夜空を舞い焦がす綱火は常陸国にあり – 茨城県

今から1年前、ようやくスマホに変えました。20年近く(いわゆる)ガラケーを使ってきての変更なのですが、未だ もうひとつ使い慣れません。 基本的に電話とメール、”LINE” 後はたまに地図(Google Map)を使うだけで・・、ハンディPCでもあるスマホを使うお陰が今ひとつありませんね (^_^;)…。

現在、スマホをはじめとする携帯端末は暮らしと切り離せない必需品となっており、平成8年度に普及率10%(10人に1人)だったモバイル契約数は、平成25年には100%を超え、今や国内総契約数 1億6千万台と一人一台の保有率を優に上回っています。

まさに情報化時代の象徴ともいえるような携帯端末の有り様、いつ、どこにいても、誰とでも連絡をとることが出来、様々な情報を見ることが可能なのは便利なのですが、先日 発生した大規模通信障害のように、一旦 障害事故が発生すると個人のみならず、社会インフラにまで深刻な影響を及ぼす可能性が拭えないのは、現代社会のウィークポイントとでもいえるでしょうか・・。 何事も何かひとつに頼り切り・・というのは考えものですね・・。

 

携帯端末が まだ普及していない時代、使用可能な遠距離への連絡手段は電話・電報、もしくは手紙でした。 それより以前は “書状” や “文” と呼ばれる人伝の手紙のみ、それも郵便制度が確立されるまでは手間も費用も掛かり、そもそも一度の通信にかなりの時間を要しました。

瞬時・・とはいかないまでも数十分から数時間の間に、必要とする情報を相手に伝えることは古くから求められ、特に国の行く末を左右する戦国時代には様々な方法が考案されたようです。

狼煙(のろし)などが つとに知られていますが、他に早馬、時に訓練された犬なども用いられたとも伝わります。以前、当ブログでご案内した “飛脚狐の伝承” などもこれら通信手段需要の流れで生まれてきたものなのでしょうか・・。

他方、実際にどの程度 実際に用いられていたか定かでない、それでいて中々に興味深い通信手段に「綱火(つなび)」というものがあるそうです。

とある一所から 離れた一所まで張り渡された綱に、火薬を詰め込んだ竹筒が吊られており、点火とともに目にも留まらぬ速さで仕込まれた文を届けるという・・。まぁ “矢文” の一種のようにも思えますが・・、

大きな川や谷の両岸、また見晴らしの良い山の高所から麓までの連絡などで用いられたのでしょうか? 現在の感覚でいうなら “ワイヤーレール式のロケット花火” といった感じですね。

多くの情報が無いため詳細は不明ですが、この “綱火” をもとにするお祭りが茨城県に伝わっています。

 

茨城県南部、東京のベッドタウンとしての機能をも果たす “つくばみらい市”、そしてその お隣 “常総市” 、この一帯には 古より『伊奈の綱火』『からくり綱火』と呼ばれる “和火戯(わびぎ・花火行事)” が伝えられており、毎年、華やかに執り行われるのだそうです。

国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの祭り、”小張松下流綱火” と “高岡流綱火” という2流派があり、”小張松下流綱火” は『小張愛宕神社』で、”高岡流綱火” は『高岡愛宕神社』、また、常総市 大塚戸町の『三竹山 一言主神社』では “からくり綱火” として受け継がれてきました。

“綱火” といっても上記のロケット花火のようなものでは一瞬で終わってしまいます。
通信手段であった “綱火” をもとに祭祀に向けて改装したもので、高さ10メートルからなる柱の間に渡された綱を人形や花車、浮船などが火花を散らしながら緩やかに進みます。

捌き綱によって巧みに操られる花火人形の様は、夜空を焦がしながら披露される文楽のよう・・。

火難除けや五穀豊穣を願って祭祀されるものですが、元々は往古の戦祈願や犠牲者への法要のために、陣中で行われたものとも言われています。

 

戦祈願や法要と書きましたが、この祭りの創始は江戸時代の初め頃、当時、この辺りは小張藩の領地でありました。その時の領主 “松下重綱(まつしたしげつな)” による考案だったとされています。

“松下重綱” は もと遠江国(今の静岡県)頭陀寺城の城主 “松下之綱(まつした ゆきつな)” の子として生まれました。

“松下之綱” といえば、歴史好きの方なら憶えておられる方も少なくないのではないでしょうか? 後の “太閤秀吉(豊臣秀吉)” が まだ少年時代、武士になることを一念発起して初めて仕えたのが松下之綱でした。

無名・百姓の出である藤吉郎(秀吉)を取り立て武士への足掛かりを施したことから、後に天下人となった秀吉は、この時の恩に報いるべく松下家を家臣、そして大名へと とり立てています。

その之綱の跡を継ぎ松下家当主となったのが、次男 “松下重綱” です。
時代の流れに従い 幾度か国替えに晒されましたが、小張藩 藩主時代に残したのが、この “綱火祭事” であったわけですね・・。

祭りは概ね8月の下旬に執り行われる首尾であり、特に村人による創作であるとも伝えられる “高岡流綱火” は、一説には “祭りを取りやめると凶事を招く” との謂れもあって、この2年間コロナ禍での中止は断腸の思いであったかもしれません。

近況、第7波ともされる “コロナ BA5株” の拡大が著しく、祭りの開催も危ぶまれるところですが、機会があれば感染対策を施された上で訪ねられるのも良いかもしれません。江戸時代から伝わる数奇な天上文楽がそこには広がっているはずです・・。

“小張松下流綱火” 『小張愛宕神社』 “高岡流綱火” 『高岡愛宕神社』
参考サイト つくばみらい市観光協会

“からくり綱火” 『三竹山 一言主神社』
参考サイト 三竹山 一言主神社

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