その夜は外出禁止!神津島編 – 東京都

日本で最も面積の大きい都道府県といえば何処でしょう? と問われれば、もちろん北海道・・ということになりますね。続いて岩手、福島、長野、新潟、秋田・・と東北地方の県が目立ちます。

こうなったことの理由のひとつに、明治時代、自治体再編(いわゆる廃藩置県など)の折、(東北地方に限らず)人口密度が希薄で経済・運営能力の弱い “地方区分” ほど、人口確保のために面積を広く取らなければならなかったという理由があります。全国均等な面積区割りだと、行政力にも差がつき過ぎてしまうことへの回避策とも言えましょうか。

では、当時から最も人口密度の高い “東京”(東京府→東京市+周辺市→東京都)の面積は? というと 上の理由からも当然狭くあり、現在、国内でも一番下から3番目という小ささ。区域は小さくともそれだけ人口が多く、経済力・運営力が高いことが伺われます。

しかし、では水域(排他的経済水域)まで含めた領域では?と問えば・・? 東京都は国内随一の面積を抱えた自治体であり、それは日本全体の約4割を占めるほどなのだそうです。

 

おそらく多くの方がお気づきのように、これは東京都が「小笠原諸島」を行政域に含んでいるため。 日本最東端 “南鳥島” 同最南端 “沖ノ鳥島” まで*、それぞれ千数百kmという遠大な距離を持つ南海の島々・海域を有するが故ということになります。*両島とも一般入島不可

画像©「東京都 沖ノ鳥島・南鳥島 ウェブサイト」

一考、最先端の都市部というイメージの東京都ですが、西には自然豊かな奥多摩地方、南には南国風土の小笠原諸島と、多様な風土文化を包含した自治体とも言えそうですね・・。

さて、小笠原諸島ほど遠くではないにせよ 東京都に属する島嶼に「神津島」という名の島があります。 本日はこの神津島で旧暦1月に行われる、ちょっと奇妙で ちょっと怖いお話をお届けしたいと思います・・。

 

「神津島(こうづしま)」、下田から約55km沖合に浮かぶ周囲22kmの島。静岡県伊豆半島の沖合ながら東京都管轄であり住所的には東京都神津島村。白黒二色に伺える標高571mの天上山から、晴れた日には周辺伊豆諸島の島々や伊豆半島まで見渡せるという。人口は約1800人。

内陸沿岸とは隔絶した海原の景観と美しい真砂の海水浴場、火山島ならではの温泉などで観光スポットとしても名高い島。

神代の伝承には伊豆諸島を作るために、”事代主神” をはじめとした七人の神々がこの島に集ったことから “神集島” と呼ばれ、それが時を経て「神津島(神の島)」に変わっていったのだとか。

そんな “神の島” で 凡そ3月に行われる奇妙な神事が『二十五日様(にじゅうごにちさま)』。旧暦1月24日25日(古くは23日から26日まで)行われていたことから この名で呼ばれています。 神事は24日早朝から始まりますが、本命は25日であることがこの名から伺われますね。 “様” が付けられているとおり、この日には島に “神様” がやって来るのだそうです・・。

 

(以降 旧暦表記 *)24日早朝から神職を中心とした役どころが “イボジリ(青竹の先に3本の藁を括り付け燻したもの)” と呼ばれる神具を作り、本殿、拝殿、境内鳥居、参道など各所にこれを飾り付けます。 * 新暦では凡そ2月後半から3月前半の2日間に行われるようです。

これ全て穢れ除けであると同時に、海から来訪する神様をお迎えするための道標の意味も持っているそうで・・、具体的には神様は “前浜” の港の方から上がって来られるための手回し とでもいえるでしょうか。 神殿側でも座を整え神饌の用意を済ませて “その時” が来るのを見計らいます。

24.01.16日 画像差し替えました。

日が暮れる頃、神職連れ立って昼間に飾り付けたイボジリ各所 “二十五日-道” を拝礼しながら下り、神様が上がられる浜の祭礼所で “お迎えの儀” を執り行い、神様の露払いとなって社まで戻ります。

