生きて伝わる出雲国の物語(えびすさん)- 島根県

「コケコッコー!」と聞けば、日本人の大半は “鶏 / ニワトリ” を思い出すでしょう。
アメリカでは「クック ドゥードゥル ドゥ(Cock-a-doodle-doo)」と言い表され、インドでは「クックルールー(Cock-loo-loo)」、フランス圏では「ココリコ(Cocorico)」だそうです。海外の鶏はあまり大きく鳴き上げないのですかね・・。 フランスのは お笑いコンビの名前と間違えそうだしw。
(* 因みにお笑いコンビ「ココリコ」の名付けは喫茶店名から)

“鶏 / ニワトリ” とは “庭の鳥”、つまり家の敷地内で飼う鳥を語源としています。 その名のとおり早くから家禽化され、人の暮らしに近しい鳥として親しまれてきました。 “ヤケイ属” という “雉(キジ)科” の鳥であり、日本には弥生時代に大陸から伝来したともいわれています。

家禽化されたことで、先祖でもあるヤケイに比べて飛翔能力は ほぼ失われてしまいましたが、危険を感じて(また必要に迫られて)地上を走る能力は秀でており、かなりのスプリンターといえるでしょう・・。

「黒柏鶏」画像 © 国立研究開発法人 日本家禽学会

今日では “鶏肉” や “卵” の需要面でのみ認識されることの多い “鶏” ですが、その種によっては非常に美しく雄々しい姿を擁しているものもあり、日本固有の個体として “日本鶏(ニホンケイ)” は天然記念物にも指定されています。

今回の記事の舞台、島根県にも「黒柏鶏(くろかしわ)」という日本鶏があります。 別名 [石州黒] の名から山口県発祥とみられていますが、”濡れ羽色” とでもいうべき艶を湛えた漆黒の勇姿と “長鳴き鶏” の特徴を持っており、神話の国のイメージにもよく馴染みますね。

本日お届けするお話の中の鶏が、古来種でもある この黒柏鶏であったかどうかは不明ですが、そう思いながら読んでみると、話の色彩も一層増すかもしれません。
それでは、古く “八束” と呼ばれた島根の一角(現在の松江市近辺)に残る民話を御覧ください・・。

『えびすさん と鶏』

さても昔 そりゃもう昔 ずっとずうっと昔のはなし

美保の関のえびすさんは 海が好きで釣りが好きで
そりゃもう しょっちゅう 竿ば抱えて小舟に乗って 日がな一日波に揺られちょった

“中の海(中海)” は波も優しうて魚もようとれる
たこ島(大根島)を見晴らす 中の海の景色は えびすさんの大のお気に入りじゃったと・・

 

その 中の海を渡った “揖夜(いや)” ゆうところに えびすさんと仲良しの神さんが住んでおった

やけ えびすさんは ちょくちょく その神さんのところへ小舟で渡って遊びに行ったのだそうな

仲のいい神さんどうし酒を酌み交わし話をしていると ついつい夜遅くにまでなってしまう
時に あまりに遅うなりすぎて その神さんの社に泊まらせてもらうこともあったのだと

そえでも えびすさんは美保の関の神さま 翌朝 夜明けまでには必ず関へ帰って納まっておるのが決まりでもあったのやそうです・・

 

そんな ある日のこと いつものごとく揖夜に渡っておったえびすさん
その日も話がはずんで すっかり遅うなってしもうた

けんど「まぁ まだ夜更けのうちじゃろう」と思っておったらば・・
「コケコッコー!」 突然 近くの小屋から鶏の鳴く声が響き渡ったと

「え?! 何と もうそんな時刻になっとったのか?! こりゃいかん!夜が明けるまでに帰っとらんと関の衆が詣りに来てしまう!」

あわてて揖夜の神さんに別れを告げ 大急ぎでまだ真っ暗な夜の海へ船を押し出したと

けんど あまりにあわて過ぎたのか 船の櫂を流してしまいどうにもならん
しかたなく えびすさん 自分の足で水をかいて ちゃっぷんちゃっぷん船を進めたのやと

額に汗して船を進めるえびすさん ところがしばらく進んだところで何やら足元でうごめく気配・・

「痛っ! 痛たたっ!」 何と水の中からワニ(鮫・フカ)が出て来て えびすさんの足に噛じりついておったのだと

「もう 何ちゅうことだら!」 頭にきたえびすさん ワニの頭を蹴りつけて追い払うたのやそうな

 

