て人の住めぬ土地となってしまうだろう。 どうか王の御力をもって鬼どもを退治して頂けませんでしょうかと・・
天皇は村人たちの窮状を憐れに思い、従軍をもって鬼どもを平らげることに決め、同行していた末の皇子 彦狭島命(ひこさしまのみこと)に討伐の総大将を任じたのでした。
彦狭島命は末から二番目のまだ若い皇子でしたが、母の胎内で三年を過ごし生まれたときには齒も髪も全て生え揃っていたという逸話を持ち、凛とした顔立ち、武勇に長じる気風から “歯黒皇子” と呼ばれるほどの若者だったといいます。
天皇の指示を受け山の裏手から軍を率いて上る皇子、一方、天皇は表側の中腹に身を潜めて精鋭の伏兵を配置。 時来たれりと皇子の軍が一斉に矢を放ち攻め立てると、意表を突かれた鬼どもは大混乱、這う這うの体で山を逃げ降ると今度は天皇の伏兵に射貫かれる修羅場となったそうです。
こうして悪鬼どもを退治したというお話ですが、実は地元にはもう少しユニークな戦い方の類型話も伝わります。 そちらのお話では・・
村人たちの悲痛な訴えを聞いた天皇は、鬼住山の南にあり鬼どもの根城を見下ろす笹苞山(さすとやま)に軍を上げ 布陣する。
村人たちがこしらえた笹巻きの団子を三つ 根城の近くに仕掛けると、鬼どもの頭領 “大牛蟹” の弟 “乙牛蟹” が、それに釣られて出てきたところを “大矢口命” が一閃 矢を撃ちてこれを倒す。
これに怒った兄鬼 “大牛蟹” が登場、軍と乱戦となるが その暴威凄まじく、軍の奮戦も中々に通じない。
膠着状態が続く中、ある夜 天皇の夢枕に神が立ち、笹の葉を刈り取って山のように積み上げて待てとの神託を下された。
言われたとおりに笹の葉の山を築くと、はたして三日目の朝、一陣の風が吹き見る間に大牛蟹の住む根城へと無数の笹の葉を運んでゆく。 寝ていた大牛蟹の部屋も身体も笹だらけになってしまった。
何事かと もがく大牛蟹だが貼り付いた笹の葉は中々剥がれず、そこへ一条の炎が飛び込むと瞬く間に火は燃え広がり、大牛蟹は炎に包まれ、さすがにこれには成す術もなく平伏して降参したそうです。
どちらのお話でも、終幕 大牛蟹をはじめとした鬼たちは降参し改心して、天皇の家来となったと結ばれています。
孝霊天皇の事績に感謝し、村々に平穏が戻ったことを喜んだ村人たちが笹の葉で屋根を葺いた社を建てて祝い、これが 樂樂福(ささふく)神社の起こりだとも、この地を気に入った天皇が日野川の畔に行宮を建てられ 永く当地で過ごされ、その跡が樂樂福神社になったとも言われています。
鬼は人の心に棲むもの とも言われます。古代から鬼をして様々な悲劇、そして時折 喜劇が語り継がれますが、出来れば 以前お送りした あの鬼 のように、人と交わり互いに想い合う “角の無い鬼” でいたいものですね。
『 樂樂福(ささふく)神社 』 公式サイト
〒689-5216 鳥取県日野郡日南町宮内