タロ・ジロだけじゃない 南極に渡った猫の話 - 東京都

9月も末となりました、所によっては些か暑い日も残るとはいえ彼岸も過ぎてこれからは秋の気配も色濃くなり、趣味、旅行、食楽 とアクティビティな季節の到来ですね。

趣味と一言に言っても多種多様ですが この秋は少しカルチャーなお出掛けなど如何ですか?
「国立極地研究所」 その名のとおり地球の極地圏、南極や北極とその周囲に関して地質学、物理学、生物学など様々な科学的研究を進めている機関です。

何やら普段の生活には少し縁遠い施設のように思えますが、国立極地研究所では一般に向けての発信も以前から窓口を開いており、2010年からは「国立極地研究所 南極・北極研究所」を開館、極地研究の成果と魅力を公開しています。

 

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南極観測と聞いて思い出すのは昭和基地と越冬隊、観測船、そして昭和に続く有名な逸話”タロとジロ” の話がよく知られていますね。

1957年(昭和32年)12月 第1次観測隊の帰還、そして 第2次観測隊の着任のため南極に到着した観測船 宗谷でしたが、当時の気候は稀に見る極度の悪天候、氷床に阻まれ基地に近づくことが出来ませんでした。

翌1958年 アメリカ砕氷艦の支援を受けながら氷群に再突入、作業を進めるも想定をはるかに上回る天候の悪化に ついに第2次隊の越冬派遣を断念、一刻を争う撤退を余儀なくされる中、最後の回収手段が間に合わず 断腸の思いでカラフト犬15頭を置き去りにせざるを得ない事態に・・

激しい後悔と世論の中 遠き地で殉職した15頭の供養も行われましたが、翌年 第3次観測隊派遣時に何とタロ、ジロ 2頭の生存を確認・保護、一躍 世界に聞こえるニュースとなりました。

 

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タロ、ジロ の話は感動の逸話として世に広まり映画ともなったため、知らない人はいないほど有名なものとなりましたが、彼らカラフト犬が第1次観測隊とともに南極に渡った時、もう1頭・・いや、もう1匹 同行者がいたことはあまり知られていませんね。

同行者の名は”たけし”(珍しい)雄の三毛猫です。
1956年(昭和31年)11月、第1次南極観測隊が観測船「宗谷」で東京晴海ふ頭をたつ直前、隊員の一人が知人から預かり託されたのが “たけし” でした。

三毛猫はそのほとんどが雌(メス)、 雄(オス)が生まれる確率は1/30000程度と言われる程で、古来より航海の守護と信じられてきた三毛猫の中でも特に珍重されたことから、宗谷の航海と観測隊の成功を祈って渡されたのでしょう。

たけし は同年9月の生まれだったとされていますから、渡された時はまだ仔猫、名前も隊員内の公募で募られ、隊長であった”永田 武” 氏の名にあやかり決められたと言います。

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初代南極観測船となった「宗谷」は、元々は太平洋戦争時代から活躍した艦船で 終戦時には復員引揚げの任に就き、南洋から樺太に至るまで世界各地を周った船でしたが、砕氷船として就航するにあたって施された仕様から横揺れに弱く航海中も非常に揺れたそうです。
(横揺れを抑える装備が砕氷の障害となるため取り除かれていた)

途中、台風や暴風圏の洗礼を幾度も受け揺れに揺れる「宗谷」でしたが、猫として持ち前の平衡感覚の良さからなのか たけしは病を患うことなどもなくすくすくと育ったそうです。

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1957年1月24日 南極、南緯69度東経39度の地点に接岸、調査開始、29日「昭和基地」を設立、 翌月2月15日に至るまで数々の作業を終えた後「宗谷」は日本に向けて離岸、日本人初めての越冬観測が開始されました。

因みに この第一次南極観測隊、当初の名称は”南極地域観測予備隊” と言い、その目的は”初回調査 及び 次年度隊のための基地建設” であり”越冬” は至上命題ではなかったようです。
しかし、参加隊員たちの熱意は高くこの第一次隊でなんとしても越冬を成功させるという気概に満ちており、2月15日から 11名の隊員、カラフト犬19頭、そして猫のたけし1匹で第一次越冬が開始されたのでした。

 

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猫は寒さに弱いもの・・というのが一般的な感覚ですが、これは状況にもよるのだそうで毛足の長い猫や屋外での生活が長い猫など思いの外寒さに強い猫もいるようで、ロシアに暮らす猫など雪面でも平気で遊ぶ個体もあるそうです。

とは言え、猫が基本的に寒さを嫌うのは万国共通、地球上最も寒い地といわれ、極点から見れば穏やかなものの冬季(6~9月)にはマイナス30℃にも達する昭和基地での生活、たけし は大丈夫だったのでしょうか・・

結論から言うと、屋内での生活はもとより晴れた日には屋外で作業する隊員のそばで居たり、樺太犬の子犬たちと遊んだり、結構 南極生活を満喫していたように見えますね。

一度、暖をとるために忍び込んだ機械室の中で感電してしまい、生死の境をさまようという大きなアクシデントに見舞われるものの、数日後には回復、以後、日本に帰還するまで元気に活動していたようです。

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多くの樺太犬と違い作業任務を持たない たけしは、隊員たちの間を行ったり来たり・・
外界から隔絶された空間でもある越冬基地の中で、隊員たちにつかの間の憩いをもたらすことが任務でもあったのかも知れません。

残された写真から見ると皆の生活の端々に たけしが寄り添っているのが伺えます。
日本で初めての南極観測、そして越冬、極めて厳しい状況の中で力を合わせてそれを乗り越えてゆく隊員たちの心の励ましになったことも少なくなかったのではないでしょうか。

1958年2月24日 猛烈な寒気と吹きすさぶブリザードの中、たけしは無事「宗谷」に帰艦。そして、3ヶ月近い航海を経て日本の地に戻ることが出来たのです。

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残念なことに帰国後のたけしの行方を知ることは出来ません。
隊員のひとりであった作間隊員のもとに引き取られましたが、1週間ほど経ったある日 ふらりと出掛けたまま帰って来なくなってしまったそうです。
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たけし にとって2度目であり初めてでもある日本の町の新たな探検にでも出掛けたのでしょうか・・
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たけし は本来の参加人員or設備ではなく、正規任務があったわけでもないため、記録も公式なものは無く あくまで個人的・断片的なものしか残っていません。
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しかし、日本人初の南極観測に参加し、そして多くの隊員に愛されながら 1年を賭しての越冬を果たした猫がいたことは事実です。
彼の事績は「国立極地研究所」のアーカイブとして残されており、また一部には絵本などの書籍としても著されており、これからも永く語り継がれゆくことでしょう。

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「国立極地研究所」 南極へ行った猫 たけし

「南極・北極科学館」 公式ホームページ

住  所 : 〒190-8518 東京都立川市緑町10-3
開館日時 : 毎週火曜日 〜 土曜日 10:00 〜 17:00(最終入館16:30)
休 館 日 : 日曜日、月曜日、祝日、年末年始、その他特別休館
料  金 : 無料

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