愛知県 民話- 熊坂長範と「毛替えの地蔵さん」

「浜の真砂は尽きるとも‥」の台詞で思い起こすのは石川五右衛門、歴史に残る盗賊として有名ですが、平安時代の盗賊として名を残す人に「熊坂長範(くまさか ちょうはん)」という人がいます。石川五右衛門ほど有名ではなく又あくまで伝説上の存在と言われるものの、歴史愛好家の間では名の知れた盗賊で後世の謡曲や歌舞伎などの題材としても取り上げられ、特に釜茹での刑に処せられたと言われる石川五右衛門に対してあの牛若丸(源義経)に討たれてその生涯を終えたという逸話が有名です。
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有名とは言え盗賊であり現代でいえば犯罪者になるのですが、江戸時代の「鼠小僧次郎吉」よろしく 庶民には手を出さず社会的強者から盗み、生活に困っている者に分け与えたなどという話が出回ると いわゆる`義賊’の類として伝えられるのが世の習いで、名古屋市天白の地に この熊坂長範について次のような民話が残っています。

 

さても今は昔の話し

尾張国に出没する大盗人に熊坂長範と名乗る者がおったそうな
身の丈六尺を越す大男にもかかわらず その脚運び振る舞いは風のごとく、多くは大尽や地頭を狙って立ち回り、得た金を病の者や飢えた者に置いてゆくので民草からは悪くいう者も出ず 時によっては匿う者までいたそうな

この長範、金品も盗んだが 特に大尽どもが金に糸目をつけず買いあさり自慢げに見せびらかす「名馬」に目をつけてこれを盗み取った
夜陰に紛れて厩(うまや)に押し入り 造作もなく馬を手懐けると鞍も付けずに裸の背に乗り颯爽とまた闇に帰ってゆく

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おかげで手元には多くの「名馬」が打ち揃った
‥とは言うものの これを市場に引き連れてゆき金に換えねばどうにもならん
しかし、盗まれた方も八方に手を尽くして捜しまわっておるので うかつに市場へ持ち込んだ日にはたちまち足が付いてしまう

どうしたものかと考えあぐねていた長範だが ある日ひとつの噂を耳にしたそうな
何でも三河に至る街道沿いに立つお地蔵さんは`毛’の事に関してはどのような願いも聞き届けてくれるらしい
この話しを聞いた長範 思いつくところあり、人通りもたえたある日の夕刻、盗んだ馬を引き連れて地蔵さんの前に膝をつき祈りを上げたそうな

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「お地蔵さま、お地蔵さま、どうか ここに引き連れた馬の毛色を替えて下さりませ
これらは あこぎな者どもから盗んできた馬ではありますが、これを売る事が出来れば必ずその日を食う事もままならぬ人々を助ける事に投じますので‥」

長い時を一心に祈っておった長範だが ふと感じ頭を上げると腰を抜かさんばかりに驚いた
引き連れた馬の毛色が白馬は芦毛の馬に、黒馬は栗毛の馬に、赤馬は青毛の馬へと、もののみごとに毛色が変わっておるではないか
長範、お地蔵さんの成した奇跡にほとほと感服したそうじゃ

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おかげで気取られる事もなく全ての馬を売りさばく事が出来た
そして、お地蔵さんとの約束どおり得た金を夜半、人々の戸口に置いてまわったそうな
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お地蔵さんは「毛替え地蔵」と呼ばれ 永く毛の質に悩む人々の祈りを聞き続け、今でも天白の地に在られるそうじゃ

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「毛替え地蔵」 さん と呼ばれるものは現在、天白区島田は曹洞宗のお寺「島田地蔵寺」の御本尊とされているようです。

昔ばなしには色々なバリエーションが派生するのが通例であり、このお話しにも後日、己の人生を悔いた長範が改心して仏門に入ったという結末も存在するようです
その実在は曖昧なれど伝説に名を残す熊坂長範、現代とはまた違った牧歌な時代の`快盗’としてのお話しでした。

 

 

 

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