どこかで聞いた 紙は長~いお付き合い(後)

子供の頃 慣れ親しみ、そして近年見かけなくなった紙に ”わら半紙” があります。
特に学校でのテストや家庭に持ち帰る連絡プリントなどに多用されていました。

素材に古紙を含むため白度は高くなく微妙に黒ずんでおり 数年で変色したり、また迂闊に消しゴムをかけると破れやすかったり、品質的にはお世辞にも良いものとは言えませんでしたが、現在盛んに叫ばれる資源の有効活用にも通じており、その素朴な風体は今にしてみれば懐かしさにも溢れています。

昭和も60年代に入ると(現在見られる一般的な)上質紙が主流となりますが、その背景には ガリ版(謄写版)の使用が過去のものとなり、コピー機など近代OAの普及によりわら半紙では目詰まりを起こしてしまうこと、上質紙の生産コストが下がったことなどが挙げられるようです。

因みにこの ”わら半紙” 、紙の需要が飛躍的に高まった明治時代に、低コスト大量生産を目的として開発されたもので、当初はその名のとおり藁(ワラ)を含んでいたものの開発数年後にはパルプに切り替わっていたのだとか・・。

重用され そして忘れ去られつつある ”わら半紙” ですが、実は紙の精製に藁を使うというアイデアは既に奈良時代に実用化されていたと見られ、奈良 東大寺 正倉院にその記録が残っているそうです。

 

中国を発祥として東西に伝わった紙の西方は、時代とともにその品質と生産性を高めながら人々の暮らしに浸透してゆくこととなります。

とは申せ、当然のごとく(少なくとも)中世と呼ばれる時代においては、紙は王侯貴族をはじめとして一部の学者や官僚のものであり、一般民衆が日常的に手にするものではありませんでした。 そもそも識字率さえ高まっていない時代には人々に縁薄いものとも言えたのかもしれません。

日本においては、鎌倉時代以降、武家階級の間にも個人的・組織的両面において 紙の需要が高まり、時とともに武士の教養と必然を生み出してゆきます。
室町期に多くの水墨画や掛け軸、屏風などが生み出され今日に伝えられているのは こういった歴史的な背景もあるのですね。

 

日本では江戸期、ヨーロッパでは各国家 / 王政確立 の頃になると、ようやく庶民の間でも その生活の中に紙が浸透し始めます。

江戸中期にもなると紙の生産体制そのものが確立され生産量も増大、傘などの日用品から冊子、襖・障子紙、雑用の再生紙*に至るまで多彩な紙が増産されました。
* 既にこの頃から再生紙は作られており(浅草紙など “漉き返し紙” と呼ばれた)主に ”落とし紙(ちり紙)” として使われていました。

因みに襖や障子が庶民の生活に取り入れられるようになるのも江戸の中期以降のことです。 テレビ時代劇の下町長屋などで 襖や障子が設えられていたなら、それはかなり江戸後期の情景ということになりますかね。

 

このように庶民にとっての紙とは、当初は書写のためというよりも生活の必需品、もしくは読み物としての存在でしたが、やがて寺子屋が普及し、地方でも志学の精神が向上し、ついに “文明開化” の時を迎えると一気にその状況は変わり始めます。

行政が行き渡り 個人自ら書類に関わる機会が増え、郵政制度が整えられて手紙のやり取りも普及、かわら版や地本に代り新聞・雑誌の全国的な普及に伴って、生活に占める紙の重要性は飛躍的に高まり、同時に識字率も上昇の一途を迎えます。

信用という価値が付加されるに足る、”紙幣” が発行されたことも紙の歴史と無縁ではないでしょう。

爆発的に紙の需要が増えた明治時代に、安価で大量生産可能な “わら半紙” が開発されたことも正に時代の要求であったのでしょうね。

 

さて、3編に渡ってお送りしてきました “紙” 、ひとえに “紙” と言いますが、現代では その種類は千差万別、細かく分けるとまるで星の数ほどの紙質の紙が供給されています。

しかし、これを極めて大きく二分すると「洋紙」と「和紙」に分けることが出来ます。

〜 洋紙 〜
現在、一般生活の中で流通する大半が「洋紙」に区分されるもの、1000年以上前にアジアから中東、そしてヨーロッパへと渡り根付いた “サマルカンド紙” の末裔です。

その特徴は皆様もご存知のとおり “平滑性” が高く 滲みが少ないこと、比較的 低温・乾燥な気候のヨーロッパでは、アジアで紙の原料としていた植物が育ち難く、樹木の幹から生産するパルプを主な原料としていました。

パルプを高温で煮込んで繊維に解体、さらに微粒子化したものを精製・精白し、成形からプレス、そして現代では紙質調整のための塗工工程を経て製品へと至ります。 超微粒繊維を結合させているので、丈夫なこと、均一性が高いことが揚げられます。

〜 和紙 〜
対して、障子紙や毛筆習字の用紙、民芸品などの分野でお馴染みの「和紙」、1300年前に大陸から伝えられて以降、日本独自の発展を遂げてきた文化の結晶でもあります。

本格的なものは手漉きで作られることも多く、楮(こうぞ)三椏(みつまた)雁皮(がんぴ)などから採られる繊維がとても長く、自然素材の添加材料と相まって これらが和紙の強靭性と超長期の保存性を形作っていると言われています。

洋紙に比べて厚めに仕上がることも多く、また 表面は不均一でザラつきやすくなるため、それは味わいとなる反面、日常的な筆記やOA機器への対応は不得意です。 手作りであることから生産性も良くないため総体 高価になりがちです。

 

現代に続く洋紙と和紙の違いはそれぞれの地域で採れる原料の差もさることながら、その筆記習慣に大きな要因がありました。 インクとペンで筆記するヨーロッパでは表面の均一性と滲み難さが求められ、墨と毛筆で書き上げてゆく日本ではある程度の滲みをコントロールしながら筆でなぞりやすい紙質が求められたのです。

明治に至って紙の需要が急速に高まった時、それまでの和紙から “洋紙” への転換を成したのは、大量生産の要求であったでしょうし、また筆記具の転換期でもあったのでしょう。
そんな中で安価で量産に向く日本オリジナルの紙 ”わら半紙” の開発は時代の必然だったのかもしれませんね。

そして、猛烈な勢いで洋紙に置き換えられていった時代だからこそ、却って古くから作られてきた伝統の技術 ”和紙” の存在が顧みられ、大切に守られながら現在に受け継がれているのでしょう。

洋紙も和紙もそれぞれに その特徴を活かしながら現在に生き続けているのです。

思いついたならば、日々 身の回りにある紙や紙製品に少しだけ目を向けてみてください。
そこには千年の時を超えて受け継がれてきた紙の歴史、否、パピルスや羊皮紙、木簡や粘土板を駆使して何かを残そうとした数多の人々の想いまでもが静かに息づいています。

もし、ご興味をお持ちになりましたら(東京になりますが)以下の博物館をお訪ねになられると良いでしょう。 知っているつもりで知らない「紙」への新たな発見があるはずです。

© 紙の博物館

 

『 紙の博物館 』  公式サイト

場  所 : 〒114-0002 東京都北区王子 1-1-3

アクセス : こちらから

開館時間 : 10:00 〜 17:00(入館は 16:30 まで)

備  考 : 休館日 月曜日(祝日の場合は開館) 祝日直後の平日 年末年始 臨時休館日

問い合わせ : TEL 03-3916-2320 FAX 03-5907-7511

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