導かれし蒼き湧水 別府弁天池 – 山口県

かつては長門国(ながとのくに)とも呼ばれた山口県、その西に位置する美祢市(みねし)。市の最も中心部にあたる交差点に立って見渡してみても、四方に山の峰が見えるほど周囲を山に囲まれ、古く “峰” という意から転じたともいわれる市名からも分かるように 静かで自然豊かな場所なのです。

また この地域は、地図で見て目につくほどセメントの採掘地があるように、石灰質の土壌を持つことから万人が知る「秋芳洞」そして「秋吉台」を擁しており、市全域がジオパークとして認定されているほどの景勝地・地球遺産でもあるのです。 国内最大規模の鍾乳洞窟「秋芳洞」、大カルスト台地「秋吉台」の人気は高く観光客も絶えることがありません。 私も訪れたことがありますが、その荘厳さと異彩の景観には圧倒されたものでした。

また 市街地 南の山間に位置する「万倉の大岩郷(まぐらのおおいわごう)」は、原始の時にまで遡る岩塊流であり、地学・地質学の進んだ現在において尚 その形成に謎多きスポットです。巨石の津波とさえいえそうな異様は他で見ることのできない壮観です。

稀有なる地勢をもつ美祢の地、その土壌ゆえに畑作・農作というよりも明治期以降、炭田や石灰石産出で知られた場所でありましたが、それら工業物資に縁のない古き時代にあっては やはり多くの農民が住まう土地でもありました。

本日は、この峰の地、秋吉の里に住んでいたひとりの名主さんのお話をお届けします・・。

秋芳洞

 

『弁天の湧き水』

さても今は昔 秋吉の麓の村に小さく貧しい村があったそうな

この辺りは岩地が多く土も痩せているため稲を植えても育ちが悪く
また 水に不自由することも多かったため 村はいつも貧乏な暮らし向きじゃった

この村の名主と呼ばれる者に “イワミ” という名の人がおったが
名主とはいえ さして蓄えがあるわけでもなく 小さな蔵にもその年が何とかしのげる食い扶持がある程度じゃった

人というものは面白いもので富が増えてくると さらにそれを追い求めるようになるが
貧しい暮らしが普通になると何とかそれでしのごうとする

この名主さんもそんな慎ましい生活を健気にすごしておったが それにしても この村の貧乏なこと 土地の貧相なことには常々頭を悩ませておったと・・

「あぁ、何とか豊かな実りが得られぬものか・・ 村人皆が笑って暮らせる日は来ぬものか・・」

そのような悩みが つい口に出てしまう・・

 

とある晩 虫の音さえ聞こえんようになった頃・・
名主さんの夢枕にひとりの翁が現れてこう告げられたそうな

「秋吉台のふもとに鎌を振れ 豊かな実り その地に栄えん」

翌朝 目覚めた名主さん にわかに信じられぬ心持ちではあったが ふと見ると寝床の脇に見知らぬ鎌が置かれているではないか

あの夢に現れた翁が手にしていたものか・・
常日頃からの悩み 願いが天に通じたかと さっそく村人たちを集め夢のお告げを説いた

秋吉台の麓も この村とさして相違なく荒れた地であったため このお告げを訝しがる者もおったが このまま何もせず飢えるより良かろうと名主さんを筆頭に村人総出でこの麓を開墾することになったのだと

 

岩の多い地を開墾するのは骨の折れる仕事で皆 苦労が絶えんかったが やがてそれなりに広い地を開くことができたそうな
とはいうものの やはり地のりが地のり故に水が出ん
水が出んと稲や麦はおろか芋さえ植えられん

これは今一度 神頼みする他なかろうと 二十一日の間 名主 村人共々水乞いの祈りを捧げた
すると二十二日目の晩 名主さんの夢枕にまたしてもあの翁が現れ

「祠を作り 北なる弁財天を求め これを崇めよ 一杖の青竹をもって水の源を求めよ」

喜んだ名主さん 目覚めるとすぐに村人達と開墾地のそばに弁天様の社を建て
裏山から一本の青竹をとってきては杖として水源を探し始めた

ところが中々水源は見つからん
来る日も来る日も当て所なく探し回ってみたものの小さな湧き所さえ見つからん

ある日 あまりに疲れ果て社の所まで戻ってくるとヤレヤレとばかりに座り込み
持っていた青竹を「ヨイショ」と地面に突き立てたその時・・
刺したはずの青竹がグイと持ち上がるではないか

何ぞとあわてる名主さんをよそに青竹はグイグイ持ち上がる
よもやとばかりに竹を抜いてみれば そこには こんこんとして水が湧き出てきたのじゃった
まさかに初めに建てた社の元に源があったとは・・
驚くことに その湧き出る水はたった一晩で蒼く大きな池となったそうじゃ・・

おかげで開いた麓の地は水に事欠かず いつしか土地も肥え豊かな実りを結ぶようになり
名主さん共々村人たちも笑って暮らせる日々がもたらされたそうな・・・

 

この池は説話の経緯から「別府弁天池」と呼ばれ、現在も健在で国の名水百選にも選出されています。驚くほどの青さ、水深4メートルの底まで透き通った いわゆるコバルトブルーの景観。 「別府厳島神社」の境内にあり、神秘的な色合いと湧水特有の透明感で近年、観光客にも人気のスポットとなっています。 秋の深まりに合わせて紅葉も映えるスポットにもなるそうです。

・・村の名主や長者というと昔話の中においては欲張りであったり、傲慢であったりと悪者キャラとされることも少なくないのですが、こちらの名主さんは村人たちのために粉骨砕身された方のようで正に長の鑑といったところでしょうか・・。

『別府弁天池』 参考サイト(一社)美祢市観光協会

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