真偽の間から生れる話は古のみならず(一)

嘘(ウソ)と真(マコト)、どちらが良いかと問われれば、大半の人が “真” を選ぶでしょう。 人は本来一人では生きていけないものであり、共に生きていくため、家族や社会・集団を維持・発展させるためには、互いの信頼関係が必要だからです。

されど、”人” という生き物が “言語を伴う文化”・社会構造を手にして以降、数千数万の時が流れましたが(一説には5万年前後)、未だ “嘘” は人の間に(というより人の中に)蔓延り 生き続け、おそらくはこの先も これが消えてゆくことはないでしょう。

これは “人” の中に “自己の立場や利益を守りたい・出来れば増やしたい” という欲求が、本能的に備わっているためでもありますが、実は “自己保存” の欲求以外にも “嘘” の有用性は存在します。 ”嘘も方便” という言葉にあるように、時として “嘘” は人の生活・関わり合いを円滑にすすめる作用があるためです。

要は嘘も程度の問題ということになりますが、これを上手く利用したもののひとつが、政治や思想活動における “テーゼ” 、また、商品やサービスを紹介する上での “宣伝文句” でしょうか・・。 「あれは嘘ではない! 分かりやすいように飾っているのだ!」という反論もあるでしょうが、”虚飾” という言葉もあるように、内容が伴っていないこともしばしば・・。

しかし 逆に言えば、嘘をつかれる方も それを望んでいる部分があります。景気の良い選挙演説やCM・コマーシャルでなければ、聴く気にさえなり難いもの。 そして偉大とされるもの・豪華であるものに人は惹かれ、騙されやすいのです・・。

 

『建長寺さん』 山梨県 甲府市

むかし むかし そのむかしじゃ

甲府の村々へ 鎌倉の建長寺の方丈さん(住職・法主さん)がやって来るちゅう話が立ったとな

建長寺さんといえば日の本中に知れた 古の名刹
そこの方丈さんが こんね田舎の村をお訪ねになるいうんで それはもうあっちの村も こっちの村もえらい噂じゃ

はぁ 有難ぇ有難ぇちゅうて まだ来もせんうちから 涙流しながら喜ぶ爺さ婆さも多かったと・・

いよいよ明日には おいでるという前の日

名主さんから「建長寺さんは犬が嫌いじゃから 犬をしっかり繋いで表に出さんように」と御達しがあった 粗相があってはならんと 犬を飼うとる家は皆 庭の木や柱に括り付けておいたのじゃと

 

さて その日になると 建長寺さんは立派なお輿に乗ってやって来なすった
それはもう見るからに気高く上品で 徳のありそうなお姿
お供の者も多く ものものしく豪華な行列であったそうな

お通りになる道すがら 村の者は皆 並んで手を合わせてお迎えしたとな

宿と決められた名主の屋敷でも上へ下への大騒ぎ お休み処だの精進料理だの用意して
お内儀さん(おカミさん)が直に給仕することになったと

ところが 建長寺さんの方から “給仕は要らぬ 食事するところを見られるのも嫌いである” との旨・・
随分と奥ゆかしいお方じゃの と思うたが建長寺さんのご意向 お内儀さんは御前を下がって屏風を立てまわして そこへ建長寺さんをご案内したのだと

さて 食事が終わってお内儀さんが片付けに入ってみると驚いた

膳といわず畳といわず そこらじゅうに食べ散らかした飯粒だらけ・・
幼児でもこうはというほど汚い食べ方であったが そこはそれ 日頃から我が侭も通ろうお人じゃろうからと 文句も言わずに後片付けしたのじゃと

 

