いつしか色は潰え‥能に見る色即是空(後) – 京都府

– 人は何のために生まれ 何のために生きるのか –
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2編に渡って大層な書き出しで恐縮ですが、意識するしないにかかわらず 誰しも一度は思い考えること、ある意味、人にとって最大のテーマのひとつではないでしょうか。
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数多ある宗教においても言い方は様々なれど 教えの根幹を成すものと思われますが、数百年数千年の人の歴史を経ても尚 その答えが明確に示されたことはありません。
高尚な教義を習熟し 日夜祈りを捧げておれば良いというものでもなく、人ひとりひとりにそれぞれの人生があるように その答えも千差万別であることでしょう。
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卒塔婆に腰下ろす老婆を説諭しようとして 逆に論破されあまつさえ感じ入ってしまった二人の僧、 その名を問えば何と往時には一世を風靡した歌仙 小野小町 の零落した姿・・
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しかし、この後 老婆に異常な状態が訪れます。

 

「空」 何もなき   わが身世にふる ながめせしまに‥
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– 我こそは 出羽の郡司 小野良真が娘 小野小町が なれる果てなり –
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世俗を離れた僧とはいえ その名を知らざる者はあるまじ
明かされたその名に驚く二人の僧の前で 老婆は先程までの雄弁は消え去り
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– その昔は立派な御殿で艶やかな衣に身を包み 風雅に浸り –
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– 日々 歌を詠み 詞を紡ぎ 美貌の誉れ高かったものを –
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– 老いさらばえた今では月に照らされるも恥ずかしい様となり・・ –
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痛々しきまでの落胆と慙愧*にまみれたかと思うに にわかにその声色は変わる

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– 小町のもとへ 小町のもとへ参らん –
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驚く僧達 - 小町殿 如何された そなたが小町殿ではないか –
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– 小町は恋をかわすに巧みな女姓 数多の恋文に只のひとつの返事もなさず –
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僧達は問う - そなたは誰か 小町殿に憑いているそなたは誰なのか –
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– 小町は只一度 我に告げた 百の夜 この身のもとへ通うたならば その想い成就為さしめんと –
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– 我は通うた されど九十九の夜 想い半ばにして身罷り この世の者では無うなってしもうた  我こそが小町に最も焦れる深草の四位の少将なり –

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恋い焦がれながらも その半ばで倒れ冥府の者となりし少将の怨念
往時の驕慢と今の零落 その後悔から懊悩にさいなまれる小町
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嵐の如く激しき狂乱の時を過ぎてやがて黙する老婆
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– 愚かなり生き様 巡って今日の苦しみとなれり –
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– さにあらば 後生の光願う事こそ人の道なれば 微徳を積みて悟りの道を訪ね歩まん –

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「 後生の光願う事こそ人の道なれば 微徳を積みて悟りの道を訪ね歩まん 」
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前後編、物語の冒頭に付けた一文は 小野小町による有名な一遍です。
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花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
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( 花の色は色褪せてしまった、長雨が降り続く間に、むなしく私もこの世で月日を過ごしてしまった、物思いにふけっている間に )

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光陰矢の如しとはよく言ったもので、数十年という月日は長いようでいて 過ぎてみれば走馬灯の如く短いもの。
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全く後悔のない人生を歩む人などいないでしょう。
だからこそ、日々、何が自分にとって、そして自分を取り巻く人々にとって大事なのか、最善なのかを考え生きることこそが肝要なのだと物語は締めくくっているように思います。

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さて、登場する 深草の少将 はあくまで説話上の架空の人物とされていますが、ここであえて小町と同じく実在の人と仮定して思いを巡らすならば・・
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これほどまでの時を越えて 小町に取り憑き小町を悩ませるのは、実は小町自身が深草少将の通い百日目を待ちわびていたからこそ ではないかと思えます。
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きらびやかな世界でもてはやされ、本当の大事を見極められなくなっていた事に薄々気づきはじめていた小町が、心のどこかで真の愛情を求めていたのではないでしょうか。

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色即是空 空即是色
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いつかは全てのものが ”空” に還るのが真理ならば 尚のこと今生きていることの意味を再考してみるべきかも知れません。
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色即是空  色すなわち これ空なり
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この前半に対して、後半
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空即是色  空すなわち これ色なり
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『 全てのものは ”空” であるが、”空” であるがゆえに ”色” として存在する 』
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色即是空空即是色 とはこの世の無常のみを説いたものではなかったのです。

 

 

 

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