あの菓子の人の武勇伝、薩摩の兵六物語(四)- 鹿児島県

© セイカ食品株式会社 様

二才(若衆)仲間を相手に賭け?それとも単なる見栄を張っただけだったのか、ここ吉野原を散々な目に合いながら彷徨い続ける兵六さん、報奨の栄誉の宴(原典においては、宴、ご馳走、二才仲間の刀全て、+ 可愛い人 という盛り沢山な賞約)は 遠のくばかり・・

ようやく 取り押さえた狐二匹であったものの、父・兵左衛門に化けた狐に騙され取り逃がしてしまうことになってしまいます。

しかし、化けた人物が人物、こともあろうに父親の姿を使われ化かされたことに兵六の悔しさと怒りは頂点に達していたようで・・

 

ーーーーー

また化かされた

また騙されてしまった

せっかくに捕えた狐を 父親に化けた狐に化かされ みすみす逃してしまうとは愚の骨頂

この上は如何なるを持ってしても たとえ地の果てまでも追いすがろうとも
必ずや再び獲って捕まえ一気に突き殺しこの無念を必ずや晴らさん

駆け出す兵六

この時の兵六の決意は並々ならぬもので 気概が通じたのか 狐どももこれ以上逃げるのを諦め小松ヶ原まで走り込むと またくるくると三四回 宙返り

葛の葉を乗せ 尾花の簪 落ち葉の櫛 世にまたとなき別嬪の姉妹と化けた
涼やかな眼差しは芙蓉に似て その唇は牡丹の如し
着物は菊と桔梗の裾模様 どちらがどちらとも言えぬ美しき女性

このような場では如何な貴人と言えど心惑わすもの
色にもうつつな二才ともなれば尚更のことであろう

先程まで鬼のごとき形相で追ってきた兵六も この二人の姿を目に留めるや
たちまち その勇足も おぼつかなくなり 怒り心頭だった頭も 春のごとき穏やかな風に満ち
それどころか先ほどとはまた違った ほの熱き血気沸き立つ始末

ついには

~ 千早振 神代もきかず茅原に かかる千草の花もありとは
月やあらむ 春や昔の兵仲間 ひいて吉やと 今は業平 ~

などと 歌を送り すると女の方も

~ かきくらす心のやみの隙間より 野狐つきにしと法はさだめよ
起きもせず寝もせで夜を明かしなば さぞ御難儀な筈こそあらね ~

と返す案配

男女の仲を取り持ち 荒ぶる者の心根をも和らげ獣の情にさえ届くものは和歌をおいて他にない という兵六のいささか似つかわしからぬ想いから出たものであったが・・

 

しかし兵六 いまだ心の隅に正気の欠片が残っていたのであろうか
ここでハッと気を取り戻した

さてよ 日も暮れきったこのような山間に女が二人 供も連れずに居よう筈がない
あやうく騙されるところであったが こ奴らこそ憎き狐どもに相違あるまい

やにわに目の前の女に掴みかかるとその場に引き倒し 馬乗りになると白い腕を捩じ上げた

女は叫び声を上げ 目に涙を溜めながら訴えたそうな

– 何をなさいますか若侍様 初見の女相手にこのような酷い仕打ち あまりでございましょう –
– 私どもは名のある侍の娘で菊と桔梗 今宵は帖佐村米山の薬師様にお札を納め帰る途中 道に迷うてこのような刻となってしまい ようやく吉野の麓へと辿り着いたばかりというに –

しかし 兵六 今度ばかりはその手を緩めず益々力を込めながらこう言い返した

「今更ジタバタするな この女狐めが! すぐにその化けの皮を剥がしてやるわ!」

そして 持ってあった荒縄で菊を縛り上げ 傍らの松の木に吊りさげたのだと

 

さて この女狐 どうやって懲らしめてくれようかと思案を巡らす兵六であったが・・

そうこうしているうちに麓の方角からいくつもの提灯に照らされて幾人もの人の声が聞こえてくる

兵六の手を逃れ麓の番所まで走り込んだ桔梗の知らせによって駆けつけた庄屋 牧野駒右衛門とその配下であった

– やれ あの男をひっ捕らえよ! 人様の娘を捕まえて狼藉をはたらく不届き者! 直ちに打ち据え目にもの見せてくれるわ! –

これは どうしたこと まさか この捕らえた女狐は真正 人間であったというのか・・

手に手に捕物棒や刺又を持つ者共に幾重にも取り囲まれ 兵六は青ざめながらその場に突っ伏し 土下座した

「これは思いもかけない醜態 狐違い 人違い 私 城下の侍で名は大石兵六 今宵 吉野原で悪さの絶えぬ狐どもを成敗してくれようと臨みましたものの き奴らの幻術に翻弄され難儀しておりました」

「ようやく気を取り直したとき 見つけ追い立てた狐が逃げ込んだ先で出会ったのが この娘御お二方 これぞ狐の化け姿に違いないと捕らえました始末」

「されど これが私の見当違いであったならば誠にご無礼を働きました 謝ります」

しかし 庄屋をはじめ駆けつけた面々の激昂なお高く

– ええい! 愚にもつかぬ言い訳ではぐらかしおって! さあ打ち据えよ! 今すぐ縛り上げて獄門へ上げるもよし 夏箕の河原へ引きずり連れて一寸刻みに切り刻むのもよかろう! –

怒りの治まる気配がない

ああ これはとんでもない間違いをしでかしてしもうたか
世に仇なす狐どもの粛清を望んでのこととはいえ 家名に泥塗る結果となってしもうた
もはや万策尽きた これが今生の別れか・・ そう兵六が嘆き平伏していたその時

