飢饉の村とカラスの骨 アイヌの民話(前)− 北海道

「所変われば品変わる」という言葉があります。地域や国が違えば風習や認識も変わってくるものだ というものですが、これは”場所” とともに”時間” にも当てはまるようで 時代が変われば 同じ物や事柄に対しても人々の反応も、また 表現も変化してきます。
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これらの事はその地域、その時代の話題やその伝承にも影響を及ぼし、場所が変わればその表現も変わってきますし、同じお話でも時代が変わればひとつの事象に対しての受け止め方にも変化が生まれてきます。
そして「変わる」ものが有るということは当然「変わらぬもの」もあるということですね。
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今日、ご紹介する民話はアイヌの人々に伝わるお話。
往古には青森以北、北海道から千島、樺太に至るまでその文化圏を築いていた民族であり、時代の変遷にともない 血脈は薄れつつも その独自の文化と精神を現代に至るまで伝え続ける誇り高き人々であることは多くの人の知るところでしょう。
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物語はアイヌ民話の伝承者である上田トシさんの口述を元としていますが、散文形式の物語を今回は一般的な昔話に近い形に改変してお届けします。

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山間のとある小さな村で その夫婦は暮らしておった
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夫は山に狩りに出かけては鹿や熊を獲り 妻も甲斐甲斐しく働いた
不相応な望みも持たず日々に感謝しながら生きていたので二人の暮らしは幸せだった

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そのうち可愛い娘も生まれたので二人は喜び なおのこと助け合って娘を育て家族仲良く暮らしておった
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母親は娘に家事のこと 山で採れる自然の恵みのことなどを教え やがて娘はよい年頃となった

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ある日 家を訪ねる男があった
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招き入れて話しを聞いてみると その男は川下の村に住む名主の者で 娘を嫁に欲しいと言う
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はじめのうち夫は 娘が嫁いでも近くにおいておきたかったので その申し出を断っていたが 男が嫁に迎えた後でも家族ぐるみで付き合おうと言ったり 他にも良い話しばかりするので最後には渋々ながらその申し出を承知した

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次の日 男は娘を連れ立って川下の村へと帰っていった
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ところが それきり何日経っても何ヶ月経っても娘からもその夫からも付き合いどころか何の音沙汰もなかった
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夫婦はそれを悲しく そして腹立たしく思いながら日々を過ごしておった

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そんな ある頃から どうしたことか山で獲物が獲れなくなった
山は精気を失い 木の実も山菜も取れなくなり 夫婦の住む村は飢饉となってしまった
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人々は飢え夫婦の家からも食べるものの蓄えが無くなってしまった
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夫は妻にこう言った
「家の家宝である刀の鍔(ツバ) をお前に預けるから これをもって川下の娘の家に行き何か食べ物と交換してもらいなさい 女性は女性同士話し合えば何とかなるだろう・・」
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こうして妻は夫に託された鍔を持ち ひとり川沿いの道を下の方へ向かって降りて行った
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ろくに食べていない上に長い長い道のりを歩き 心も身体も疲れ切って道端に座り込んでいると人の声が聞こえてきた
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見ると薪を背負った数人の娘たちが連れ立って向こうからやって来る
そしてその先頭を歩いているのは嫁いでいった自分の娘ではないか
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ところが 娘は妻をそこに見留めるとまるで何も見えなかったかのように知らぬふりをしたまま 自分の母親の前を跨いで通り過ぎて行ってしまった
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悲しく悔しい気持ちで一杯になった妻だったが どうすることも出来ないので 痛む身体を起こして また川下に向かって降りて行った

