冷めない冷まさない 明治から今に続く魔法道具

お正月 三が日、皆様には如何お過ごしでしょうか、
家族団らんでくつろがれている方、Uターンで戻られたお孫さんに顔をほころばせている方、はたまた それどころか今が多忙と仕事に精を出されておられる方、人それぞれ お正月の過ごし方も様々かと思われますが、合理化が進み随分とスマートな時代になったとはいえ お正月はやはり普段とは違う、まったり落ち着いた雰囲気が街を覆う特別なひとときですね。

 

さて、今日は私事ながら、最近 ふと違和感をおぼえたキーワードをひとつ・・

寒い季節、仕事場で使う「魔法瓶(まほうびん)」が古くなってきたので ここらでひとつ新調しようかと思いネットで検索して見ると・・アレ?

検索結果(画像)で出てくるものの約6割方が魔法瓶でなく・・

こういう ↓ いわゆる「電気ポット」の画像なのです・・?

最近では電気ポットのことを「魔法瓶」と呼ぶようになっているのかな?

それとも 元々私の認識不足・・なのでしょうか?

謎は解けないままですが、このことから「魔法瓶」に興味を持ち少し調べてみました・・

 

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この世に「魔法瓶」が製品として初めて登場したのは1904年のこと、ドイツのラインハルト・ブルガーという技術者(ガラス職人)によって作られたものでした。
商品名は「THERMOS(テルモス)」 現在まで続く世界的な魔法瓶の商標「サーモス」の始まりです。

これを遡ること30年ほど前、1873年、イギリスの物理学者 ジェームス・デュワーが、二重構造にした金属容器の壁と壁の間を真空状態にすると そこに断熱効果が発生することを確認していました。

次いで、ドイツやフランスでもガラスを使った同様の実験・追試が行われ、1892年には先の デュワーが二重構造のガラス容器の内面に銀メッキを施すことで、熱の輻射(放熱)をさらに抑えることに成功しており 後にこれは「デュワー瓶(Dewar flask)」と呼ばれています。

世界初の魔法瓶「THERMOS」の誕生にはこれらの基礎技術が使われていたのですね。

また、当初、魔法瓶は実験用の液化ガス(極度に冷やして液化したガス)の保存用に開発されたものの、早い段階で一般向けに商品化されたというのも、ヨーロッパの技術力の高さとともに当地の寒冷な気候による必然であったのかも知れません。

 

日本に「魔法瓶」が初めて輸入されたのも それから間もなく1907年(明治40年) のことだったといわれています。
商品を取り扱ったのが「日本銃砲店」をはじめとした「銃砲店」、何故に「銃砲店」?
最初、安易にその形状が砲弾の薬莢に似ていたからなのかと思いましたが、どうやら寒冷地における狩猟のお供にということだったようですw(まあ それは有れば当然便利ですよね・・)

当時の日本、まだまだ一般には高嶺の花、高級品だった「魔法瓶」ですが、これを初めて国産化したのが 神戸出身の八木亭二郎氏、輸入された「魔法瓶」を解体、基礎研究を経た後、仕事であったガラス電球製造の技法を駆使し、着手からわずか5年で製品化に成功「八木魔法壜製作所」を設立して「魔法瓶」の製造・販売に乗り出しています。

同時期には大阪の竹森三之助、磯部金吾 らを含む多くの人が「魔法瓶」開発に魅了され関わり、今日に続く日本の「魔法瓶」の礎を築いていったのでした。

 

大阪には江戸時代、大阪天満宮の脇(現在の北区天神橋)にガラス工場が設立されました。
ここから大阪のガラス工業が盛んになり 多くの職人さんが育ったことで「魔法瓶」製造に適した地盤があったのでしょう。

1918年(大正7年)北区九条に小さな町工場が誕生しました。その名を「市川兄弟商会」
やはり電球製造の職人であった弟・市川金三郎の熱意を汲んだ兄・市川銀三郎が製造を弟、販路開拓を自分という役割分担をもって始めた旗揚げであったそうです。
当時、兄20歳、弟17歳、幾多の試練を乗り越え100年後の今、魔法瓶・調理器具の製造・販売を行う大手「象印マホービン」に続いています。

相前後して 多くの魔法瓶メーカーが設立されてゆくことになり、菊池武範 による「虎印魔法瓶製造卸菊池製作所」(現・タイガー魔法瓶株式会社)磯部金吾 による「磯部魔法瓶製作所」(現・ダイヤモンド魔法瓶工業株式会社)など、大阪の一大地場産業へとなったのです。

戦前の大阪

 

国産化が安定したといっても当初は製造の難しさや時代背景から高価であり中々売れず、しばらくは輸出用の割合が高く、一般に向けて普及を見るのは第二次大戦後のことだったといわれています。

そういえば、昭和の中盤、大阪万博が開かれた70年代初頭にあっても「魔法瓶」の内部容器はまだガラス製でした。 うかつに落とすと割れてしまうため、落とさず大事に扱うよう親からよく言われたことを憶えています・・

その70年代後半、「魔法瓶」にとって大きな変革が訪れます。
それまでのガラス製内瓶に替わってステンレス製の「魔法瓶」が登場、開発したのは「日本酸素株式会社」、それまでもステンレス製の魔法瓶はあったのですが 保温に粉末状の保温材を使用しており、従来の真空式を実現しながらガラス製と同等以上の保温性を実現した真の魔法瓶はこれが初めてでした。
「日本酸素株式会社」は「THERMOS」の商標を取得しており、以後、ステンレス製魔法瓶が主流となってゆく中で「サーモス株式会社」を設立、現在、世界最大の生産・出荷量を誇る会社となったのです。

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ざっと「魔法瓶」の歴史を見ていただきましたが如何でしたでしょうか

この季節、ほっと一杯のお茶、コーヒーなどを手軽にいただける「魔法瓶」外出時には手放し難い相棒ですよね。
また、夏場の危険なほどの暑気の中で補給する冷たい一杯にも必須のアイテムでもあります。

木枯らしの中、そして熱気の中、魔法瓶を手にすることがあれば、そこに100年に渡る人々の熱意と歴史があることをほんの少しでも思い出していただければ幸いです。

 

それで、最初の疑問はどうなったのかって・・?

まわりに聞いてみたところ「電気ポット」も便宜的に「魔法瓶」と呼ぶ人もチラホラ居られるようですね。

やはり 私の認識不足だったのかしらん・・・w

 

 

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