かすがの坂商店街 気の良いナマズのお話 - 兵庫県

兵庫県神戸市、三宮の市街地から1km程西寄りに”かすがの坂(春日野坂)” という名の商店街があります。人口も多い地で駅からもほんの数分の立地にありながらも、近年の商店街不況の波には抗えずシャッターの上がらない店も見受けられますが、それでも持ち前の親しみやすさから地元の人気を集めています。
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この商店街の入り口と出口のアーケードサインには 可愛らしいナマズと龍の絵柄が施されているのですが、これには古くから伝えられてきたひとつの伝承を元とされているようです。

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「かすがの坂のナマズは、気のいいナマズ」

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この地の人々は困り事が出来たり願い事があったときには 手に光るものを持って そう唱えるそうな

今は昔 筒井の庄に夫婦あり 夫の名を竹次郎 女房の名をもえと読んだそうな

竹次郎はよく働き もえもそれを支えとりわけ気の優しいおなごであったので日々の暮らしは慎ましながらも夫婦仲はとても良いものであったのだと

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ある時この村を一人の痩せこけた老人が訪れた

今にも倒れてしまいそうな様子で一軒の家の戸口を訪ねた老人はこう言うたそうな

「あいすまぬが 腹が減ってもう動けん 飯を一杯恵んでもらえまいか」

ところが その家に住んでおった銀蔵という男は性の悪い男で村でも名の知れた嫌われ者

「おまえのような者にくれてやる飯など無いわ」

言うなりピシャリと戸を閉めてしもうたのだと

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悲嘆な老人のさまじゃったが この様子を畑仕事から帰ってきた もえが見ておった

「爺様 腹が減っておるなら うちに来て食うがええ」

もえは身なりも哀れな老人を家に迎え入れ なけなしの飯を振る舞うてやった

ひと通り腹を満たした老人は もえに何度も礼を言い そして自らの顔に生えていた一本の長いヒゲを抜き取ると これをもえに渡してこう言うたそうな

「この先 何ぞかし困る事でも起きようものなら このヒゲを近くの池に浮かべ救いを求めるがええ お前様の気性に免じて必ず願いは聞き届けられよう」

それだけ言うと老人はまたいずこへと旅立っていった

妙なものをよこして妙なことを言うもんじゃと もえは思うたが折角の言い様じゃし戸棚の隅にしまっておいた

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そんな夏の事 暑気にでも当てられたか夫の竹次郎がぐったりと寝込んでしもうた

畑仕事もままならず一日中寝込む夫を もえは熱心に看病したが竹次郎の容態は日に日に悪くなるばかり このままではあの世へも行きかねん様子じゃった

もえはあの老人の言うたことを思い出した 何も打つ手がない今は藁にもすがる思い

戸棚から取り出したあのヒゲを持って村外れの籠池を訪れ岸辺からそっと そのヒゲを浮かべて祈った

「どうか竹次郎さの病を治してやってください」

もえが熱心にそう祈るとヒゲは一瞬キラリときらめいたかと思うと静かに沈んでいったそうな

(池の龍神様が取り込まわれたのやろか)

そのようなことを思いながら家に帰ると これはまた驚いた

あれほど 血の気も失くして寝込んでいた竹次郎がさっぱりとした面持ちで起き上がっているではないか

「お父さ どうした もう具合は良いのか」

「ああ 何やらわからんが先程から憑き物が落ちたように気分が良うなった」

ふたりして喜び合う夫婦 もえはこれまでのことを竹次郎に話して聞かせたのだと

「そうか それは龍神様が我らを助けてくれたのかもしれんな 有り難いことじゃ」

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翌日 ふたりは揃って籠池に出掛けたそうな

貧しい暮らし向きの中からでも何とかお酒や団子をこさえると 籠池の畔に供えふたりして龍神様に礼を捧げた

この様子を池の中から眺めていたのが一匹のナマズ

実は先日 水面に浮かべられた長いヒゲを引っ張り込んだのもこのナマズやったのやと

籠池はその名のとおり籠の目から水が漏れるように支流の多い池じゃった
以前からふいに波が立ったり大きな音がするなど村人からは”主” のおる池と呼ばれておったが このナマズのしわざやったようや