既に深夜の時間帯、この間 “滝川” “龍神宮” そして村内に点在する各 “道祖神” でも拝礼を施していきます。

そして、これらの神事が執り行われる夜の帳の中、厳粛して守らなければならないのが、”誰にも見られない”、”決して口をきかない”、”決して後ろを振り向かない” ・・なのだそうです。

 

“見られず喋らず後ろを振り向かない”、 これは神という人智を超えた存在に対する “礼” であり “畏れ” であることは言うまでもありません。 古くほど神儀に過敏でなくなった現在でも、これだけは頑なに守り続けられているそうです。

そして、これらは神職に就かれる方たちの話ですが、直接 神事に関わらない一般の人々にあっても二十五日様に無関係ではありません。前日となる23日には仕事もそこそこ各戸で集まり簡単な宴を催すそうです。 “三夜待ち” と呼ばれるのだとか。

翌24日には夕刻を迎えるまでもなく早々に夕食を済ませると、戸口も窓も雨戸まで閉めて、話し声や家の灯りが外に漏れないようにし、後は25日の神去りのときまで極力 外出を避け、どうしても出掛けなければならない場合は、決して海の方を見てはいけないともされるそうです。

これには神事に合わせるというだけでなく、もし不用意に神様と出会ってしまった場合 祟りに遭い、目が潰れてしまったり最悪死んでしまうほどの災難を避けるためのもの。 神に対する畏怖は神事の外にいる者にもしっかり根付いているようですね・・。

 

さてさて、日も変わるような夜半に来たる “来訪神”、そしてそれにまつわる禁忌と祟り事・・と、現代的な感覚からすると中々にミステリアスかつオカルトなお話ですが、ここまで来て思い起こさせるのは当サイトでも以前お伝えした「その夜は家内に籠もるべし(みねんげさん)-島根県」の記事。

その夜は決して外出禁止となっているにも関わらず、たかを括って禁を犯した男が犬にされてしまうというの。 細部は異なりますが基本的な話の骨格は似通っています。 また「夜遊びしたいしたくない夜行の日-徳島県」に登場の “夜行さん” も同様、こちらは神か魔性か不明ですが、禁忌の夜に出会うと蹴り飛ばされてしまうようで・・。

そして、来訪神とそれにまつわる禁忌というような話は国内外問わず、かなり多くの地域に見られます。

にも関わらず、あまり目立った祭祀として広まらない。各地域ごとの風土に彩られたまま静かに受け継がれている・・というのは、この行事の基本が “感謝や願い” に基づいたものというよりも、”物忌み” に重きを置かれた “神の実在への確認” と “それに対する潔斎・斎戒” の意味合いが強いせいではないでしょうか。 これら祭祀の大半を神職のみで執り行っていることにも それが現れています・・。

 

あくまでも、未見の神と選ばれし者のみで行われる秘めの祭祀。それはまた新たな要素を この神事に付加していきます。さながら元からあった決まり事のように・・。 この『二十五日様』にあっては「神津島」のみならず周辺の島々とも関わり合いながら・・。

次回は その辺りのことを含めて、もう少しだけ伊豆諸島からのお話をお届けしたいと思います・・。

『東京島の旅 伊豆諸島・小笠原諸島 (エルマガMOOK) ムック』

3 comments to “その夜は外出禁止!神津島編 – 東京都”
    • 神津島の神社様 元画像権所有の方であれば、この度はご迷惑をお掛けしたかもしれません。お詫び申し上げますm(__)m。ネット上で画像検索しWikimedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:イボジリ.jpg)の方からピックアップしたものと思われますが。

      出来るだけ早期に画像差し替えを図りますので今しばらくご容赦頂けますでしょうか?

  1. ご丁寧な返信に敬意を表したいと思います。wikiだったのですね。承知いたしましたので引き続き画像をお使い下さいませ。

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