名は所の数だけ お国自慢の焼き饅頭

50年以上昔の話です。私が小学校に上がったかどうかの頃・・でしょうか。
当時 住んでいた家が中々に生活に都合の良い場所で、通う小学校が玄関を出た目の前、公設市場(現在のスーパーマーケット)が2軒隣りという便利な立地でした。

玄関先が学校の通用門(昭和44年頃)

当然、暮しに必要な食料や雑貨の大半は その市場を利用します。日も傾く頃、買い物カゴを下げたお母さん方が市場に向かう姿は、当時 当たり前に見かけた風景でしたね。

うちの母親もそうしたひとりでしたが・・、月に二度位でしょうか。気分転換・・とでもいうのか、20分程 歩いた先にある駅ビルの大きなスーパーに行ったのです。 そんなとき私は決まって母親の買い物についていきました。まだ甘え盛りだったのでしょうかね・・。

すると、毎回ではありませんが 時折、行き帰りの途中にある一軒の屋台で “大判焼き” を買ってくれたのです。子供の頃から餡(粒あん)は好きでしたから、それが楽しみでした。もしかしたら そんなラッキーを楽しみについて行っていたのかもしれませんw。 幼い頃の甘く温かい想い出です・・。

そんな母親も・・ まだ いたって達者なんですけどねw。

 

「大判焼き」です。 大阪出身のうちの父親は「回転焼き」と言っていました。当時 読んでいた漫画 “おそ松くん” の中では「今川焼き」と書いてありました。現在 私が住んでいる和歌山では(店・商品名ではありますが)「ずぼら焼き」の呼び名が有名です。

材料や製造工程の微妙な違いはともかく、大筋において “ほぼ同じ食品” が、地域によって異なる名称を持つのは時折見られることですが、「今川焼き」(とりあえず これを基準としましょうかね)の別称は思いの外多く、その数は100を超えるともいわれています。

日々の食事に必要な食材(野菜、魚、肉、穀物など)の呼び名は、多少の地域差はあっても、近代となり全国的な流通が普及するとともに “統一された名称” が求められましたが、流通を必要としない地域銘菓・粗菓の類いは “地域の呼び名” がそのまま残ることとなりました。 言うなれば その土地の風土や歴史の一端を現す存在でもありますね。

 

「おそ松くん」で「今川焼き」の名称が使われていたのは、その舞台が東京(もしくは関東地方)を想定していたからでしょう。関東地方の呼び名であるからか、全国的に見れば(使われるかどうかはともかく)「今川焼き」の名称は著名であるようです。

江戸時代、江戸市中の真中、竜閑川に掛かる “今川橋” のたもとにあった店で売り出された “餡入り饅頭” が発端だといわれています。小麦粉を使い店頭で簡単に焼け、すぐに手渡せることから(たった一時で決着した桶狭間合戦になぞらえて)「たちまち焼ける今川焼」と宣伝され好評を得たそうです。

また、今川橋を掛けるため尽力した “今川善右衛門” の名残りであるとか、桶狭間合戦で戦死した “今川義元” の家紋(丸に二つ引両)を意匠に取り入れたとか諸説ありますが、ともあれ この一帯が「今川焼き」発祥の地であることは間違いないでしょうか。

現在の今川橋交差点(橋は残っていない)

「大判焼き」の名がよく使われるのは愛知県とその周辺地域だそうです。私が子供の頃住んでいたのも名古屋でありました。 尾張徳川家七代 徳川宗春による自由経済政策の影響以降、豪華・活況を好む地域性からか、今川焼きを元にやや大型化されたものが作られ、名も景気の良い “大判” が付されたと伝わります。

地域性と言っても “景気の良い” は誰もが望むところ、「大判焼き」の名も広く知れ渡り四国東部地域などでも、そう呼ばれることが多いのだとか・・。

大判焼きに季節性はありませんが、やはり焼き物であるが故に これからのような冬場にピッタリの食べ物。甘さと温かさは気持ちにも景気の良さを呼び込むのかもしれません。

 

さて「回転焼き」です。 関西に居るとこの呼び名で通ることが多いですかね。あと「太鼓饅頭」と言われる方も少なくありません。「御座候(ござそうろう)」の名も聞きますが、これは姫路市に本社を持つ和菓子会社の社名でありブランド名が広まったものです。

「回転焼き」は九州北部でも使われるそうです。一説に長崎県佐世保の食堂が始めた回転式の焼き台がルーツともいうお話。 佐世保は古くからの軍港であり、大戦中には大和など大型戦艦の建造にも関わったので、そのターレット(回転砲台)の技術が関わっているのでは?とまでいわれていますが、どうでしょうか・・。

因みに「太鼓饅頭」「太鼓焼き」は、表面に “巴の紋” が焼印されているものを言うそうです。

 

(左)切干大根入りの おやき (右)今川焼き

似たような食品として長野県の「おやき」があります。上下の生地で餡を挟んで作る今川焼きなどと異なり、先に拵えた生地で具を包み焼いて作るという、若干の製法の違いとともに、具も餡以外に野菜なども用いる郷土料理です。 元々のルーツが冬季の代用食であることから菓子というより軽食の立ち位置でしょうか。

似て異なる食品である “今川焼きとおやき” 、面白いことに、この「おやき」の名だけが伝わったのか、北海道では今川焼きのことを「おやき」と呼ぶのだそうです。

一方、長野県で この二つは明確に分けられていて、長野県における今川焼きは「自慢焼き」と呼ばれることが多いのだそう。 昭和初期、県内で初めてアイスクリームを売り出し好評となった “富士アイス” という軽食喫茶店が扱う商品です。小豆餡とは別にカスタードクリーム入りのものも人気なのだとか・・。和洋折衷の味わいでしょうか。

 

他にも 青森県「浅草焼」、山形県「あじまん」、埼玉県「甘太郎焼き」、三重県「天輪焼」、富山県「七越焼(ななこしやき)」、広島県「二重焼き(にじゅうやき)」、熊本県「蜂楽饅頭」など、まさに全国各地、お国自慢を表すかのような地域性ですね。

個人的にこういった土地ごとの風土・歴史を思い起こさせる特徴は好きな方です。
生活の利便性を高めてゆく中で画一的な規格が広まり、反して失われていった地域ごとの文化。 たかが “焼き饅頭” といえど、これらはそういった古くからの地域の暮しや歴史を、僅かながら留めている鏡でもあるのです。

願わくば、いつまでも このような地域性が残ってくれればと思うのですが・・如何でしょうか・・?

 

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