その出入り口は神仏に通ずるか前談

子供の頃・・ですから55年程前のことになりますが、親が銭湯に住み込みで働いていました。 住み込み・・つまり銭湯の敷地内に居住空間があって、日々の入浴となると当然 銭湯の湯をもらいます。

「毎日 タダで大きなお風呂入れて良いな?!」などと当時は言われたものですが、親にしてみれば朝から深夜に至るまで、気も使えば身体も使う大変な仕事だったのでしょう。

日も暮れる7時・・は「ウルトラマン」見てただろうから、8時頃でしょうか、いつもひとりで風呂に入りました。男湯浴場の突き当り(奥)にある小さな扉を内側から開けて入っていったので、知らない人は驚いたかもしれませんね・・。

男湯と女湯、両方合わせれば それなりに広い面積であり湯量も相当なものになります。おまけにうちの銭湯は浴場の奥面に(富士山などの)タイル絵ではなく、岩を組み合わせて造った滝のようなお湯の流れを凝らしてあったので、相応な湯気が発生したのでしょう。 浴場の天井はとても高くとられており、外から屋根を見ると3階建位の高さがあったことを憶えています・・。

当時を思い出しながら描いた図

 

湯気が籠もり過ぎないための構造でしょうが・・。
翻って江戸時代の銭湯「湯屋」となると、これがまた後の世と異なり特徴的なところも多く、そのひとつに「柘榴口(ざくろぐち)」というものがあります。

(身体を洗う)洗い場と湯船の場は大きな板壁で区切られており、そこに人が屈んでくぐれる程度の小さな出入り口が設けられていました。これが「柘榴口」です。 昭和時代の銭湯のようにボイラーで湯を沸かし配管で送湯できる時代でもなく、湯そのものを沸かすことも一苦労だった時代、湯船室の湯気や熱気が抜けて湯が冷めてしまわないための工夫ですね。

・・この「柘榴口」のため、湯温の低下は抑えられたものの、照明にも乏しい時代、湯船の部屋はかなり暗いものであったようで、入浴しようとする者は中で他人とぶつからないよう「柘榴口」で一声かけてから入場したといいます。

画像 左奥に見えるのが柘榴口

気を遣わなければならないほど暗い浴場・・というのも何ですが、基本、明治に至るまで男女混浴であったといわれる古の銭湯。(途中何度か混浴禁止令が出されたものの、何やかやと持続) 混浴で危惧される(はたまた期待される?)視覚的トラブルは思いの外少なかったようです・・。

 

・・で、この「柘榴口」。銭湯の近代化につれ無用のものとなり今はもう面影さえ残っていないのですが・・。 当時の「柘榴口」はただの仕切り板というだけでなく、その外観にも定番的な意匠が凝らされていました。大まかに分けると “上方の風呂✻” だと “破風型”、”江戸の湯屋” だと “鳥居型” を標榜し、色鮮やかな彩色がなされていたともいわれるそうで・・。(✻ 上方は湯屋と呼ばず風呂と呼んでいたとか・・)

何故「柘榴口」にばかり このような装飾をしたのか明確ではありませんが・・、ひとつには “湯浴み” という “禊” にも似た行為に、”魔除け” や “縁起物” の概念を重ね合わせていたともいわれています。 “柘榴の実” が子宝などに通じる縁起物であることから この名が付けられたのだとも・・。(もっとも湯屋で子宝・・はマズいでしょうがw)

ともあれ、心身共に清める場でもあり、あまつさえ先述のとおり暗く静かな湯船場への情景は、もしかすると天照大神が籠もりし岩屋のような神聖さがあったのかもしれませんね・・。

ただまぁ、他の一説として「柘榴口」の語源に・・。
当時の鏡(銅鏡に錫メッキを施したもの、割と高品質)の鏡面を磨くときに柘榴の実の搾り汁を使ったそうで、このことから “鏡に要る” → “屈み入る” のダジャレであったとの話もあり・・(おそらく身繕いのため湯屋にも鏡を置いていたでしょうし・・)どうなんでしょうね・・w。

 

一方、やはり入浴という行為は古来 仏教と強い関わりがあり、柘榴口の意匠もその名残りである。という説も確して伝わっています。

江戸時代にあっても大量の湯を沸かすというのは潤沢な水と燃料、そして多くの労力・リスクを要するもの。江戸市中には最盛期 600軒近い湯屋があったともいわれますが、江戸、京、大阪など都市部ならともかく地方にあっては、”風呂・入浴” そのものがそれなりに貴重なもの・・。 まして江戸時代以前ともなればなおさらです。

そのようなとき、人々に入浴の機会を供したのが寺でした。

月に数度、僧侶が身を清めるために湯を沸かし入浴した後、里の人々や旅の者に風呂を開放したのだとか・・。これを「施浴」といい、垢も流せれば仏の慈愛にも触れられる、村人たちにとって特別な日であったのでしょう。

一面には 寺の布教としての思惑もあったようですが、日々の暮らしの中で楽しみの少ない時代、入浴はまたとないリラクゼーションとなったのではないでしょうか・・。

一説に入浴は、元々 仏の像を洗い清めたことにその初めがある。・・という話もあります。

そしてまた、入浴にまつわる伝承、柘榴口にまで連なる由来に、ひとりの高貴な女性の存在があります。

次回、その女性にまつわるお話をお届けしたいと思います・・。

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