また 日が暮れて 方丈様お疲れじゃろうと風呂を沸かし お勧めしたが
ここでも “湯は嫌い” といい 要らぬと仰る

ところが その湯も冷めたかと思う頃になると 気でも変わられたか入ることになった
それでも 湯は沸かし直さんでよいそうな

これもまた 後で片付けに入ってみると どれだけ乱暴な浴び方じゃと思うほど
壁から天井から 湯屋いっぱいに湯が飛び散っていたのだと・・

一息ついた 建長寺さんの前に名主がまかり出て 丁寧に挨拶を述べた後
一疋の白絹を差し出すとお願いしたそうな

「永く当家の家宝としとうごいす これにお筆を頂戴つかまつりとう・・」

建長寺さんは「フム〜・・」と短く唸ると・・太筆をとって真白な絹の上にスルスルッと何やら書いてくれたのだと

しやけど あまりに達筆すぎるのか 何を書いてあるやら さっぱり分からん
分からんが まぁ有難いお言葉なのだろう・・

建長寺さんは 何をしても 終わるとすぐにお経を読みなさる
高く澄んだ声で遠くまで響き渡り それは名主の屋敷の外にも流れた
屋敷の周りを囲んだ村人たちは「あぁ あれん建長寺さんのお経の声じゃ」と手を合わせて喜んだそうじゃ

 

二日の逗留を終えると三日目の朝 建長寺さんは名主に暇乞いをして屋敷を発たれた

ところが建長寺さんの一行が村外れまで来たとき
何処から現れたかニ三匹の野良犬が輿に向かって 狂ったように吠えながら飛びついてくるではないか

これは大変とばかり お供の者が犬を追い払うも いよいよもって犬は猛り狂い
ついには輿へ踊り込んで建長寺さんを引きずり出して 半死半生の目に合わせてしもうた

ようよう 野良犬を追い払い 建長寺さんを担いで名主の家まで引き戻ったものの
その時にはもう 哀れ建長寺さんは既に息絶えておったのだと・・

 

これは えらいことになった
名主はじめ村人たちは 可哀想な建長寺さんに丁重な通夜を営み
危急の報せを鎌倉の建長寺に宛てて 飛脚を走らせた・・そうな・・

ところが その翌朝 はたまた とんでもない事が起きた
あの気高く徳の高そうな建長寺さんのご遺体が 一匹の古貉(むじな)の死骸へと変わっておったのじゃ

これは如何なることと皆 再三の騒ぎ 里の住持に頼んで再び鎌倉の建長寺に報せを送り調べてみれば

ついには 建長寺の本物の方丈さんは 縁の下に棲んでいた古貉に早うに食い殺され
ずっと長いあいだ 古貉が方丈さんに 成り代わっていたことが知れたそうな
お経を声も何もかも 方丈さんを影から見ていて覚えたのじゃろうて

何とも驚き また呆れ果てた話じゃが あれだけ見事に皆 化かされておったとは・・

貉の方丈が遺した一筆は 珍しいものとして 名主の家に子々孫々 受け継がれているという・・

ーーー

現代のように写真があるわけでもなければ、通信手段もごく限られていた時代、身元を確認する方法など無いに等しい中で絢爛豪華な法衣を纏い、大層な行列を引き連れてまかり来せば、それは高貴な方であると認識しても仕方のないことでしょう・・。

しかし、(割と始めの方から)何度も不可解な出来事が起こっていますよねw? しかし、人々はこれを見ても聞いても方丈の身上を疑おうとしません。 途中、首を傾げることがあっても、何故か目の前の事実を曲げて自分を納得させる方に思考を傾けます。

つまり、立派な出で立ちの方丈が絶対的な事実と認識されているので、それに合わせるように 他の問題を収めてしまうのです。

今回は単なる “お話” でしたが、これに類する “騙し・騙され” という構図は世の至るところ発生しています。 くれぐれも お気をつけあそばされますよう・・。

ともあれ 甲府の地では、貉が高僧に化け代わり、遊行の末に野犬に襲い殺され正体を現すという、類似のお話がいくつも残っているようです。

次回は、その辺りの残り話と、また 別の “嘘・真” 話を併せてお送りしたいと思います・・。 本日もお疲れ様でした・・。

 

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