あの菓子の人の武勇伝、薩摩の兵六物語(二)- 鹿児島県

「しくじったならば腹掻っ捌く」とまで言い放ち、若衆の集いを後にした兵六、大言壮語とも言えそうな見栄を切ってこの先どうなることやら・・と言ったところですが、そこは若気の至りと申しましょうか、まあそれでも若さ故の冒険心、チャレンジ精神、そして功名心でもありますので一概に責められるものでもありません。

ともあれ 家の父母にも知らせず 狐狸悪行の噂立つ吉野原を目指す兵六、その意気たるやいよいよ高く まさに撃ちてし止まむな思いであったようですが・・

 

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草履の鼻緒も堅く結び いざ吉野原への野道を急ぐ大石兵六

薄気味悪き左御門坂を横目に鼓河原を打ち過ぎて

遠く智慧光院の鐘の音を聴きながら催馬学村を過ぎ 石切場を越える頃には辺りもとっぷり暮れ落ちて 温き風吹く闇に包まれておった

札の辻から一里塚、二里塚、三里塚を越える頃になると あちらこちらから響く紙を打つがごとき不気味な音

やがて吉野の塞に着いて見渡せば あちらにポツリこちらにポツリ・・
いつしか満面に灯る遠篝(とおかがり)、さながら夏のホタルの原のごとし

 

あっけにとられる兵六 これは何たる事 思うておったのと大違いではないか

見る間にわらわらと 立ちたる軍旗 落とし穴 とぐろ巻き待ち受ける蛇の堀
目を凝らせば遥か原の向こうには数千に及ぶ狐どもがその尾を黄金色に光らせながら居並んでおる 鬘山の方からは時折 稲妻が走っている

 

思惑の外様に戸惑いながらも されど相手は狐狸畜生の群
一気に切り込み ものの数匹でも薙ぎ払えば 蜘蛛の子のごとく追い散らせよう

魑魅魍魎 並み居る化け物ども一匹残らず我が刃の露としてくれん
腰の刀引き抜き さて気合もろとも突撃せんとしたその時

辺り一面 怪しく紫の雲が湧いたかと思うと 背向からぞっとする妖気

振り向き見れば そこにあるのは毛むくじゃらの大鬼
両眼は蛇のごとくらんらんと輝き 口は耳のたもとまで裂け 上下の歯は食い違い
頭髪は赤針金を絡めたよう 青黒い息を吐きながら・・

– 我は京大江の山に名を名した磔者坂の茨木童子の怨霊なり –
– キサンのごとき小童は一口にして喰ろうてくれようぞ! –

と大きな熊手の如き手を伸ばし兵六の袖を掴んだ

 

あまりの出来事に兵六 口から心臓が飛び出る思い
狐狸とは聞いていたが人馬も平気で食らう大鬼とは聞いておらぬ

あっという間にそれまでの血気もどこへやら 刀を収める間もなくそのまま身動きとれず

– 聞けばキサン 我らをことごとく切り伏せると謳ったそうな ならば この茨木童子の指一本でも断ち落としてみよ –

真っ赤に燃え上がる眼をますます見開きながら 掴んだ袖をいよいよ寄せる

兵六 腰は砕け息はあがり歯の根もまともに合わぬまま

「申されるままに先般の廣言 小生不徳の致すところ お詫び申し上げます」
「何卒ご容赦を どうか その手をお離しくだされ」

もう五里霧中 遮二無二に鬼の手を振り解き 向きもわからぬままに逃げ出したと

 

這々の体で逃げ延びた兵六 わけも解らぬまま辿り着いたのは帯迫の外れ

もはや額も体も汗が滴り落ちて滝にでも打たれたかのよう

へたり込んで ふと目をやると道端の地蔵さん

地蔵さま この期に及んで情けなけれど何とか命だけは助けて下されとすがり付く

すると重富の茂みの方角から何やら音がしてくるではないか

くぁん くぁん と宅鉢を叩く音 うなるように観音経の読み上げる声

 

