神杉姫 悪鬼を退ける女性の本気 - 石川県

人里の平穏な生活や旅人の安全を脅かす悪鬼を、神様や 後に名を残す英雄が懲らしめたり追い払ったりする伝承は日本各地に伝わりますが、ここ石川県 能登の地にも「猿鬼伝説」という波乱に満ちた伝説が残っています。
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石川県、古には北側が能登国、南側が加賀国と呼ばれてそれぞれ別個のものでありましたが、 江戸時代にはともに加賀藩となり、以後 曲折を経て現在の形となりました。
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今回、北陸道の伝承を探していたところ、この古の北地、能登国に残る「猿鬼伝説」が目についたのですが、その中でもとりわけ登場人物のひとり”神杉姫” に興味が惹かれましたので記事にしたいと思います。
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・・が、先に申し上げておきます。”神杉姫” が何者なのか厳密には ほぼ解りませんでした。記事にしといてスミマセン m(__)m
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しかし、それでも記事に取り上げたいほど 彼の姫はミステリアスかつアグレッシブなのです・・・
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“鬼” と言えば、大江山の”酒呑童子” や”茨木童子” 平安京”羅生門の鬼” そして吉備伝説における”温羅(ウラ)” などがよく知られ、加えて各地の民話に名も無き多くの”鬼” が伝えられていますね。
時おり※コミカルで人情味あふれた鬼※も登場しますが、多くの場合 村を襲う、娘をさらう、旅人を食い殺す など暴力と恐怖の対象として描かれます。

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猿鬼もその類型に漏れず十八匹の配下とともに柳田の庄を荒らし回り村人から恐れられていたとのこと、元々は柳田を裾野とする大西山に住む猿であったのですが、日頃より悪行が絶えず、猿どもの棟梁である善重郎猿によって山を追われたことから里の外れの岩穴に仲間と逃げ移り、いつしか悪鬼と化したと伝えられています。
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悪辣な鬼と化した猿鬼は村の田畑を荒らし、牛馬を食い殺し、人をさらうなど暴虐の限りを尽くしたことで、村人たちはほとほと困り果てた挙げ句 神々に救いを求めたそう。
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神々は出雲に集い協議を経て能登の神においてこれを祓うべしと決し、立てられたのが能登の気多大明神と神杉姫であったと言われています。
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さても 人々の救済のため軍を率いて猿鬼と対峙した気多大明神と神杉姫でしたが、その意気に反して中々に功成りませんでした。
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猿鬼は 神率いる軍から雨あられと射られる矢を縦横無尽にかわし、ついにはその手や口で掴み取った矢を投げ返し、神々を嘲り笑いながら悠々と穴蔵に引き揚げる始末。


.” 昔話に登場する鬼とは合理的な解釈のもとで言えば、地域を荒らし回った悪党・山賊の類と考えられますが、この猿鬼に関しては 驚異的なすばしっこさ、又、矢をかわすために身体に漆を塗るなどの知恵持ちから -猿のような悪党- とされたとも思われます ”

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苦渋の思いで退き戻り軍議を重ねる神々でしたが、猿鬼を打ち負かす良策が浮かびません。
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そんな折、不思議な予兆を覚えた神杉姫はひとり輪島の浜へ出、吹きくる風の中で立っていると風に紛れて届く波の音に「白布干反に御身を隠し筒の矢に射させ給えよ神杉の姫」との神託を耳にします。
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急いで立ち返り、この事を気多大明神はじめ神々に告げると、これ妙案とばかり早速に実行にかかりました。
白布の身を潜ませながら酒盛りに明け暮れる猿鬼どもに近づくと用意していた矢を一斉に放ちます。 ところが前回同様 猿鬼はひらりひらりと身をかわし中々矢が当たりません。
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しかし、ここで意を込めた気多大明神の一矢がついに猿鬼の片目を射抜きます。
当たる直前に猿鬼は矢を掴んでいたのですが、二重になった筒矢の中から毒を塗った芯矢が飛び出て猿鬼の目を捉えたのです。
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わめき狂いながら猿鬼はその場を逃げ出て 他の手下どももその後を追って散り散りに・・

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このまま逃しては今までの苦労も水の泡とばかりに神々は次なる作戦を実行に移します。
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激痛に悶えながらも隣の谷まで逃げ込み 立てこもっていた猿鬼の洞穴の前まで来ると、神杉姫はまばゆいばかりの十二単(じゅうにひとえ)に身を包み、神々の奏でる天上の雅楽に合わせて優雅な舞を舞いました。
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あまりに美しく神秘的な舞と調に、猿鬼は痛みも忘れて洞穴から出てくると よろよろと神杉姫に近づきます。
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そして、それが猿鬼の最後でした。
神杉姫はふるふると回りながら、衣に隠し持っていた二尺一寸の名刀”鬼切丸” を取り出すと 猿鬼の首を一撃のもとに断ち落としたのです。
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ここぞ決着の時とばかりに再び矢の雨を降らせる神々、頭目が倒され慌てふためく手下の猿どもも ついには一匹残らず退治されました。
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ここに ようやく村の平和が戻ったのです。
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鬼とはいえ元々は故あってこの世に生を受けていたもの、猿鬼はじめ退治された猿どもは葬られ鎮魂されたと言われており、その場所は今も鬼塚と呼ばれているそうです。

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物語の中でひとつ妙なのが、総大将である気多大明神、 能登一の宮 気多大社の祭神にあたる方だと思うのですが、気多大社の祭神は大巳貴命(おおなむちのみこと)、別名 出雲の大国主大神と同神とされている方、出雲での会議を考えると微妙に存在がダブってしまいます。
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「気多大明神」で検索をかけると頭に出てくるのが、東京台東区に立する 「飛不動尊 正宝院」様の一ページ 絵で見ると完全に人間ですね・・ 一説には朝廷に使える武人、左大将義直であったとも、四道将軍であったともいわれています。
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さて今回のヒロイン”神杉姫” ですが、物語によっては村人たちが最初に救いを求めたのは”神々” ではなく、まずは大幡神社の”神杉姫” に救いを求めた とされるものもあることから”神杉姫” とは、元々 地元の女性首長であったのではないでしょうか。
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また 同時にその名から”杉” を依代とした神霊を祀る巫女であったことも伺えますね。
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地域を治める頭首であったことから気多大明神という総大将を仰ぐ副将ながらも、先頭に立って戦い、時に秀麗な姿で魔物を惑わし、また 霊界に通づる資質を持っていたことから輪島の浜の神託を感知したと思えます。
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伝承には数多くの”姫” や”超常の力を持った女姓” が登場しますが、”神杉姫”はその中でも ひときわ輝く存在ですね。
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その姿と行動力は一地方の首長の枠に収まらず、少し大げさに言えば古代の卑弥呼や最高神 天照大神に通ずるものさえ感じます。
能登の歴史のスーパーヒロインとしてもっとクローズアップされても良いと思うのですが・・
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しかしまあ、女性の本気とは怖い凄いですね・・・

 

 

 

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