夜遊びしたいしたくない夜行の日 – 徳島県

11月19日追記 「お詫び」
先日18日(木)投稿『夜遊びしたいしたくない夜行の日–徳島県』 文中初段の「本日 11月4日は辰の日・・」の記述につきまして・・、 本記事は11月頭に執筆、4日に投稿する予定でしたが、諸事情による投稿記事の差し替えが起こり文章と日付の齟齬が生じてしまいました。お詫びしてご報告させていただきます。 ROCKZOU

 

日の入りも早くなってきました。午後5時もまわる頃には辺りも夕闇に包まれ始めます。 2021年、本日 11月4日は辰の日(ひのえたつ)今日は仕事も用事も早めに済ませて、日が暮れにはお家の中でゆっくりくつろいでいましょう。

間違ってもふらふら夜遊びなどに出掛けてはなりません。蹴り飛ばされてしまいます。下手をすれば命に関わってしまうかも・・。

 

いったい何に蹴り飛ばされてしまうのか?
それは恐ろしくも首が絶ち落とされた大きな馬なのです。さらにその背には身の丈八尺もあろうかという単眼(一つ目)の鬼が跨がっており、時によっては その姿を見た者を一睨みで呪い殺してしまうとさえ言われています。

名は『夜行さん』(やぎょうさん) 四国、特に徳島県を主にして日本各地に伝わる妖怪、その名のとおり夜の帳が満ちる頃、何処此処となく首無し馬に乗って徘徊、または勢いよく走り抜けてゆく。うかつにその行中に遭遇してしまった者は災難を被るらしいとのこと・・。

只、来る日も来る日も夜になると現れるという訳ではなく(そんなに毎晩来られたら敵いませんねw)、またいつ出るのかわからない というものでもないそうです。

出没するのは その名も “夜行日”(陰陽道における物忌みの日、月平均一日位、本年11月4日はその中の一日)、あと節分や大晦日の夜らしく、ここから想像するに、季節であれ年の変わりであれ、はたまた陰陽歴道であれ、何かしらの区切りの時にやって来るということが朧げながらにも見えてきそうです。

そもそも “夜行” とは、古来 祭礼を施す際に その前夜、神様が神殿を出て祭殿や御旅所などに渡られることを言ったそうです。

つまり 人智を超えた存在である畏れ多い神様の姿を人が見るべきでない、神様が通られる夜行の御先を汚すべきではない、との思想が「夜行さん」伝承の根底に流れているとも言えるでしょうか。

似た話として2019年8月にポストしました、島根県出雲にまつわる伝承「夜の帳の神事 大社とみねんげさんの話」を彷彿としますね。 その意味では「夜行さん」妖怪というよりも神様に近い存在なのかもしれませんね。

地元では古く こういった日の夜は戸外に出ることを憚っていたと言われています。

 

では何故、首無し馬なのか? 単眼の鬼なのか? といったところですが、その理由に対する明確な言い伝えは残っていません。

最も考えられる要因としては、”神様” と言えば却って “一度この目で見てみたい” と思い夜戸出する輩が出るかもしれないのに対し、”殺されるかもしれない化け物” としておけば、それも減るだろうという一種の “脅かし” のようなものでしょうか。

戦乱にまみれた世であれば尚更、平穏な世であっても古くは行き倒れた馬の骸は多く見かけられたそうですし、単眼の鬼のモチーフは古来から見られたものなので、化け物・妖怪の姿としてはキャラクターを立てやすかったのかとも思えますね。

しかし「夜行さん」の本質が、純粋に神様だけであったかというと、全てが全てそうとも言い切れない事情もあるのです。

 

戦国時代を生きた阿波国に “小笠原成祐(おがさわらなりすけ)” という武将がいました。

“叛服常無し” の言葉のごとく群雄入り乱れて、その勢力図 主従関係を頻繁に塗り替えていった戦乱の世、阿波の国守であった三好氏に仕えていた成祐でしたが、三好氏の衰退と内部分裂に翻弄され離反、後は四国の覇権を目指す長宗我部元親に臣従し最前線で戦うことになります。

幾度もの危機に晒されながらも戦い抜き、やがては信長の横死によって勢いを得た長宗我部軍が四国を平定すると、家臣としての恩賞を与えるという報に夷山へと向かいました。
しかし、その行路、長宗我部の一派による急襲を受け自害へと追い詰められたのです。

この事件は、かつての敵方から翻入した者を信じないという元親の苛烈な思想であったとも、長宗我部臣下の策謀であったとも言われていますが、仔細明らかではありません。

いずれにせよ、臣従と奮戦に対して謀殺という報いを受け 無念の最後を遂げた成祐は怨霊となって長宗我部一族を呪ったと言われます。

そして、この小笠原成祐こそが「夜行さん」のモデルとなったという話が伝わっているのです・・。

 

「百鬼夜行」の言葉があるように「夜行」には元々 神様であれ妖怪・怨霊であれ、人間界とは異なる世界の者たちが現世に現れ往来する様を表しています。

そしてそれが、季節や祭事の区切りに特に見られるというのは、一般に月日の日付も蒙昧で 暦さえ一般的でなかった時代、これら節気や雑節を人々に明確にし、季節の変遷とそれに備えた生活を促す役割を持っていたのではないかとも思えるのですが如何でしょう・・。

先日 10月31日は、近年 日本でもメジャーとなった “ハロウィン” の日でしたが、元々ケルト信仰に基づくと言われるハロウィンも、魔界と現世を繋ぐ魔物往来の日であると同時に、秋の終わりと冬の到来を知らせる祭祀の日だったと言われます。 日本のお盆の秋冬版といったところですかね。

キリストの生誕日である “クリスマス” でさえ、元は(いわゆる)冬至の祭日であったという説もあるほど・・、季節や気候の移り変わりを知らせ、次なる節の安寧を願う祭事は洋の東西を問わないといったところでしょうか。

 

ともあれ、近年の季節・気候の移り変わりは先が読めません。今年は “秋” の過ごしやすい気温日が少なく、夏のような温度から急激に冬へと至っているような様相も見えます。
これでは「夜行さん」もあたふたしてしまいそうな按配ですね・・w

コロナウイルスも比較的 低い水準とはいえ、くれぐれも夜遊びなど程々になされますよう・・

 

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