やがて闇の中から姿を現したそれは天をも突くかのような大山伏

鼻先は高く伸び 口はワニのごとき大きく 何とその目は一眼にてはなはだ人の様をなさず

それが地蔵さんの所まで来るとやにわに地に響かせながら声を上げ

– はてさて人の匂いがする これは拙僧一眼坊の好物が匂い 早速に見つけ出してひと晩かけて頂こうか –

これを聞いた兵六 とんでもないと腰もがくがく尻餅をつき両手しっかと地蔵さんにしがみつく

これを見た一眼坊

– おやおや そこに転がるは人ではないか どれどれこれはいかな味わいか –

と、楼門の如き大きな手のひらを広げ兵六を掴みに掛かる

気も立つこと もはやここに極まれり 兵六 持っていた刀をやにわに振りかぶると素っ頓狂な叫びとともに これに切りつけた

 

いっかな静寂の時が流れたか 目を開くとそこには片腕落ちた石の地蔵があるばかり

兵六はただ呆然とするばかりであった

 

義心によって立つは勇なれども 勇にも本性の勇と血気の勇があるそうな

本性の勇は川の流れのごとく止まざるものなれども 血気の勇は一夜のものにて溢れやすくそして枯れやすく己の力量と小心を分別しておらぬ

なればこそ 心の浮き沈み激しく石仏の片腕を断ち落としただけで 兵六は浮ついた心に溢れかえったのか 先だっての醜態も忘れ たちまち自惚れの思いに溺れていたそうな

 

ふらりふらりと葛掛原まで来て 松の切り株に腰掛け一息ついておると・・

左右の藪から二つの人影が並んでゆるりと出てくる

よくよく見ると茶屋娘の風体をした女の二人連れ

何故 このような時刻 このような場所にと不思議に思う兵六に構いもなく

– 牛の牡丹餅、馬の団子、腐れ面山、簡略餅、何でもお望み次第・・-

色香に乗せて妙な調子で語りかけながら近づいてくるわ

– これ兵さん ここは名高い恋の山 逢わぬを恨む葛掛原 葛の葉のごとくつまらぬ
身で失礼ながら 私から申し上げましょう・・ –

– さても去り年 吉野の牧の御馬追で そなたに見惚れたその日から 私の胸は夜は燃え昼は焦がれて耐え難く・・ –

– されど想いを伝える術もなく 取るに取れないそなたの袖と思うておりましたが 今宵が神のお導き 今こそ契りを結びましょう –

艶めましくも兵六の両袖にすがり付く女ふたり

 

兵六とて男 ましてや血気盛んな若衆ならばなおのこと いじらしき女を好まぬはずはない

されど 今この有り様は尋常ならぬ 一時も早くこの場を去ろうと女の手をとると振り払い「お断りじゃ!」と声を荒げて逃げ出そうと その場を立った

すると女ども

– これこれ二才殿 私らの想い踏みにじり 何処へ行こうとなされるか –

そう言うや否や その首がするするすると抜け伸びて 兵六を前から後ろから絡めついてくる

– つれない話は抜きにして 私らふたりと今宵はゆるりと 差しつ差されつ交わしましょうぞ –

ケラケラケラと笑いながら 兵六の顔を舐めまわす抜け首女ふたり・・

己が慢心と油断が招いた所為とはいえ 兵六身も心も冷えあがりながら身悶えする他 なす術もなかったのだと・・・

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なんともはや、次から次へと繰り出す狐たちの幻術に翻弄され続けの兵六さん、経験も思慮も伴わないにも関わらず 大見栄切った挙げ句の果てといったところですが、ここまでくると少々かわいそうにも思えますね。

残念ながら原著「大石兵六夢物語」では、上に載せた三段に加え この後も十段もの災難が続きます。

さすがに それらを当ブログで全て載せてしまうのには少々無理がありますので(7回連載位になってしまうw)出来るだけ 4回以内で終了出来るよう端折ってみたいと思います。

何卒 ご了承の程を・・

ひとつだけ、兵六さんの名誉のために申すならば、兵六さん、全てが全て、負け戦という訳ではありませんので・・ (^ ^;)

 

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