焦りに焦りながらも ようよう関に戻られたえびすさん
やれやれ 何とか夜明けに間に合うたかと胸を撫で下ろすも・・

何や まだ辺りは真っ暗ではないか・・
夜が明けるにはまだまだ時がある

何と あの鶏が鳴き上げる時を間違うただけ

それに気づいた えびすさん

「あの鶏さえ鳴かにゃ ゆるりと帰れたし ワニにも噛まれずにすんだものを!」

またまた頭にきて それからというもの 鶏は言うに及ばず卵さえ見るのも嫌になってしもうたのだと

さて この話を知った揖夜の者も関の者も「えびすさんが嫌うものを扱うのは畏れ多い」と それ以来 鶏を飼うことも卵を食することも せんようになったのだと・・

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何ともまあ 人間臭い神さまのエピソードで、難儀なめに合ったえびす様には悪いですが思わず笑ってしまいます。 古の日本の神さまはフレンドリーですね。

ところで、この鶏が鳴いた揖夜の里から ほど近い “能義” の地にも、このお話に似たような伝承が残っています。

概略を述べますと・・

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この地の領主が戦に敗れて 妻と子を連れ城を落ち延びた

一旦 村の厩(うまや)に隠れて夜を明かし、鶏が鳴くのを待って夜明けとともに山を越えようと考えた

ところが この日に限って鶏が鳴くのが二時も遅れたため、気づいたときにはすっかり夜も明けてしまっていた

慌てて逃げ出すも 間もなく敵に見つかり、家族共々 非業の死を遂げた
「おのれ鶏! お前が時を違えさえしなければ・・」と叫んで逝った・・
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えびす様の話に比べて かなり暗いお話なので、今回はメインに取り上げませんでしたが、ここでも鶏の鳴く時刻をキーポイントに物語が展開していますね。

何か 松江・安来の人は鶏に恨みでもあるのか? と思えるほどの “鶏ミス” モチーフですがw・・、これにはオリジナルとなるお話があったようです。

古代出雲国 といえば “大国主命” 、この大神には二人の息子があり、ひとりは後に諏訪明神となった “建御名方神” 、そしてもうひとりが宮中八神の一柱ともなっている “事代主命(コトシロヌシ)” です。

“事を知る” 知識・託宣の神であると同時に、釣り好きで小舟に乗る姿から漁業神ともされる “事代主命”、 その逸話に、~ 命(ミコト)が中海を渡って揖夜の “美保津姫” のもとへ通っていたときに、鶏の鳴き間違いによって災難を得た ~ というものがあります。

詳細:Wikipedia(鶏伝説)

“事代主命” は釣り好き・漁業神という性質から、後の “えびす神” と習合していったとされる神でもあり、言うなれば、神話に近い古い逸話が 時代とともに、より民衆に馴染みやすい伝承に変化し、”時を違える鶏” のモチーフが受け継がれていったようですね。

古き言い伝えは、さらに古の逸話にその基を持ちながら、時代を超えて私達の前に神々の暮らしを見せてくれているのです。

天然記念物の日本鶏が遠き祖先を持ちながら、時に異なる素因をも取り込み 連綿として今に続くように、人々の言伝もまさに変化を許しながら生き続けているのでしょう。

そんな 出雲国の民話を次回も、そして “お盆” も近い次々回リライトでお送りしたいと思います。お楽しみに・・。

 

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