妙異の国から聞こえる妙異の昔話(前)- 和歌山県

さてさて、今月これより和歌山県、そして次週 新潟県より2週4回に渡って地元の民話をお届けします。 熊野三山など古来妙異の地 紀伊国、古代の北端 未だ謎多き 越後国に残るお話をお楽しみください。

 

先月、5月15日、徳川御三家ゆかりの紀州東照宮「和歌祭(わかまつり)四百年式年大祭」が開かれた和歌山県、ややも曇天ながら雨に降られることもなく、 渡御行列もつつがなく そして盛大に執り行われました。

昭和時代のテレビドラマ「暴れん坊将軍」で、主役 徳川吉宗を演じられた “松平健” さんも参加、当時の衣装そのままに祭りの先頭を馬上で飾られ、リアル吉宗をひと目見ようとする見物客で沿道は埋め尽くされたのです。

紀州東照宮はその名のとおり、元和5年(1619年)に徳川家康の十男 “徳川頼宣” が入府し、紀州徳川家が成立した2年後、徳川家康と頼宣を祀る紀の国一宮として創建されました。

和歌祭は創建当初から “例大祭” として行われて来ましたが、一時は少々寂しい開催の時もあり、近年ではコロナ禍の中で縮小の余儀なくもされましたが、今回は 厳粛かつ盛大の中での催行となり、久方ぶりの明るいイベントに県民の頬も緩んだのではないでしょうか・・。

 

紀州=紀伊国(紀の国とも書きますが、それは古来紀伊国の西側半分、または現代的見地からの和歌山県領域を指す書き方であり、古くは伊勢国の一部を領地に含み関係も深かった為、紀伊国とされました。元々は木の国からの創始だそうです。)

明治期の廃藩置県において一時 和歌山県、田辺県、新宮県とされ後に現在の和歌山県となるまで、紀伊国は古くからその領土・領域が変わらず、また歴史のメインストリームからは若干外れながらも、熊野三山とその信仰の及ぼすところもあり、古より青史豊かな そしてちょっと不思議の国でもありました。

そんな幽玄の霞漂う熊野の地、東牟婁(ひがしむろ)に伝わるお話から一編・・。

『黒八大明神』

さても今は昔・・ 紀伊国の奥のまた奥の山ン中
生い茂る木々やそこらの岩にさえ いろんな神さんが宿ってらっしゃった頃ン話や

山ン中っても ここら辺は中辺路いうて 大宮さんやの那智さんやの速玉さんやの大きなお宮さんに通づる道があるさけ 時々とはいえ そこへお参りする人が絶えん道でもあった

そんな山裾の村に黒八という爺さまがおったんやわ

爺さまは朝の早うから山に出かけてはシバ木を刈り集め
夜は夜で遅うなるまでワラジを編んでおったと・・

そんで 翌朝になると編んだワラジをもって軒先に出ると
「旅のお人はどうぞ使い由 お代不要」と掲げた立て札の横に吊るしておいたンじゃと

ワラジなんちいうもんは いくつ持って出掛けても いずれは擦り切れて使えんようになる
この道を通る人は皆有り難く ここでワラジを履き替えて旅を続けたが ”お代不要” とは申せ何某かのお金や品を置いていったらしいわ

 

ある日のことや 爺さまが山から帰ってくるとワラジの代わりに “イワシが七尾、手拭いが一本、米が九合” 置いてあったンやそうな

爺さまは喜び 米を半分洗って炊いた 残りを包んで納戸にしもうた
炊いた飯で握り飯を六つ作り そのうち三つをイワシ三尾とともに食べたのやと
腹も満腹になったところで もう一仕事 ワラジを三枚編んでから床についたのやと

次の朝 残りの握り飯を食べ終わると また残っていた米で握り飯を六つ作り
風呂敷に包んで腰に下げると 軒先にワラジを吊るして山に出掛けたそうな

 

小山をひとつ越えたところの道すがら お百姓の万作に出会うた

「爺さま 今日は腰に何やらたいそうなモン下げとるのぉ?」

「これか? こりゃワシの魂(タマ=命)やして!」

「魂? それが爺さまの魂か? ハハハッ!何とぎょうさん魂持っとるんやのう・・!」

笑いながら畑に向かう万作を後に 爺さまは また山へ向かって歩いて行ったんだと・・

 

