水と連なる女の性 命をも焦がすその物語(前)- 静岡県


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『 天城越え 』は歌手 石川さゆりさんによる大ヒット曲、愛の情念に焦がれる女性の心模様が鮮やかに歌い上げられて、演歌にあまり興味が無くてもこの歌は好き!という方も少なくないのではないでしょうか。
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「天城越え」は別名「天城路」とも呼ばれる静岡県 伊豆半島を南北に分かつ天城山脈を越えるための峠道で往古には下田街道最大の難所でもありました。
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既に崩れ行く男女の情愛に それを知りつつ生死をもってしても この愛を貫き通したい女性の燃え上がるような想いとその苦しみを”天城の難所越え” にかけて 吉岡治(作詞)
弦哲也(作曲)お二人によって作られた名曲です。
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時代が下って交通の便が良くなると その風光明媚な佇まいで多くの文人にも愛され「伊豆の踊子」などの舞台ともなり、各温泉地の魅力も相まって人気の観光地ともなりましたが、この歌のヒットのおかげでややもすると古風な それでいてドラマティックなイメージが付加されたのかもしれませんね。
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静岡県には”水” と女性にまつわる伝承が多く残っており、歌『天城越え』の歌詞にも出てくる「浄蓮の滝」に関するものと言えば まんが日本昔ばなしでも放映された「浄蓮の滝の女郎蜘蛛」が有名ですね。

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「浄蓮の滝の女郎蜘蛛」−−−−−−−

今は昔 湯ケ島の与市という者が用をなしての帰り
浄蓮の滝のたもとまで来て疲れをおぼえ 切り株に腰掛け一服ついていた

しばし息をついて さて歩き出そうかという時 足元に妙な重みを感じ見下ろすと
いつの間にか与市の足に蜘蛛の糸が幾重にも巻き付けられている

言いようもない不安をおぼえた与市は その糸を解くと今まで座っていた切り株に巻き付け直しその場を去ろうとした

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ところがその直後 切り株はメキメキと音を立てて傾き やがて地面から引き抜かれるとついには滝壺へと吸い込まれていった

あまりの出来事に震えが止まらない与市に 水しぶきの奥から妖しい響きとともに女の声が聞こえてきた 「今日ここで見たことを誰にも話されぬよう・・」

その声は滝の主であったのか その後 与市は言いつけを守りこのことを他人に話さず
また黙々と仕事にも励んだため近在一の豪農となり そして滝の周り一帯を神域と定めそこにある木の伐採を禁じ 安らかな生涯を全うした

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しかし その数十年後 この地を訪れたひとりの木こりがこの言い伝えを軽んじて滝の森の木に手をつけた

斧を振り下ろす木こり ところがどうしたことか斧は手を滑り滝壺の池の中へ

慌てて水に飛び込み斧を探そうとする木こりの前に 虚ろな光に包まれた女が現れた

「斧は返してあげましょう されど今後この地で木を切ってはなりません そして今日ここで見たことは誰にも話してはなりません・・」

それだけ告げると女はまたかき消すように消えた 道端には木こりの斧が転がっていた

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度肝を抜かれたように その後おとなしくなった木こりであったが ある日酒の席で口を滑らせ滝での出来事を話してしまう

その途端 辺りの景色は暗やみはじめ 真黒な雲が沸き起こったかと思うと 耳をつんざくばかりの雷鳴が轟いた

腰を抜かさんばかりに驚いた酒宴の者たちがようやく落ち着きを取り戻した頃 誰となしに気がついた 木こりの姿が消えていたのだ

数日後 木こりは滝壺の池で骸となって見つかったそうな

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この話の場合、池の主は女郎蜘蛛の精ということになりますが、蜘蛛は糸を紡ぐというところから”機織り” と象徴付けて語られ “機織淵(はたおりぶち)” などとの関連も考えられます。
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古来、機織りは女性の仕事とされてきたため 機織り=蜘蛛=池の主は女性 の構図がこの話の中で成立していますね。
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池の主とこれに関わった男たちとの間に恋愛的な感情はありませんが、約束を違えず 森一帯の保全を守った与市には安寧と栄華を、破った木こりには厳然とした怒りと水底にまで引き込む制裁を課した顛末には、良否問わず女性的な情念の強さを感じずにはいられません。
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元々 “水” と “女性” とは関わりが深いと言われます。全てを生み出す”生” の源であると同時に常に揺れ動き形を成さない”水”、 平穏でありながらも 時にいかなる障壁を乗り越えてでも思いを遂げようとする一途さは洋の東西を超えて女神ならではのものなのかもしれません。

 

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さて、これとは別に 水、池、沼に関わる精 / 神と言えば多くの場合水神様、すなわち蛇、龍神が多く登場していますが 次回ご紹介する同じ静岡県に伝わるお話もこれら水神に関わる話となっています。

 

水と連なる女の性 命をも焦がすその物語(後編)

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