吉里吉里善平(前) − 岩手県

”吉里吉里” きりきり と読みます。
岩手県南東部、大槌湾・船越湾に面する海辺からも程近い閑静な町です。 吉里(よしざと)と呼ばれる地名は数ある中で きりきりとそれも二つ並ぶ興味深い読みの地名ですが、1981年刊行された 井上ひさし著「吉里吉里人」の仮想舞台の地であり ご存知の方も多いかも知れません。 叉 湾に浮かぶ蓬莱島は同氏の代表作のひとつ「ひょっこりひょうたん島」のモデルとも言われています。

この地域も先の震災で言葉では尽くせないような打撃を受けましたが、人々の強い意思と希望の熱意で少しづつ復興への道を歩んでいます。

今日は この吉里吉里に住んでいた善平という、人柄は良いものの暮らし向きはとても貧しい男のお話です。

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さても今は昔、
ある年 吉里吉里の村では田畑の実りも良く漁の上がりも良かったので、ここはひとつ神様へのお礼も兼ねてお伊勢参りでもするべ と言う話しになったそうな
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村で一番小さな家に住んでいた善平も誘われた
一生のうち遠くの地を見て周ることなど そうそう有り得ん時代
善平もぜひとも皆と一緒に行ってみたかったが 何しろ暮らしに余裕がない
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やむなく 旅立つ皆を見送ったそうな
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とは言うものの やはり残念でならない
考えていると居ても立ってもいられなくなり ついには細々と貯めた僅かばかりの銭を袂に入れると さっさと旅支度をして明くる朝には皆の後を追って家を出た
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まだお日さんも山の向こうから僅かに顔をのぞかせ始めた頃、村はずれのお地蔵さんの前にかがんで手を合わせた
(お地蔵さま、どうか無事に帰って来れますように・・)

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せっかくの旅なら皆と和気あいあい楽しみながら旅したい
(何とか気張って皆に追いつくべや・・)
そんなことを思いながら急ぎ足で山道を急いでいるといつしか峠の頂に届いた
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見下ろす景色の先には木々の合間から西へと続く道が見える
(追いつくのは明日になるかのう・・)
ともあれ気張らにゃぁいつまで経っても追いつかん
善平 また気を取直して坂道を下って行った

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ところが どうしたことか、坂道を下りきった頃からそれまで晴れ渡っていた空に にわかに黒雲が湧き出したかと思うとポツリポツリと雨を落とし出したのだと
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さっきまであんなに晴れていたのにと思う間もなく雨足は勢いを強め、一丁と進まん間に前さえまともに見えんほどの降りになってしもうた
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いくらなんでもこれは堪らんと善平、道すがらにあった林に逃げ込んだそうな

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そこは昼なお暗いほど木々が生い茂った林、鬱蒼とした佇まいの向こうにキラリと光って静かな沼が見える・・
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(ちょうどえぇ、ここで喉さ潤しながら雨の上がるのを待つとすべ・・)
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沼にとり付き手の平にその澄んだ水をすくっていると
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“ 善平さん・・ 善平さん・・ ”  善平を呼ぶ声が聞こえる
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(はて? 村の者が居たのか? 若いおなごのような声だったが・・)
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訝しく思って周りを見渡してみたが誰も居らん
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気のせいかと再び水をすくおうとすると
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“ 善平さん・・ 善平さん・・ ”  また聞こえる
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ええぃ! 誰のいたずらかと顔を上げた途端、善平の体は強張ってしもうた
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目の前に広がる沼の真ん中に赤子を抱いたおなごがスゥっと立っておるではないか
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目を見開き声も出せんと突っ立ったままの善平の前に そのおなごは水の上を滑るように近づいてきた

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「驚かせてすみませぬ」 おなごは静かに話し始めたそうな
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「雨を降らせて貴方をここに導いたのも私です」
「貴方はお伊勢さまに参られるご様子 つきましてはどうか私の願いを聞き届けて下さりませんでしょうか」
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善平はもう只々うなずくだけであった

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「私がこの沼に嫁いでからもう三年の月日が流れます。 その間 大阪の父母へは一度も私の消息を知らせておりませぬ」
「願わくば ここにあります手紙を伊勢参りのついでに父母まで届けて下さりませ」
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あぁなるほど、と善平もようやく人心地つきはじめてきたそうな
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「わ、わかった、この手紙さ お前様の親御に届けりゃええんじゃな・・」
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善平が承諾してくれたので おなごはとても喜び、両親の居る沼の場所や呼び出し方を教えると 胸元から濃紫の巾着を出し善平に与えた
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「お礼としてこれを差し上げます、中には百文の銭が入っていますが使う時は必ず五文でも一文でも中に残しておいて下さい、そうすれば次の日にはまた百文に戻っていますから・・」
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「では、お頼もうします・・・」 その声とともに赤子を抱いたおなごは沼の霧に吸い込まれるように消えていった・・

 

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「おおい!善平!」
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ふと、気付くと善平は往来の真ん中に立っておった、空は晴々としておる
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聞き慣れた声に振り向くと何と追っていたはずの村の衆ではないか
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「やっぱりおめぇも来たんか? そりゃぁ良かったのぉ」
「そえにしてもいつの間におら達を追い越したんじゃ?」
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聞けば 先の峠下から数里ほど進んだ宿場町ではないか
あの おなごが押し届けてくれたのか?
それともあれは夢でも見ておったのか?
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善平はそっと袂をまさぐってみた
そこには やはり一通の手紙と巾着が入っている
やはりあれは夢ではなかったのだ・・
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「どした? ボケーっとしおって、狐にでもつままれたか?」
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村の衆が からかうように聞いてくるが あのようなことを話しても仕方あるまい
いやいや、うかつに話すべきではなかろう
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「いやぁ あまりに急いだで少しばかり疲れたかな・・」
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笑ってごまかし それからは皆と同じ宿に泊まり旅を続けたそうな

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そん頃 江戸から伊勢へのお参り旅が往復ひと月がかりと言うから 岩手の村からならその倍程かかる、それでも皆と歩く旅路は楽しいもんじゃった
それに あのおなごがくれた巾着のお陰で銭に困ることもなかった
言われたとおり一文でも中に残しておけば翌朝には百文に戻っておる
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陸奥を越え、江戸で面食らい、駿河で一服、尾張を抜けて伊勢へ入った
お伊勢参りはみな初めて見るものさわるものばかりで珍しく またたく間に時は過ぎていった

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ひとしきり伊勢参りを満喫して それでは帰郷すんべえかという時、善平は切り出した
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「実は身内に頼まれた土産をまだ見つけとらんで、すまんけど先に発ってくれ」
皆が村に向けて旅立つのを見送ると 善平は身支度を整え宿を出た
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目指すは大阪、あの おなごとの約束を果たすためなのは言うまでもあんめ・・

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東海道五十三次 という言葉にあるように 当時 江戸から京に至る街道沿いに53箇所の宿場町が整備されていました。 江戸時代中盤からはお伊勢参りを名目とした庶民の観光旅行も増え街道を行き交う人々の数もそれなりに多かったようです。
往路は東海道を通って伊勢参り、帰路は中山道を使い信州善光寺経由で帰郷というのが定番でもあったようですね・・
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とは言え、ある程度 経済規模の発達した江戸や大阪ならまだしも、経済力の高くない地方、片田舎からのお伊勢参りというのは中々に大変だったのではないでしょうか・・
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さて、村の衆と別れてひとり大阪を目指す善平さん、この後どうなりますことやら・・

 

 

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