土佐犬ではない土佐の犬の昔話(前)- 高知県

四国南岸の地、高知県、黒潮海流を目前に通年 温暖な気候ながらも大海原を相手に漁に服し、背にした山岳の険しさや季節に訪れる台風を相手に、鍛え上げられた気性ゆえに男性は “いごっそう” 女性は “はちきん” などと、豪胆なイメージを持たれることが多いですが、地元の人々にすれば穏やかで質朴な愛すべきお国柄といったところでしょうか。

また、太平洋に面して東西に広く、”坂本龍馬” と “桂浜” そしてカツオ漁・土佐の一本釣りなどから、海に関わるイメージの強い県でもありますが、意外なことに高知県は “海の県” ではなく “山の県” 、それも県面積における山地率89% と全国一位の山岳県なのだそうです。

四国を貫く深き山 “四国山脈” と茫洋たる大洋、一説に “土佐” の名の由来にもつながるとされる “山と海 そしてその間の狭い平地”、 この地勢に抱かれて南国土佐は独特の風土を培ってきたのでしょう。

 

高知の名で有名なものにもう一つ「土佐犬」がありますね。

広く “土佐犬(とさけん)” と呼ばれていますが、正式な呼び名を「土佐闘犬(とさとうけん)」と言う 典型的な “闘犬” であり、好戦的な性格とともに大型で筋骨隆々の体躯が特徴です。

江戸時代末期 “土佐藩” では、士気高揚のため藩士による闘犬が開催されており、それがやがて庶民の間にも広まっていったのだとか・・。 闘犬自体は室町の頃からあったようですから、歴史は数百年にも及ぶでしょうか。

しかし、現在知られる “土佐犬” の姿は明治以降、品種改良によって得られたもので、それまで居た従来の「土佐犬(とさいぬ)」にマスティフやブルドッグ、グレート・デンなどをかけ合わせた闘犬特化型の犬種であり、確かにあの相貌は西洋犬の特徴を色濃く表していますね。 獰猛な気性ゆえに その飼育や管理には慎重を要します。

 

では、元になったオリジナルの「土佐犬(とさいぬ)」はどんな犬なのか・・? もしかして今はもう失われてしまったのか? ・・というと、現在でも個体数は減らしたものの立派に存続しており国の天然記念物にも指定されています。

・・で、こちらが そのお姿、現在では「土佐闘犬(とさとうけん)」との混同を避けるため「四国犬(しこくいぬ)」と呼ばれています。

画像左 出典Wikipedia

 

土佐闘犬とはまるで別種の犬にも思えますね。ひと目見た印象では一般的な和犬ですが、何となく緊張感漂う雰囲気・・、目の大きさや口元の開きさえ それほど大きくないものの、犬の近縁種 “狼(おおかみ)” の特徴を其処ここに残しています。 実際、日本では絶滅したはずの狼目撃情報の誤認元となったこともあるのだとか。

そして、その性格はというと、主人に対しては極めて忠実であり、飼い主の危機などに対しても果敢に立ち向かってゆく勇敢さを持っており、テリトリーに対する警戒心も強いため、番犬や猟犬として高い能力を有するものの、他者に対する攻撃性も看過できないという・・、確かに、その後の土佐闘犬の元になり得る資質を持っているようですね。

 

狼は犬の近縁種、これは事実のようで約1万数千年前に狼から犬の系統種が枝分かれしたといわれています。 よって、自然界においては時折、狼と犬の交雑種も発生し、より その境界を曖昧にするところがあるようです。

昔話・民話に登場する “オオカミ” や “山犬” は、古来 生息していた「ニホンオオカミ」であったと同時に、狼と犬の交雑種や野生化した犬など繁雑不明であったのかもしれません。

民話にあって人の脅威(または荒神)となる これら “オオカミ” や “山犬” は、こうした深淵の存在ではありますが、人里において人とともに暮らす犬種は殆どの場合、純然たる犬と言えるでしょう。 そして、その存在は人と深く結びついています。

・・と言うことで、 今回と次回に分けて、高知県 土佐国に伝わる “犬” にまつわる民話をお届けしようと思います。

 

『 峠の山犬 』

さても今は昔

土佐の南の幡多というところに吾平という ひとりの大工が住んでおった
気丈な男で腕もたつので得意先からの頼みも厚かったと

ある日 「今日は仕事も早う仕舞うて去(い)ぬるき 灯りはいらんわ」
と嬶(かか)に言うて家を出たのだと

てくてくてくてくと山を越え 向こうの村まで出掛けて仕事に掛かったのだが
ところが こうした時に限って上手い按配にはかどらん

ようよう仕舞うたときには すっかり日も傾いておった
これでは帰りの峠を越える頃には真っ暗になってしまうだろう

 

どうしたもんかと考え はたと思いついた
この村におる連れの家で灯りを借りようと考えたのやと

「おおい 幸助」 連れの家を訪ねてみるとなかから赤子の泣き声が聞こえてくる

「おお 吾平か! 見てくれ たった今 跡取りが生まれたんじゃ!」

見ると幸助の嬶の横に まだ取り上げて間もない赤子がぐっすりと寝ておるではないか

「おぉ! こりゃぁ目出度い! これでお前の家も安泰じゃの」

「まあな、しかし これからが大変だが・・ ところで 今日はお前 何用で来たんじゃ? 子の生まれることなど言うてなかった筈じゃが・・」

幸助の問いに吾平は今日のいきさつを話し

「と、いうことでのぉ すまんが灯りを貸してくれんか」 と頼んだそうな

 

しかし この吾平の頼みに幸助は顔色を曇らせた

「これから提灯下げて去ぬるとか? そりゃ いかんぜよ吾平」

「何故に いかんなら?」 吾平が聞くと

「お前は今 この家に入った お産の日に立ち入った者には “あかび” が付く言うてのう 夜道を去によると必ず山犬に出くわすそうじゃ」

「今からじゃと山道はとっぷり暮れよう 悪いこた言わんき 今日はウチで泊まっていき」

 

幸助の言うことになるほどと思うた吾平じゃったが 早う帰ると伝えた嬶も心配しとる
お産でバタバタしとる家に厄介をかけるのも気が引ける
それに気丈な上 “異骨相” でも知られた吾平

「なんじゃぁ そんなことなら構わん構わん 山犬が出てきても かえって気晴らしになるっちゅうもんよ」

気遣う幸助を構わずに無理に提灯を借りると 峠を目指して歩きだして行ったのだと・・

ーーーーー

 

ここで言う “あかび” とは、おそらく産褥の匂いのようなものでしょうか、その匂いを嗅ぎつけて山犬が出て来るという運びだと思われます。

“いごっそう” とはいえ、下手をすれば命に関わりかねない当時の夜の山道、吾平の運命や如何に・・と言ったところですが、まぁ大体 話の流れからしてこの後 “山犬登場!” となるわけでしょう・・w。 さて、吾平どうなりますことやら・・。

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