[再掲載]紙から銀行まで-昭和の騒動が問いかけるもの

こちらは昨年(2019年)8月にポストした記事の再掲載になります。ご了承下さい。 . 「新型コロナウイルス」の蔓延事象にともない不安に揺れ動く世相、拙い内容の当記事がこの問題に何の効力をも持たないことはわかっていますが、

傾国と謳われた貴妃 その終焉の地は何処(後)- 山口県

7世紀初頭、滅亡した「隋」に続いて興った国家「唐」 大陸東端から中央アジア一帯にまで国土を広げ、その国力と文化の隆盛は周辺諸国にも多大な影響を与えました。 その最盛期は 日本ではおよそ奈良時代にあたり「遣唐使」などの使節

傾国と謳われた貴妃 その終焉の地は何処(前)- 山口県

. 「本州最西北端の安らぎの宿坊」 公式サイトのトップでそう謳っているのは、山口県長門市にある「二尊院」(にそんいん 正式名称:龍伏山天請寺二尊院) 日本海を臨む向津具半島*において 大同二年(807年)創建と伝わる寺院

そこは深緑幽玄の世界 上色見熊野座神社 – 熊本県

およそ 神社また社の杜と呼ばれるものは 人々が住まい暮らしを営む場所と異なり、時間の流れが緩やかなように感じますね。 . それは 単に葉擦れの音しかしない静かな杜だから そう思えるのか、それとも そこだけにある特別な何か

田に立つ悠然の御姿 あの御仁はどなたかな?- 奈良県

「斑鳩・太子道」 飛鳥時代、斑鳩宮(現在の法隆寺)から 飛鳥小墾田宮(あすかおはりだのみや・現在の明日村)を結ぶ一本の小路、ここを通われた ”貴人” を忍んで この道を「太子道」と呼ぶそうで、その途中その名も「安堵町」の
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神の地が伝える幽玄の趣 そして石のささやき – 岐阜県

東西南北、どこを向いても森、また森・・・。 . これは 岐阜県 七宗町(ひちそうちょう)ホームページ 観光情報に掲載されている案内文の一節です。 まるで 昔話に登場する深い山里を物語るかのようですが、そこは現代のこと、七

おぼえていますか?お手玉が残してくれたもの

子どもたちの間で久しく見なくなった遊びのひとつに「お手玉」があります。 . 昭和の中頃、男の子は「秘密基地ごっこ」「虫採り」「ビー玉遊び」 女の子は「ゴム跳び」「けんけんぱ」「お手玉」 共通の遊びとして「かくれんぼ」や「

真白き食を求めて お米と雑穀のお話(後)− 富山県

「 米の文字を紐解くと八・十・ハの文字から成っている、この数字のごとく八十八回もの手間が掛かって米は作られ 今こうして食卓に上がっている、だから食べるものを粗末に扱ってはなりません、感謝して大切に頂きなさい 」 . 近年