神奈川県 民話 – 猫の踊り場

今で言う横浜市は戸塚の里にその昔、不思議な話しがあったそうな

この里には名の通った老舗で醤油を商いとする「水本屋」と言う名の商家があった。数人ばかりの手代や丁稚を使いながら家族総出で醤油を扱い、客の評判もまずまずであった。主人は筋の通った人で商人ではありながらひたすら金儲けばかりに腐心するような事も無く時に厳しく又時に物分り良く自らも手を汚して働く堅気な人であったが、ひとついつでも気にかける所があった。

醤油を扱う家業であるが故にどうしても手が黒っぽく汚れてしまうのだが、その手を拭いた薄汚れた手拭いをぶらぶらと腰に下げていたのではお客相手の商売であるのにみっともない事おびただしい。 それで家族以下全員にいつも手拭いは綺麗にしておくよう言いおいていたそうな。

そんな訳で働くもの全員その日の仕事が終わると皆順々に己が手拭いを洗っては裏庭の竿に干しておくのが日課となっておった。

だがそんな日々の中で事は起こった。家人全員の手拭いを干してあった竿からある日、娘の手拭いが無くなっていたのだ。
しっかりと留めてあったので風に流されたわけでもなかろうにと皆不思議がったがどこを探しても見つからない。
まぁ手拭い一枚で騒ぐ事も無かろうと新しい手拭いを出して使う事になった。

ところが次の日になると今度はおかみさんの手拭いが無くなってしまったのだ。昨日に続き今日もとはどういうことだ?
手拭いだけ盗みに入る泥棒など居る訳も無し・・・ しかし実際手拭いは見当たらぬし・・

 

 

そして三日目、ついに主人の手拭いが消えてしまった。三日続けてとはいくら何でもおかし過ぎる。手拭い数枚とは言え不慮に消えていくのは気味の悪い出来事であろう。 あげくには丁稚の中で一番若く又不器用な信吉が悪戯でやったのではないかと噂が立つ始末。そんな家人を戒めてその場を治めた主人ではあったが、二心も無いのに疑われた信吉の方では面白くない。何とか自分の力で犯人を捕らまえて身の潔白を晴らそうと他の者が寝静まったその夜、雨戸をわずかばかり開けたその陰で独り寝ずの番をして庭の竿を見張る事にしたそうな・・

夜も更けて辺り一面コオロギの音色さえ途絶える頃、ついうつつと夢の世界に入りかけた信吉であったがフとした微かな音に目が覚めた。あわてて竿の方を見ると一枚の手拭いがするりと地面に垂れ落ちた。そしてそのまま庭を横切り塀のすき間をくぐろうとしているではないか!
「泥棒ーっ!」大声を上げその後を追いかける信吉、その声に応ずるかのように逃げ足を増す手拭い。木戸を抜け闇に埋もれるかのような裏の夜道を必死に追いかける信吉、そして彼方にようやく見える手拭いはやがて小山の宮の森に消えていった。

 

 

宮の森まで辿りついたものの手拭いを見失ってしまった信吉。しかし、このままでは戻れない。闇夜に紛れたまましばらく静かに辺りの様子を伺う事にした。
するとやがて森の奥からひそひそと小さな声が聞こえてくる。一人ではない。数人の者の話し声のようだ。少し怖かったものの息をころしながらその声のする方へと近づいていった。  そろりそろりと足を忍ばせ、生い茂る草木の隙間から新吉が見た物は・・・!?

 

次の日の夜。怪訝に思いながらも信吉にいざなわれ密かに宮の森を訪れる店の家人達、信吉と同じように草木の間からおっかなびっくり目にしたものは何とそれぞれの頭に手拭いを乗せた猫どもの姿であった。猫どもはいずれも近所に住む見慣れた毛色だった。真ん中に立ち他の猫に踊りの指南をつけているのは何と店のタマであったそうな・・


おそらくもう日も近い秋の祭りにあわせて猫どもも踊りに宴会に興じようとでも言うのだろうか・・
驚きながらも笑みを隠せない信吉や主人、家人は静かにその場所を後にしたそうな・・

 

 

やがて、この噂は広く知られる所となり猫どもが集まり舞っていた場所は「猫の踊り場」として塚が近世まで残っていたそうな

現在でも横浜市営地下鉄ブルーラインに「踊り場 駅」がありこの伝説に関係しているともいないとも・・・

はてさて今は昔、猫は人に近くて遠い生き物、不思議なものじゃて・・・・・

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