あの菓子の人の武勇伝、薩摩の兵六物語(一)- 鹿児島県

 

= 先般の大雨で被災された熊本、鹿児島、その他全国の地域の皆様に心よりお見舞い申し上げます。 =

 

『兵六餅』と聞いて懐かしさを覚えたり、好物だと感じられるのはおそらく40〜50代以上の年齢の方が多いのではないでしょうか。

「ボンタンアメ」と同じくオブラートで包まれたキャラメル状のお菓子で 分類上は “求肥飴”、常温で柔らかい食感が特徴で昭和の子供たちに親しまれていましたね。

鹿児島県を代表し、昨年創業100周年を迎えた地元菓子メーカー「セイカ食品株式会社」は、大正13年(当時の名称は鹿児島製菓)発売の「ボンタンアメ」に続いて 昭和6年に「兵六餅」を発売します。

フルーツテイストな「ボンタンアメ」に対して、海苔や抹茶を配合した「兵六餅」はどちらかと言えば通好みというか大人向けな雰囲気でしたが、昔ながらの民承菓子を思わせる素朴な味わいは多くの人々に愛され、基本的な製法を守りながら今日に至るまで作り続けられています。

 

ところで、この「兵六餅」のパッケージに描かれている柄を憶えておいででしょうか?
腰に二本差し、腕と足下を捲り上げたお侍さんが野原をのしのし歩く様が描かれていますが、このお侍さんがいったいどなたで どういった状況なのか・・

本日はこの絵柄にまつわるお話をお届けしましょう

 

 

「大石兵六夢物語 / 大石兵六吉野原妖怪退治」

お侍さんの名は “大石兵六”、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)そう、あの「忠臣蔵」で有名な “大石内蔵助” の子孫とされています。(ただし自称ですw)

江戸時代の薩摩藩士で文筆家の 毛利正直(もうりまさなお)による著作にて描かれた物語の主人公ですが、この戯作文学は当時好評のうちに読み広められ 鹿児島の民間芸能にも取り入れられ今日に伝えられています。

お話の舞台は当時よりもかなり昔に設定され、話中における兵六は武士としての側面もあまり強調されておらず、むしろ少しお調子者の若者として描かれている様子ですが・・

 

————
その日 若衆を集めて寄り合いがもたれた

時とともに一人また二人と若衆が集まってきたが 最も二才(若造)であるはずの兵六が中々に来ない

兵六はどうしたとざわめき出したころ ようやく兵六がのっこり姿をみせた

キサン(貴様)二才のくせに最後に来るとは どういった性根じゃと憤る座長に兵六はああだこうだと申し開きするが 既に一同聞き飽きたわ

 

まあ良いわと本日の議題を切り出す副座長

– 近ごろ吉野原の界隈で狐狸・妖(あやかし)が出ては道行く人をたぶらかし 持ち物を奪う 一晩中彷徨わせる 馬糞を喰わせる 挙句その者を丸坊主にして放り出すなど悪戯が過ぎる  これ以上見過ごせぬ由 誰か妖怪どもを懲らしめに行く者はおらんか・・-

ならばワシが行こうと名乗り出たのが座長

おぉ さすがは座長じゃと一同沸き立ったが それならば出立の前に卦をみてしんぜようと言う山伏に占うてもろうたら これが大凶と出てしもうた・・

さしもの座長も気が下がってしまい一同 静まり返る

誰か 他におらんか 副座長の問いに応える者なし

やれやれ・・と思うたところに「ほいならワシが行こう」 名乗り出たのが兵六じゃった

 

驚いたのが一同他の者 互いに目を見合わせ拍子抜けしておったが やがて皮肉混じりに兵六を止めたてた

– よせよせ 兵六 キサンのごとき青二才に狐狸退治など出来るわけがない –

– 化かされ騙され 丸坊主にされるのがオチじゃ 引くなら今じゃぞ –

しかし これらの言葉に腹を立てたか発奮したか 差料(刀)を帯に仕込むとこう見栄を切った

「こう見えても自分は かの大石内蔵助の末孫 ご先祖の名に恥じぬ働きをしてくれるわ」

ここまで言われたら仕方がない 座長も周りの者も腹ァくくりこう言ったのだと

– よかろう ならば出立せい 見事 狐狸成敗を成し遂げた暁には 皆してキサンの武勇を認め その栄誉を讃える宴を取り計らおう されど仕損じて坊主頭にされた時にはキサンどうやってその恥をそそぐ気か –

「是非もなし この腹掻っ捌いてくれるわ」

こうして約束を番えた兵六は山伏が授けてくれた護り札を胸に ひとり寄り合いを後にしたのだと

一旦家に立ち戻ると 既に床についていた父母をも起こさず身支度を整え 武者震いもそこそこに吉野原を目指し出立した
夏の盛りも過ぎた頃か 未だ温き風吹く夜のことであったと

 

さて その頃 当の吉野原では怪しげな月の光に照らされて朧な影が三々五々と集ってくる

いつしか その数は百にも達し そして喧しくも密やかに何やら談義しておったのだと

やがて 牟礼の森の奥から 一際大きく そして茫漠の影を曳きながら一匹の年老いた狐の長が のそりのそりとその姿を現した

すぐさま 水を打ったように辺りは静まり返り 細々とした影はその老狐を囲んで伏せた

– 皆集まったか・・ 耳に届いているであろうが 今宵ひとりの人間がここに討ち入ってくる 人里に放っておる間狐からこの知らせを受け 既にこれを迎え撃つ首尾もついておるかと思えばこの様子 泡沫の平穏に今どきの狐も弛みきっておるようだの・・ –

しわがれても重く 響くような老狐のつぶやきに周りの狐どもはいよいよ恐れ入ったそうな

– 常々 説き聞かせておるように 日々精進の中にあって自らの生き様 狐の有り様を心に留めておれば このような危急の際にも動じずにおれるものを 目新しきもののみに心を惹かれ 成すべきことをせず 惰性に興じて過ごしておるから このような醜態を晒すのじゃ –

いつの日も老練の言葉は二才には届き難きものらしい・・

頃合いを見計らったか長の脇に控えた参謀とも思しき狐がずいと前に進み出ると

– 長の今しがたの言葉 皆再び心に刻みつけるがよかろう - と口火を切った

– さて 今宵討ち入ってくる輩じゃが 間狐の知らせともども見切り合わせるに この男 少々腕は立つものの 生来 調子者で見栄を張りやすく また 頭に血が昇りやすいと聞く –

– ならば虚々実々を技とする我々には御し易き相手であろう されば先程 組頭どもにまわした手筈どおり男を導き陥れ 必ずや坊主の如く頭を剃り上げては人里近くの道端に放り出し我らの力と意地を見せつけてくれようではないか –

二匹の老練な狐の采配に百の影は つかの間活気づき そしてまた吉野原の方々に散っていったそうな・・

————

 

「兵六餅」のパッケージに描かれている お侍さんは、吉野原を目指し闊歩する兵六のすがただったのですね・・

「大石兵六物語」そして それを元に毛利正直によって書き直された「大石兵六夢物語」は当時(江戸期)の 薩摩国に留まらず広く知られ、多くの写本が発行されるほど人々を魅了したのだそうです。

鹿児島のユニークなヒーローとして「兵六餅」に採用されたのかも知れません。

 

さてさて、大義をもって奇襲をかけようかと気負う兵六でしたが、既に吉野原の狐共には先手知られていた様子

果たしてこの先や如何に・・ といったところで次回をお待ち下さい。

 

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