悲しみはいつか喜びへ 阿波の国の猫神さん – 徳島県

画像提供:中森 あゆみ 様

徳島市の中央部に 向寺山(むこうてらやま)という名の小高い山があります。
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その昔、寺山という地に金剛光寺というお寺が有り それに対面するかのように山があったことから向寺山の名が付いたのだそうです。(現在 金剛光寺はその寺跡のみあり)
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この向寺山一帯、現在では端正に整備され「徳島県文化の森総合公園」となっており、徳島県立図書館、美術館、博物館、そして緑に囲まれた美しい公園が林立する市民の憩いの広場となっています。
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因みにこの向寺山から南西方向の山手を辿ると「あづり越」という峠があり、平安時代も末、治承・寿永の乱(いわゆる源平合戦)の折、屋島攻めに向かう源義経がこの峠を(苦労して=徳島弁で ”あずる”)越えたという逸話が残っているそうです。
前回、北海道-積丹の記事でも少しだけ登場した源義経さん、逸話や伝承の風に乗って本当に全国規模で登場されてますね(笑

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少し話は逸れましたが ここからが今日の本題、 この向寺山(文化の森総合公園)の一角に中々ユニークな特徴を持つ お宮さんが鎮座しています。
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社名は「王子神社」 古くは 應神(おおじん)神社とも呼ばれていたとか・・
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古式豊かな社殿に祀る主祭神は 天津日子根命(アマツヒコネノミコト)、天照大御神の御子(アマテラスとスサノオの誓約によって生まれた)神であることから ”王子” 神社の社名になったと伝わります。
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天津日子根命 は神々の偉烈を残す記紀において あまり目立った事績のない神様ですが、反面、日本各地の氏族の祖ともされており様々な土地において信仰の対象とされていることから、元々は各地それぞれの土着神を総称した象徴的な神様ではないかともいわれており、ここ 徳島・向寺山一帯の「根子神(土着神)」でもあったようですね。

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・・で、お社のユニークな特徴というのが、今出てきた「根子神」の文字にもかかるのでしょうか、この神社を広く知らしめているキーワードが「猫神さん」なのです。
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”猫の神様”、 ネコ好きの方なら思わず食指が疼きそうなお話ですが、そのとおりこの神社の社殿・社務所には 所狭しと 張り子の猫や招き猫が並べられており、参詣する人々の目を楽しませています。(また境内を悠々と散策する実体のネコさんも少なくないようですね)
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祭壇の前に居並ぶ小さな張り子猫、そして両脇を固める大きな張り子猫の様子は見ているだけでも微笑ましい気分にさせてくれますね。
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”應神神社” の「應」は現代的な文字で表すと「応」であり、合格祈願・開運・良縁 そして商売繁盛の願いに応えてくれる有り難い神様として、ネコ好きの方のみならず地元を始め各地から多くの参拝者を集めているようです。

 

画像提供:中森 あゆみ 様

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さて、この猫神様、現代の目や感覚からすると可愛らしい印象が先に立ちますが、この社に猫神様が祀られた経緯はあまり楽しい話ではありません。 それどころか非業の思いが伝わる悲しみの逸話にその端緒を持っています。

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江戸時代初期、貞享の頃と伝わります。 加茂の村の庄屋が当時 飢饉に喘いでいた村を助けるために自らの土地 五反を担保に金を借り、これを元手に村を救います。
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再生された村では作物も育ち、金策も整った庄屋は期限の内に貸主 野上三左衛門に全額の返済を済ませます。
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しかし、その折 完済の証文を後から受け取るはずであったものの、ふとしたことから庄屋は急死、証文を受け取らぬままとなってしまいました。
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庄屋の妻、お松は三左衛門に対し証文の発行を促しますが、三左衛門はそれに応じないどころか金を受け取っておらぬと担保であった五反の土地を奪い取る始末。
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代官所に訴え出る お松でしたが、三左衛門から袖の下を受け取っていた代官はこれを棄却、やむを得ず 藩の政庁に直訴に出たものの、あろうことか狼藉者として死罪を言い渡されるに及びました。
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あまりにも理不尽な事の顛末、死の間際に お松は いつも身の傍にいた愛猫 玉に この恨みを晴らしてくれるよう言い遺したのです。

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因果を渡された玉もその後 この世から去ると、その頃を境に 野上三左衛門、そして裁定に関わった代官や役人たちの上に次々と厄災が訪れるようになり、ついにはそれらの者たちの家は断絶の憂き目に遭う者が続出。
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ここに至って藩はようやく事の重大さに気づきます。 代々 蜂須賀家に仕えていた家老の長谷川奉行によって事件の再調査が行われた後、無念の死を遂げた お松 と愛猫 玉の死を悼み、この王子神社にふたりの霊を祀るよう取り計らったのだとか・・
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お松大明神 お玉大明神
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以降、お松と玉の霊は鎮み 祟りも治まり、風雪とともに時が変わる内にいつしか「願い事をかなえてくれる猫神さん」としての評判が広まっていったのだそうです。
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全くもって けしからんで済まないほどの事件の顛末、憤懣やる方ないといった話ですが、強者の勝手が通されるのは往時ならでは(いや、見方を変えれば目立たないだけで現代も変わらないものなのかも知れませんね・・)
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ともあれ、お二人の遺恨が鎮まってよかったです・・・。
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中々、苛烈な内容の伝承でしたが、現在ある王子神社の姿は「文化の森総合公園」の一角を担うほどに市民から愛される情緒あふれるお宮さんです。
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ネコにしてよくいわれる「あくまで自的で奔放」な性格は、宮さんを埋める人形猫の表情にも見えるようにも思え、思わず笑ってしまいますね。

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阿波国 徳島は「金鳥神社」の記事のように狸の話で有名ですが、猫に関する逸話や信仰も相当にあり伝承関連がお好きな方には興味が尽きません。
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現在はコロナ第2波の備えもあり、中々に参拝も叶いませんが、コロナ問題が公に明けたらネコ好きな方、徳島の歴史に興味のお有りの方、ぜひともご参拝されてみてはいかがでしょうか。 微笑んでいるかのような、いや、ツンとすましているかのような楽しい猫たちが出迎えてくれるでしょう。

画像提供:中森 あゆみ 様

王子神社 徳島市八万町 文化の森

 

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