今日は少しばかり山奥まで来てしもうた シバ木も刈ったし昼飯にでもするかと爺さま
そばにあった木の根っこに腰掛けて さて腰の握り飯を広げようかとした時じゃ

五・六間向こうの藪の中から何やらガサガサと音がする

ん? 何かおるのか? と爺さまが思う間もなく そこから出て来たのは黒々とした大きな狼やった
腹を空かしておるのか 赤い舌を出しながら爺さまを睨んでおる

こりゃたまげた! 早う逃げなきゃ! と思うた爺さまやったが足腰が言うことを聞かん

狼はウウッと唸りながら爺さまに近づいて来るやないか・・

あかん こりゃどうにもならん・・ 腰も抜けて逃げようもないと悟った爺さまは腹を括ったんやと 狼に向かって声をかけた

「お・・おう どうした? ワシに何か用かいの?」

「ウオゥ!」 狼は不気味に唸り返すだけ・・・

「ハハァン お前 腹が空いとるのやな?」

「ウオゥ!」

「フフン なるほどなるほど・・ しかしのぉ ワシは見てのとおり骨皮のジジイじゃ こんな葛の干物みたいなモンを食うても仕方なかろう?」
「ン? もしかして お前今朝方のワシと万作の話を聞いておったな? そうじゃろう?」

「ウオゥ!」

「オ・・オゥ 正直なことじゃ結構結構 ならば その正直に免じてワシの魂をお前に分けてやろう」「ワシもこれから昼にするさけ お前も一緒に食え」

爺さまはそう言うと 風呂敷を解いて握り飯をひとつ 狼の前にあった岩の上に置き
自分にもひとつ取り出して それをほおばったのだと

はじめ 握り飯の匂いを嗅いでいた狼やったが 腹が空いていたとみえ すぐにペロリと食べてしもうたのだと

 

やがて握り飯を食べ終えた爺さま また狼に言うた

「さて・・と ワシはこれから山を降りるが お前はまだ腹が満腹ではなかろう?」
「魂は あと四つあるさけ これから一里下るごとに また食べようではないか」

そう言うと よっこらせとばかり立ち上がりシバ木を背負うと 村に向かって山を降りだしたのだと

振り向くと 狼はまだ爛々と目を輝かせて 爺さまの後を付いてきよる
爺さまも怖くて仕方がないが それを気取られぬように歌を歌いながら 一歩一歩降りていったのだと

一里下って木の根を見つけると そこに座って狼と握り飯を食べおうた

そしてまた一里 村の傍まで来て また狼と握り飯を食べあうと ついに風呂敷の中は空になってしもうたのだと・・

「さぁ 魂はこれでお終いじゃ 今日のところはこれでお帰り 明日また逢うたら食べようではないか」

「ウオーゥ!」狼は ひときわ大きく鳴くと山の奥深くへと走り去ったのやそうな

 

やれやれ 何とか助かった・・ 胸を撫でおろしながら家に帰ると吊るしておいたワラジが二足無くなっておった 代わりに米が二升ばかり カツ節が一本 置いてあった

家に入ると腕を組み しばらく考え込んでおった爺さまやったが・・
やがて 腰を据え飯を食い またワラジを編んで休んだ

翌朝 起きると また米を炊き握り飯を六つ作って山に上がったのだと・・・・・

ーーー
山の奥深くで思いもかけずに出会う獣たち、熊や狼など猛獣の類いは人の力で対抗出来るものではありません。 それでも出会ってしまった時には爺さまのように、覚悟を決めて相手の目を睨み据えながら、ゆっくりと後ずさりをするのが良いそうですが・・中々出来るものではないですね。

普通、命の危険に晒されるほど怖い思いをしたならば、二度とそんな場所には近づこうとしないもの・・。 しかし 黒八爺さまは握り飯を持って また山へ向かったようです。

はてさて 爺さま、何を考えておらっしゃるのか・・?
続きは次回 後編をお楽しみに・・ 黒八後編とともに短編の一話も併記の予定です。

追記 : 記事を書き終えてから気づいたのですが、爺さまを救った握り飯はもしかすると “めはり寿司” ではないかと思われます。 めはり寿司は当地熊野地方の郷土料理、醤油漬けした高菜でおにぎりを包んだもので、(いわゆる)寿司ではないのですが、古よりのファストフードとして愛用され、目を見張るほどの大きさから “めはり寿司” と名付けられたのだとか・・。 現在でも和歌山県内では口にすることが可能、とても美味しいものです。 当地にいらっしゃった時には是非!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください