甲斐の礎となったのか富士望むわに塚の桜 – 山梨県

三月となりました。啓蟄も間近、月後半には春分も控え寒さ厳しい中とはいえ 確実に春は近づいてきています。

昨年の今頃はコロナウイルスの感染が急速に拡大しつつあった頃で、マスク不足、トイレットペーパー不足、そして経済の悪影響と多くの混乱を抱えながら四月の緊急事態宣言へと、正にコロナ禍へと突き進む最中でありました。

第ニ波、第三波 を越えながら病禍は今もその猛威を奮い続けていますが、ここに来てようやくワクチンの接種も開始され、これが終息への活路を切り開いてくれることを祈るばかりです。

旅行やイベントなど 自在な生活活動にはまだしばらくの時が必要ですが、春が近づき寒風も緩めば自然と心も暖かくなってくるもの、せめて人出の限られた近所・近場の緑多い場所を散歩などして、新芽の季節を実感してみたいものですね。

 

春の訪れを謳う記事と言えば やはりそこは行楽のシーズン、どうしても “花見” “桜” のお題は外せません。 陽射しも豊かになり あらゆる新事が始まる季節に、爽やかな色合いで風景を彩る満面の桜は 日本の春に定めて欠かせないものです。

通常 この類いの植生記事は「何百本の〜」「何千本の〜」という、一面満面の見事さ・壮大を主眼に置くことが多いのですが、反して本日は「ただ一本の」「桜」記事をお送りしたいと思います。

 

その桜は「わに塚の桜」山梨県韮崎 (にらさき) 市 神山町の小高い丘にただ一本立ち続けるエドヒガンザクラです。

樹齢は約330年、高さ17メートル、大人3人で抱えきれぬ程の幹周りを持ちながら立つ一本桜は、南に雄大な富士を 北に峻厳な八ヶ岳を望み、その美しさを取り込んだ絶景は地元の誇りであるとともに、季節には多くの観覧者やカメラマンを集める名勝となっています。

平成元年には韮崎市の天然記念物にも指定されたこの桜ですが、屹立する丘「わに塚」の名には神話にも届く伝承が残されています。

 

埼玉県・三峯神社 日本武尊像

日本のニ大史書とされる「日本書紀」「古事記」の両書に登場し、日本史にその名を残す皇子 日本武尊(やまとたけるのみこと) 12代景行天皇の実子でありながら九州、東国への遠征を重ね数々の伝説を残す武人として知られていますね。

英雄譚として語られ “人” でありながら神器 “草薙剣=天叢雲剣” を奮う稀有な存在であり、弟橘媛の受難がドラマティックに物語を染め上げながらも多くの平定を成し、しかして最後には伊吹山の神威にあてられ非業の死を迎える・・。

日本武尊の伴侶としては物語の影響か弟橘媛がクローズアップされがちですが、この時代の英雄よろしく他にも 14代仲哀天皇を生んだ両道入姫皇女(ふたじいりびめのひめみこ)従者の娘であった吉備穴戸武媛(きびのあなとのたけひめ)など、多数の女性と契りを交わしていますが・・

美夜受比売(みやずひめ) 尾張氏族の娘との間に二人の子息を設け、兄を武田王(たけだのきみ)弟を佐伯王(さえきのきみ)と名付けました。

弟の佐伯王は隣国三河の御使連(みつかいのむらじ・官僚)となりましたが、兄、武田王は尾張の地の開墾を進め故国の発展に努めた末、後年 その住まいを甲斐国 韮崎に求め、この地に “桜の御所” を定めて終生を過ごされたのだとか。

 

地元の民からも慕われていたのでしょうか、武田王が逝去した後 墳墓が築かれ「王仁塚」と呼ばれました(わに塚 の語意)。 ”桜の御所” があった場所には祠が建てられ “武田武大明神” として祀られたのだそうです。

在所の “武田八幡宮” も元はこの武田武大明神を祀っていたとの話もあり、この武田八幡宮において保延6年(1140年)甲斐源氏4代 武田信義(たけだのぶよし)が元服、武田八幡宮を氏神に定めるとともに一時逸していた武田姓へ復したことから、後の信玄・勝頼まで続く甲斐武田氏の端緒に触れる伝承となったようです。

 

一方、武田王を生んだ母 美夜受比売ですが、日本武尊が東征の折に見初め契り、凱旋の途上で再び美夜受比売のもとを訪れ后としました。 武田王・佐伯王はこの時身籠られたのでしょうが、(おそらくは)我が子の顔も満足に見ぬまま日本武尊は霊族退治のため伊吹山へと旅立ち、そして そのまま帰らぬ人となってしまいました。

旅立ちの前 預けられた一振りの大刀が尊の形見となってしまった美夜受比売、夫を想い祀るため創建に与したのが現在の「熱田神宮」のはじめであり、神器 “草薙剣=天叢雲剣” なのだそうです。

 

武田氏の由緒・由来には諸説あり、また武田王や美夜受比売の詳細についても詳らかでないところも多く、物語は物語の域を出ません。

が、千年の時を超えて語り継がれるこうした神話は、史実がどうであろうと、私達の前に悠久のロマンと創造性をいつも届けてくれます。

長引くコロナ制限で疲れ乾ききった気持ちの時こそ、出来るだけ(たとえ夢心地でも)こういった心の余裕を持ち続けていたいものですね。

それが近所の河原でも構いません、暖かくなり桜の開花に気付いたら、こうした歴史ロマンをちょっと思い出してみては如何でしょうか?

そして それが今日ご案内した韮崎市の “わに塚の桜” であったなら絶好の機会、雄大な景色を背景に数百数千の時の流れを体感してみてください。

 

『 樹齢約330年 わに塚の一本桜 』 参考サイト (一社)韮崎市観光協会

開花見頃 : 3月下旬~4月上旬

場所 : 山梨県韮崎市神山町北宮地624

※ ご承知のとおり 現在 コロナウイルス感染症問題に関連して、各地の行楽地・アミューズメント施設などでは その対策を実施中です。 それらの場所へお出かけの際は事前の体調管理・マスクや消毒対策の準備を整えられた上、各施設の対策にご協力の程お願い致します。 また これらの諸問題から施設の休館やイベントの中止なども予想されますので、お出掛け直前のご確認をお勧め申し上げます。

 

 

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