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ようやく川下の村の近くまで来た時 一軒の 小さいが小綺麗にした家があった
家の側にいた娘さんが 疲れ切った妻の様子を見留め どうしたのか?どこから来たのか?と聞いてくれたので 今までの事の成り行きを話すとこれに同情し家に招き入れてくれて休ませてくれた
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そして ようやく一息ついた妻にこう話した
「残念なことだけれど 奥さんが 娘さんの嫁いだこの村の名主の家に行っても 良くはもてなしてくれないでしょう・・」
「この村の名主は昔はいい人だったけれども いつの頃からか(注) 悪い心を持ってしまいました あなたの村が餓えて苦しんでいることも噂に届いていますが知らぬふりを決め込んでいるのです」
「ともあれ今はここで休んでおられるのが良いでしょう 私はここに兄と二人で暮らしています」
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何ということだと嘆きながらも妻が休んでいる間にこの家の兄が山から帰ってきた
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妹から話しを聞くとあきれながらも
「この家にお泊めするのは構いませんが 名主の嫁のお母様を勝手に泊めたと後で言いがかりを付けられると困るので 名主に一言了解をとっておかなければなりません」
「妹よ 名主の所へ行って言い届けておいで」
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ということになり 妹は名主のもとへ行って了解を取り付け その晩 妻は二人の家に世話になった
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二人は妻をもてなしてくれ 美味しい食事も振る舞ってくれた
久し振りのまともな食事に嬉しかった妻だが 家で餓えている夫を思うと自分だけ食べるのも心苦しく 持ってきた編み袋にその半分を入れながら過ごした
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その夜 妹はきれいな寝床も用意してくれ 旅の疲れも有った妻は倒れるように寝入った

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翌日 二人に教えられて訪ねた名主の家はとても大きく 丁度その日 熊送り(アイヌ信仰の儀式のひとつ)の最中であったので多くの村人も集まっておった
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妻は空いている所に座り遠慮がちに辺りの様子を伺っていると 嫁いだ我が娘が人々に給仕をしているのが見えた
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やがて娘は妻の所へも食事を持ってきたが わざわざ肉の美味しくなさそうな部分を選んで妻の食器に分け与えた
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情けない気持ちで一杯になりながらも拝礼して また持ってきた編み袋へその肉を入れ過ごしていると 何やら頭の上から滴り落ちてくるものに気づいた
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見ると頭の上にある梁に油を保存するための袋が吊り下げられており そこから油が滴り落ちていたのだった

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いたたまれなくなった妻は名主の家を飛び出し来た道を戻ると 心配して見に来てくれていた 昨日の家の娘さんに迎えられ その日もう一晩その家に泊めてもらうことになった
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油にまみれた服を脱がせて洗ってくれ また 洗い立ての着物を着せてくれる娘さんの優しさに感謝しながら 反して親の恩をも忘れた我が娘の情けなさを思うと涙が止まらなかった
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とは言うものの このまま家へ帰るわけにもいかないので 翌朝 妻は夫に託された鍔を持ってもう一度名主の家を訪ねた

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小口で娘と出会ったが娘は意にも介さず山へ薪を取りに行くと言ってさっさと出て行ってしまった
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妻は あの日 娘を嫁にと迎えに来た名主の男の前に座り
「今 私の村は飢饉で食べ物が無く皆餓えています なにがしかの食べ物と交換していただくために これを夫から託されて来ました」
と言って鍔を差し出すと 男は無愛想に拝礼を済ませ その鍔を後ろへ押しやると
「しばらく待っていてください」と言い残し外に出て行った
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家の中には他にも分別のありそうな歳の女性や家人も居るのに誰も妻に話しかけようとも気遣おうともしなかった
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その内 名主の男が帰ってきた
見ると お膳一杯にカラスの骨がのせてある
これを妻の前に置いて「ではこれを持ってお帰りなさい」と言う
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あ然とした妻だったが 拝礼をしてそれを袋に詰めその家を出た
もう何を言っても仕方がない もはやこれまでと思ったのかも知れない

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愛情を込めて育てたはずの娘に裏切られて傷心の親心といったところですが、現代的な解釈をすれば 意図せずともそのように育ててしまった親の責任も・・と言えないこともないかも知れません。
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ともあれ、杜撰な扱いをされ悲しい気持ちのまま 奥さんは帰途を辿ります
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以下、次号にて・・・

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(注) いつの頃からか
原典ではこの部分は 「嫁を持ったところ」悪い心になったとされています。
その書き方ですと何か嫁いだ娘そのものに原因があるようにも思えますが、それについては「なぜかわからないが」とされています。
ここに何らかの本質的な意味が有るのかどうか微妙ですが、物語の複雑化を避けるため本稿では「いつの頃からか」としています。

 

 

 

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