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前回、中途なところでの分割となってしまい申し訳ありませんでした。
m(_ _)m
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僧侶の身ながら その技量で高職へ取り立てられたものの それに驕り、挙句 皇位まで手中に収めんとしたとして宮中から排除された弓削道鏡、下野国に流されてからのお話です。
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都を追われ遥かな東国へと流された道鏡 日々悶々として過ごしておった
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華やかな日々は遠い夢の彼方
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何を見ても面白うない 何を聞いてもむなしさつのるばかり
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来る日も来る日も あてどなく辺りを彷徨くよりほかすることなし
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ある夏の日 いつものように散策の途中 のどに渇きを覚えた
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傍らにあった一軒の井戸をのぞき込んだ時 底に映る情けない男の顔が見える
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あまりの形相に驚いたが ようよう考えれば その情けなき面は己の面
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道鏡 ますます機嫌を欠いて 傍らの者に叫んだそうな
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「ここを 逆面 と名付けるがよいわ!」
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宇都宮市に逆面町(さかづらちょう)という名が今も残っています。
”逆さ井戸” という名の井戸が残っているそうで、もしかすると この井戸ですかね・・
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宇都宮の名称はそもそもこの地方の名称であるとともに、源頼朝をして「関東一の弓取り」と言わしめた この地の士族、宇都宮氏の名でもありました。
その宇都宮氏の家臣に逆面氏の名があり、地区の山間には室町時代、逆面氏によって建てられた「逆面城」の城跡も残っています。
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前回でも書きましたが 皇位継承事件の詳細や道鏡本人の事跡に関しては不明な点も多く、江戸期以降の創作話もあって多少なりとも誇張されて伝えられている面も否めません。
配流先の下野国では庶民から慕われていたという話もあり、干瓢(かんぴょう)を栃木にもたらしたのも道鏡であるという伝承も残っています。 道鏡の出身地 大阪の八尾では道鏡の立場に立った側面からの動画を制作公開しています。
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さて、いまひとつのお話は(おそらくは)鹿沼市 酒野谷 の地名にまつわるもの・・
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その昔 東の山の長者と呼ばれる富裕な名主がおったんだと
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見渡す限りの田畑を持ち多くの使用人を使っておった
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その中に伝六という人柄は良いが まぁ普段からなまけ者でのろまな下男がおった
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ある日 その伝六が野良仕事に行ったまま帰ってこんかったそうな
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次の日になっても また次の日になっても帰ってこんので皆心配しておったが
それが三ぃ月半年ともなると のろまな男だて どこぞで川にでも溺れたかと皆わすれてしもうた
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ところが三年経ったある日のこと けろりとふらり 伝六が帰ってきた
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それも まるでたいそうな酒宴にでも行って来たかのように酒に顔を赤らめ上機嫌
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なまけ者の伝六に酒を馳走する者などおらなかろうに どういった塩梅か・・
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名主は伝六を呼びつけ今までどこでどうしておったのかと問いただした
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「へぇ それが・・ 村外れの畦で草刈りをしておりやんしたら この暑さで喉が渇きやんして・・」
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「それで木陰を求めて山ン中入り 八ツ池の方さ行って水を一杯飲みやんしたら これがまぁ美味いのなんの こんな美味い水は飲んだことがねぇと何杯も飲んでたら そのうち眠くなってきやんして・・」
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「ふと 目が覚めるとお天道さんも傾いちまって・・ 急いで帰ってみると皆から三年経ってると言われた次第で・・・」
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あまりの不思議な話に名主も驚き腕を組んで考えた
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(戯言だと思うておったが 養老の滝 の話もある・・これはひょっとして本当に酒のような泉があるのかも知れん・・)
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そこで伝六にこう言ったそうな
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「よし わかった 伝六 明日の朝 ワシをその池のところまで案内してくれ」
「それから この事は他の誰にも言うなよ・・」
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あくる朝 早うから名主は伝六を連れ立って泉の辺りまでやって来た
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伝六をよそに早々と泉の水に口をつける名主・・
だが 口に含んだ味は何のこともない ただの水じゃった
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「こりゃ! 伝六! ただの水ではねぇか!」
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怒る名主に伝六 慌てもせずに
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「まぁまぁ 旦那さ ちょっくら待ってくんなせぇ・・」
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伝六 何を思うたか口の中で何やらぶつぶつ唱えると
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「これで もう一度飲んでみてくだせぇ」
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訝りながらも もう一度 名主が水に口をつけてみると・・
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それはもう 今まで飲んだこともないような美味い酒の味じゃった
味といい 香りといい 酔い加減といい こんな美味い酒はおそらく この国の殿様でも中々口に出来んのではないかと思うくらい素晴らしい風味・・
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二人して存分に飲むと千鳥足になりながら家まで戻ったそうな
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家に入り 名主は伝六を奥の間にまで招き入れると
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「さて 伝六 結構な泉を見つけたは良いが 先程のおまえのまじない あれは何じゃ?」
「どうも妙じゃと思うておったが ただ泉を見つけただけではなかろう?」
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こう問いただした
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はじめの内は あれこれと はぐらかしておった伝六じゃったが 名主の脅しすかしに負けて こう話し始めた
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「実は三年前のあの日 池のそばの草むらで寝転んでおりやんすと突然 空から二人の大きな天狗様が降りてきて酒盛りを始めやんした・・」
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「驚いて逃げたかったんでやすが体が強張って動きやせん・・ しばらくすると天狗様のお一人が ”酒が尽きたのう” と言い 呪文を唱えると池の水を汲んでまた飲み始めやんした」
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「ひとしきり飲み終えると二人して立ち上がり ふとこちらを振り向くと ”そこに隠れおる人間よ 他言するでないぞ” と言うと空高う舞い上がって消えてしもうたです」
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「おっかなかったけんど いっぺんでええから酒の味を知ってみたかったオラ 天狗様の呪文を真似して飲んでみたら あんな上等の味になってましたもんで・・」
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なるほど そういう事じゃったか・・ 伝六の話に納得した名主
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「では伝六 その呪文をワシにも教えろ」と詰め寄った
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「しかし・・」とためらう伝六じゃったが とうとう根負けして
辺りを伺いながら「では・・」と名主の耳元に口を寄せ囁やこうとした その時
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怒涛のような大風が吹き込んできたかと思うと 大きな手が現れ伝六も名主も鷲づかみにされ どこかに消えてしもうたそうな・・・・・
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この話が近在に伝わり、以来 伝六たちが酒を飲んだといわれる辺りを「酒の谷」と呼ぶようになったと言うことです。
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宇都宮市の郊外、樅山(もみやま)の西側、現在「酒野谷」と呼ばれる地は閑静な田園地帯ですが、往古にはもっと山深い神妙の趣漂う地だったのかもしれません。
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人と自然の妙が織りなすところに こういった趣深い伝承は生まれるのでしょう・・