まるで自分のために供物を捧げられたように思えてナマズは嬉しかった
ぶいぶいとヒゲを震わせ池にはさざ波が立った

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ところが それから何日か経った頃 今度は隣の銀蔵が病に伏せってしもうた

起き上がって水を汲むことさえ満足に出来ず苦しんでおったが 日頃の性悪な態度も祟ってか 村の誰からも気に掛けてもらえなんだのだと

ここでも気の良い もえと竹次郎は夫婦して代わる代わる銀蔵を看病してやったが これもまた悪くなるばかり

竹次郎の時のように池の主にお願いをしようと思うても もうヒゲはあれきり 今は無い

やむを得ず もえと竹次郎は手ぶらで池を訪れた

「龍神様 今度は隣の銀蔵が病になってしまいました」
「けど もうあの時のヒゲはありまへん 無理を言うてすまんけども どうかもう一度ヒゲを授けてもらえませんでしょうか」

これを池の中から聞いていたのが あのナマズじゃった

− こりゃ困った事になったわい あのヒゲは龍神様のもんじゃったか −
− 夫婦の願いは何とかして叶えてやりたいが あのヒゲはもうなし −

考えあぐねたナマズは自分のヒゲを抜いて水面へとそっと浮かべたのだと

そして どうせならと思うたか池の中からもっともらしく こう告げたそうな

「このヒゲを持ち − 籠池の主は有り難い主 − と百ぺん唱えながら春日野坂を右回りに周れ その後 再びこの池に参りヒゲを沈めると良い」

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夫婦はこのお告げにすっかり喜び 言われたとおりヒゲを手に − 籠池の主は有り難い主 − と百ぺん唱えながら春日野坂を周ると池に戻りヒゲを沈めた

すると どうしたものか ナマズの出まかせにも関わらず 銀蔵の病も間もなく治ってしもうたのじゃと

一度は死にかけた銀蔵 竹次郎夫婦から事の次第を聞いた銀蔵は身を震わせて今までの行ないを悔いたそうな

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連れ立って籠池に参る三人 二度に渡り我らを助けてくれた神徳に感謝した

ところが 当のナマズは意気消沈 池の底でじっとしておった

竹次郎たちの想いに応えるためとはいえ たとえ出まかせの神徳のためとはいえ大事な自分のヒゲを抜いてしもうた

ヒゲが無ければナマズではない ヒゲが無ければ波を起こすことも出来ないし音を起こすことも出来ない

寂しくつまらない毎日にふさぎ込んでおったのじゃと

 


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そんなある日 籠池の空がにわかに曇ったかと思うと紫雲を引きずりながら大きな龍神が現れた

龍神は籠池を覗き込むと 突然のことに打ち震えるナマズにこう言うたそうじゃ

「こりゃ ナマズ 布引の神たるわしの名を騙るとは不届き至極な奴じゃ お前のなした事は神罰に値する これからはこの池で住まわすわけにはいかぬ」

あまりの出来事にぶるぶると震えておったナマズやったが これを見下ろしながら龍神はこう続けた

「されど お前の行ないは自らのためだけにしたことではない よってこれからは竹次郎の家のそばにある小さな池に住もうて鎮守となり 村のために尽くすが良い」

そして 最後にこう付け加えたそうな

「そうそう お前のヒゲも元に戻しておいてやろうぞ」

この話はいつしか村人たちの知るところとなり それから村で何か困りごとが起きた時には 人々は何かキラリときらめくものを手にしながら「かすがの坂のナマズは 気のいいナマズ」と唱えるようになったということじゃ

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龍神様としては神罰というよりも、苦笑い込みのお褒めのはからいだったのかもしれませんね。

かすがの商店街にはアーケードサインの他にもナマズの可愛いモニュメントもあり、地元の人たちだけでなく、初めて訪れたお客さんにも陽気な愛嬌を振りまいています。

 

 

 

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