 

= これこれ・・ =

どこからともなく呼びかける声が聞こえる

何者ぞ と振り向いた庄屋たちの前に立っていたのは いつの間に通りかかったか 島津家の菩提寺 心岳寺の和尚であった

= このような刻にこのような所で何をしておられる =

静かな声で和尚は庄屋を傍らに呼び寄せ問われた

藩祖を祀る住持ともなれば国の重鎮でもある 庄屋はおそるおそる事の顛末を申し述べた

– おそれながら申し上げます ここに伏します兵六という下侍 以前よりその所業 目に余るものあり 市中にて極めて風聞宜しからず 盗みを働き 人や動物を痛ぶり またそれを狐狸妖怪の仕業などと吹聴して憚ることなく全くして反省の色も見えませぬ –

– そして ついには今宵 花倉中宿 磯部船助が娘 菊を痛ぶるに及ぼうとしたところ その妹桔梗の知らせを受けた我々が駆けつけ 今しがたこうして捕り押さえましたる次第です –

– かくなる上は お上の手を煩わせるのも心苦しく いっそこのまま生殺しにした上 谷から突き落とすでもし こ奴の仲間らへの見せしめにでもせんと計らっておりました由 ですから どうぞ和尚様には少しのご心配も召さらず悠々とお帰りくださいませ –

丁寧に言上する庄屋の話を黙って聞いておった和尚
= なるほどのう・・  されど庄屋殿 見ればその若者は二十にもならなさそうな小僧っ子ではないか 今まで愚かな行いを続けてきたのも世間を知らぬ若気の至りであろう =

= 然るに当節 若い男どもも見てくれに着飾ることを好む者も多く 逞しく芯のある男が少なくなった その兵六と申す若者もこれまでの性根を正し 仏道の道に沿って導いてやれば 誠心身ともに健全な良い男となろう =

= 拙僧も人を救うことを業とする者なれば 今 死に瀕している者をどうして見過ごせようか どうじゃ庄屋殿 今一度この兵六の罪を赦し このワシにこの者の身を預けてはくださらんか・・ =

噛みしめるように諭す住職の言葉に 庄屋 駒右衛門もすっかり意気消沈

– さすがは心岳寺の和尚様 道理の道筋には全くもって抗えませぬ おそれいりましてございます この愚か者の縄を解きます故 どうか真っ当に導いてやってくださいませ –

こうして兵六は縄を解かれ その身を和尚に預けられることとなったのだと

 

 

兵六は 九死に一生を得た安堵と今しがたの和尚の言葉に感じ入って

「この命 お助け頂いた恩は生涯わすれません 仏門に入り今までの自分の至らなさを正し一生をもって その御恩に報いましょう」

涙ながらに そうつぶやくと和尚の乗った駕籠に付き従って心岳寺へと向こうていったそうな

 

林を抜けすずろの川を渡り 山深く白雲の立ち込める道を辿って九十九折の坂を下ると心岳寺はあった

正面の額には「野狐殿」 傍らの大札には「群犬 山門に入るを許さず」の文字
人里からよほど離れた山奥にあるこの寺は 幽玄というより奇怪 神妙というより珍妙といった風情であったが 命を存えたことに気が高ぶっていた兵六はそれに気づくこともなく 却って気高く尊いもののように見えておったのだと・・

寺に着くなり和尚は手際よく七塔めぐりをすませ 兵六は指示されるとおり嬉々として勤めをこなしておったが やがて小坊主の知らせによって本堂に呼び寄せられた

= さて 兵六・・ =

兵六を前に おもむろに口を開く和尚

= 今日より仏門の徒となり仏に仕える身となるからには その身を清め心身ともに仏僧とならねばならぬ 早速に禊の儀をすませるがよかろう =
うやうやしく頭を下げる兵六

さあ それではこちらじゃ こちらじゃ と小坊主どもに連れられたのが五右衛門風呂のごとき威風な風呂

異様な匂い立ち込めるも「硫黄の湯はかえって身体に薬とならん」と そこで一刻ほども念を入れて身を浸けておったそうじゃ

くぁん と妖気な鐘の音が響いたかと思う頃 またもわらわらと集まってきた小坊主どもに連れられ本堂へと戻ってきた

= どうじゃ 身も心も清められたか =

優しく問う和尚に まるで別人となったかのように清々しい顔で平伏する

= ならば 次は剃髪じゃ これでお前は完全なる仏僧となり人の為世の為に尽くす者となろう =

剃髪じゃ 剃髪じゃと急ぎ用意された剃刀で 兵六はあれよという間もなく坊主頭となった

新しき道開けたことに感極まってまたも平伏する兵六

~ あら可愛い 皆見てみな頭の寒そうな青坊主 なんと恥ずかしいなりだろうか ~
~ 上は兵六の兵の字を残し 下は雲水の雲を用いて兵雲なんてどうじゃろか ~

~ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はら僧じゃった 坊主どん そわか ~

どこか遠くに小坊主どもの囃し立てる歌が聞こえ 兵六がその顔を上げた時

 

そこに和尚の姿はなく 今しがたまで広がっていた金色の本堂も有り難い仏塔の姿も全て消え失せ 荒れ果てた野原の最中に風が吹き抜ける様を目にするばかり・・

剃られた頭がもの寒く 鈴虫の声が響いて ただ一人呆然とする兵六じゃった

ーーーーー

 

次回、最終編でございます・・

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください