三重県 意外にドラマチック 種まき権兵衛(後)


前編 からの続き、さても昔のお話し

亡き父の夢を受け継ぎ侍を捨て 農夫の仕事も堂に入り、持ち前の鉄砲の腕で紀州の殿様のお褒めにもあずかった権兵衛さん、村の一員として自然とともに充実した日々を送りました。

ところが そんなある日、権兵衛さんの耳に不穏なうわさが舞い込みます。

権兵衛さんが住む村の近くに馬越(まごせ) と呼ばれる峠道がありました。当時この路は伊勢と那智をつなぐ熊野古道のひとつで旅人たちにとってとても大切な路でした。しかし この峠には大昔から住み着いている大蛇がいたのです。人も ひと飲みで飲み込んでしまう位大きい上に、槍や刀で退治しようにも歯が立たないほど その皮膚が固く また生き物を一度で殺してしまうような毒の霧を吐くという恐ろしい化け物でした。

その大蛇がここのところ また旅人たちを襲い始めたというのです。

「よし! ならばワシが退治してくれよう」

困る人たちを放っておけない権兵衛さん、持ち前の鉄砲を手入れして戦いに備えます。
普通に使う鉛の弾ではなく特別にこしらえた鉄の弾を3発、大蛇をおびき出すための鹿笛、そして いつも肌身離さず持っているお守りのズンベラ石、それらを携え、不安そうに見送る村人たちを後に街道への路を一歩一歩登って行きました。

峠を越え、獣道を分け入り何日も何日も大蛇を探し求める権兵衛さん。
中々、目的の大蛇は現れません。「場所を変えてみるかの・・」
さらに進み続け、今度は馬越峠よりさらに高い 天狗倉山(てんぐらさん)まで足を伸ばします。そして山に入ってから八日目、頂上にもほど近い茂みの岩陰にまで来たとき不意に強い邪気を感じたのです。


岩陰のさらに奥まった暗い向こうの洞穴からその邪気は感じられます。辺りは先程までの天気がまるで嘘のように暗く湿った夕闇のような気配で埋め尽くされています。
権兵衛さんは背負っていた鉄砲を手に持ち替えると あつらえの鉄の弾を込め火縄に火を付けました。 息を飲み、腰を据え 鉄砲をかまえながら ジリッ・・ジリッ・・と一歩づつその洞穴に近寄っていきました。

 

その時、洞穴の奥から真っ赤に燃え上がるような二つの光が灯ったかと思うとゾロゾロと不気味な音をたてながら大きな何者かが入り口の方へと這い出てくるではありませんか。

ここが正念場か! 意を決した権兵衛さん、鉄砲を持つ手に力を込め赤い光に狙いを定めます。魔界の灯火のようにゆらめくその光は権兵衛さんの所から小石を投げても届くほどの近くまでにじり寄ったかと思うと にわかに木々の中程までものし上がりました。
それは爛々と輝く大蛇の目だったのです。畳をも飲み込めそうな大きな口を開けて今まさに権兵衛さんに食いかかろうとした瞬間、
「ダーン!」・・辺りの空気を震わせるように鉄砲が火を吹きました。
ゆらめく赤い両目の真ん中、眉間を射抜かれた大蛇はその場に崩れ落ちます。ゼイゼイとどす黒い息を吐きながらのたうつ大蛇めがけて2発目、そして「最後のとどめじゃ!」と3発目を撃ち込んだその時、最後の力を振り絞ったのか大蛇はその口から真っ黒な霧を権兵衛さんに吹きかけ、そしてその場で息絶えました。

 

おぞましい巨体をさらして横たわる大蛇、そしてそれに打ち勝った権兵衛さんですが吹きかけられた毒に侵され体中が焼けるように熱くしびれてきます。もうろうとしながら山を降り何とか人里までたどり着きましたが既に命の炎は尽きかけていました。

村々やそこに住まい行き交う人々のために尽くした権兵衛さんを何とか助けようと村人たちはけんめいに看病しましたが 残念ながらついに帰らぬ人となってしまったのです。


村人たちは彼のなきがらを手厚く祀り、今日に至るまで権兵衛さんの偉徳を語り継ぎました。そのひとつが「ズンベラ節」と呼ばれる「権兵衛が種まきゃ・・」の一節で知られるフレーズだったのですね。

 

大蛇と相打ちにはなりましたが、信念と努力、そして人を想う気持ちでその人生を全うした権兵衛さん。紀北町便ノ山にある宝泉寺の境内には「権兵衛の碑」が建てられ今でも里を見守るように静かに佇んでいます。

 

 

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